第48話 それぞれの夜

 夜は交代で見張りをするので、寝床は一つだけ作って先にリラに寝てもらうことにした。体が痛くならないように何枚も布を敷いていて、さらに掛け布団も何枚もあるので快適だろう。


「リョータ、見張りをよろしくね」

「うん、任せといて。ゆっくり寝てて良いよ」

「ありがとう。でも何かあったらすぐ起こしてね」

「了解」


 そんな会話をして布団に入ったリラは、すぐに眠りに落ちたようだ。……そういえば、リラの寝顔って初めて見たかも。俺は思わずまじまじと見つめてしまって、もしかしてこれってセクハラ? と思い至ってすぐに目を逸らす。


 今更だけど男女のパーティーってかなりの信頼がないとやっていけないよな。俺はリラにそれほど信頼してもらえてると思ったら、嬉しくて頬が緩んだ。


「……絶対に変なことはできないな」


 リラの信頼を裏切りたくない。そう決意を新たにして俺達が野営場所に選んだ広場を見回すと、ちょうど遠くに魔物がやってきたのが見えた。


「止まれ、後ろを向いて遠くに行け」


 リラを起こさないようにあまり大きな声は出さずに、しかし魔物には魅了が届くようにと頑張って調整すると、魔物は魅了にかかったようで俺達から遠ざかっていく。

 この調子なら見張りも問題なくこなせそうだ。



 それから一時間ほど見張りを続けていると、広場の周りに魔物が増えてきたのか、魔物同士が争うような音が聞こえてきた。


「スラくん、魔物が多いな」


 俺の膝に乗っているスラくんのプルプルボディーを撫でながら話しかけると、スラくんはみょんっと手を出して俺の腕を突いてくれる。


「頑張れって言ってるのか? お前は可愛いなぁ」


 俺が魔物を押しやってるから、広場に来てる魔物と俺が押し返した魔物がぶつかり合ってるのだろう。リラが起きたら一掃してもらわないとダメかもしれない。


「あっ、また来た」


 それからもひたすら魅了を使って魔物を遠ざけてを繰り返していると、リラとの交代の時間になったのでリラが寝ている様子を覗き込んだ。

 するとリラは……幸せそうな表情で何か寝言を言いながら爆睡していた。


「ふぁぃゃ〜ぼる〜――ふふっ、へへへ」


 夢の中でも魔物を倒してるのかな……なんか楽しそうだし、皆に褒め称えられてる夢でも見てるんだろうか。

 そんなことを考えながらリラの寝顔を見つめていたら、なんだか起こすのが可哀想で声を掛けられない。いつもは年齢の割に大人びてるなって思うリラが、年相応で可愛い。


 もう少し寝させておいてあげようかな……でも起こさなかったらそれはそれで怒られそうだ。

 そうして決断できないまま二十分ぐらいリラの楽しそうな寝顔を堪能し、リラが寝言を言わなくなって穏やかな寝息に変わったところで、俺は断腸の思いで起こすことに決めた。


「リラ、交代の時間だよ」

「う、うぅ……」

「起きて、リラ?」

「う〜ん……リョータ? あれ、ドラゴンは?」


 リラはまだ寝ぼけているのかそんな言葉を口にして、ぽやぽやしたまま布団から起き上がった。そして辺りを見回して、ここがダンジョンだと思い出したらしい。


「そうだ、野営してたんだっけ。ごめん、爆睡してた」

「全然大丈夫。特に問題もなかったよ」

「それなら良かった。ふわぁぁ、じゃあ交代するね」

「ありがと。俺が魅了で遠ざけた魔物が周辺にかなりいると思うから、魔物の襲撃が多いかもしれないけどごめん」

「了解。私が倒しておくから大丈夫だよ」


 リラは完全に目が覚めたのか、頼もしい笑みを浮かべて立ち上がった。


「ありがと。じゃあよろしくね」


 そうして俺はリラと見張りを交代して、さっきまでリラが寝ていた布団の中に潜り込んだ。布団の中はまだ人肌に温かくてリラの良い匂いがして……かなり落ち着かない。

 俺は変なことを考えないように頭を冷やして寝ようとスラくんを布団の中に抱き入れて、スラくんのひんやりボディーに額をくっつけて目を瞑った。


 そして遠くにリラがファイヤーボールで魔物を倒す音を聞きながら、気付いたら眠りに落ちていた。




―リラ視点―


「リョータ、もう寝た?」


 襲ってきた魔物をあらかた倒し終えてリョータの様子を伺うと、リョータは規則正しい寝息を立てていた。私はそんなリョータの様子に何だか和んで、まじまじと寝顔を観察してしまう。


「寝てると意外と子供っぽいんだね。それにスラくんをぎゅっと抱きしめてるし、どれだけスラくんが好きなんだろう」


 私が呟いたその声がスラくんには聞こえたのか、スラくんは腕を伸ばして私の頬をぺちぺち叩いてくれる。多分これは……喜んでるかな?

 最近はスラくんとユニーの考えていることがかなり分かるようになってきたのだ。二人は本当に可愛いし、仲良くなれて嬉しいと毎日思っている。


「ユニーちゃんはまだ寝てるかな」


 そう呟きながらユニーちゃんの様子を伺うと、まだ夢の中みたいだ。ユニコーンがダンジョンの中で寝るなんて、どれだけ私達のことを信頼してくれてるんだろう。その信頼がとても嬉しく、身が引き締まる思いだ。


 絶対にこの信頼を裏切らないように頑張ろう。そう気合が入る。


「リョータは、いつまでこの世界にいてくれるのかなぁ」


 最初はただリョータのスキルが私にとって都合が良くて、別の世界から来たという話が興味深くて、だからパーティーを組んだ。

 でも今はもうそれだけじゃない。リョータといるのは凄く楽しいし安心するし、スラくんとユニーちゃんも大切な仲間だ。


 リョータは元の世界に戻る方法を見つけたら帰っちゃうんだよね……それに帰る方法が見つからなくても、もしかしたら突然いなくなってしまうかもしれない。この世界に突然リョータが来たみたいに。


「嫌だな、ずっと一緒にいたいな」


 ――帰る方法なんて見つからなければ良いのに。


 そう思ってしまうのなんて最低だと分かってるけど、どうしても願ってしまう。だって別の世界なんて、帰ってしまったらまた来るのは難しいだろう。リョータが帰る時は、もう会えなくなる時ってことだ。


 私はその時を想像して涙が溢れそうになり、慌てて瞬きをして涙を止めた。そして暗い思考を吹き飛ばすためにも、近づいてきていた魔物にファイヤーボールをぶつける。


 そうしてその夜はリョータの寝顔をたまに見つめつつ、複雑な感情を持て余して時間を過ごした。

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