第14話 夕食

 リラと話を終えるとちょうど夕食の時間だったので、階段を降りて宿の一階に向かった。この宿の一階は食堂となっていて、宿泊客は無料で食事ができるのだ。味が良くて人気の食堂で、一般客も多く訪れるらしい。


「リラ、リョータ、今日の席はあそこだよ」

「カミーユさん、ありがとう」


 宿泊客の席は確保してくれているようで、カミーユさんがすぐに案内してくれた。食堂には良い匂いが漂っていて、お腹がぐるっと音を立てる。

 そういえばこの世界に来てから、何日も飲まず食わずなんだよな……


「リラ、スラくんの能力で飲まず食わずでも生きていけるとか、そんなことってある?」

「飲まず食わずって……?」

「俺がこの世界に来てから数日経ってるんだけど、水の一滴も飲んでなくて……」

「え、ほ、本当に!?」


 リラはかなりの大声を出して驚きをあらわにし、周囲の注目を集めていることに気づいてから慌てて口を閉じた。そして俺に顔を近づけて深刻な表情で声を掛けてくる。


「それはヤバいよ。確かにヒールスライムは体調不良を治したり癒すことができるけど、体調不良をなくすわけじゃないんだよ? だからリョータの体は確実に弱ってるはず」

「マジで……?」

「うん。とりあえず今すぐ水を飲んで! それで……夜ご飯は私の分もあげるから、いっぱい食べた方が良いよ」

「そうする、ありがと」


 机の上に置かれた水に手を伸ばしてぐいっと一気に飲み干すと、体に染み渡って生き返る心地がした。感覚が鈍ってただけで、体は確実に乾いてたんだな……


「はい、今日の夕食は肉団子とパンだよ。パンは一度だけならお代わりできるから言いなよ」

「分かりました。ありがとうございます」


 ヤバい、マジで美味しそう。急にお腹が空いていることを思い出した。俺は少し震える手でパンを手にして、そのパンに肉団子を載せて大口でかぶりついた。

 すると……歯応えのある硬めのパンと肉団子の肉汁が絡み合い、めちゃくちゃ美味しい。


「美味しすぎる」

「でしょ? ここの食堂のご飯は美味しいんだよ。とりあえずいっぱい食べて」

「分かった」


 それからはとにかく必死に食事をして、パンをお代わりしてやっとお腹がいっぱいになったところで手を止めた。


「はぁ……美味しかった。急にこんなに食べちゃって大丈夫かな」

「それは大丈夫だと思うよ。スラくんがいるからね」

「スラくんは消化不良とかも治してくれるってこと?」

「そう言われてる。ヒールスライムは珍しくて、その能力は詳しく知られてるわけじゃないんだけどね」


 スラくんはそんなに有能だったのか……最初にスラくんと出会えたのは本当に幸運だったよな。というか、スラくんと出会わなかったら、俺は野垂れ死んでいただろう。


「スラくんって何を食べるんだろ。人間と同じもの?」


 スラくんに顔を向けて聞いてみると、プルプルっと細かく揺れて否定を示した。


「じゃあ生肉とか? 植物?」

「リョータ、スライムは基本的になんでも消化できるはずだよ。だからその中でも好きなものがその子にはあるんじゃないかな」

「そういうものなんだ」


 それから思いつく限りの物質をスラくんに尋ねていると、石と言った時に今までと違う反応をした。しかし肯定というわけではないらしい。


「石じゃないとしたら……宝石とか? 鉱石とか?」

「リョータ、魔石なんじゃない? 魔物の心臓部分には魔石っていう魔力の結晶があるんだよ」

「そんなものがあるんだ。スラくん、魔石が好き?」


 うわっ……! スラくんは魔石と俺が口にした瞬間、思わず驚いてしまうほどに大きく揺れて肯定を示した。凄く嬉しそうに見える。


「スラくんって分かりやすくて可愛いね。魔石が好きなんだ」

「魔石って高いよな?」

「まあそうだね。でも私達はこれから魔物を討伐するんだし、簡単に手に入るよ」

「そっか。じゃあスラくん、明日からは討伐した魔物の魔石を少しあげるよ」


 これでスラくんの食事問題は解決だ。後はユニーだな。ユニーは馬っぽいし植物とか食べそうだけど……そう予想しながらリラにユニコーンの食事内容を聞くと、俺の想像通りだった。


「草食で、特に果物が好きだったはずだよ」

「じゃあ街の外にいる時は適当にその辺の草を食べてくれて、後は果物を買ってあげれば良いか」

「それで良いと思う。宿でも藁なら無料でもらえてるだろうから、そこまで心配はいらないと思うな」

「それなら良かった」


 俺はそこまで話をしたところで、とりあえず俺達全員の食事の目処がついて、体の力を抜いた。生きていくために一番大切なのは食事だからな。この世界の食事が虫中心だとか、そういう忌避感が強いものじゃなくて良かった。


「そういえば、この国ってお米ってある? 後は醤油とか味噌とか」

「お米は確か別の国にはあるけど、しょーゆ、みそ? は聞いたことないよ。それってリョータの世界にあったものなの?」

「うん。調味料だよ」


 米があるのは嬉しいな。醤油と味噌は、この世界にないから言葉が翻訳されてないのだろうか。というか今更だけど、俺ってなんで言葉が通じてるんだろう。


「リラには俺が話す言葉って何に聞こえてる?」

「普通に共通語に聞こえるけど……そういえば、リョータは別の世界から来たんだから言語も違うんだよね。なんで通じてるのかな?」

「それが分からないんだ」


 本当に不思議なことばっかりだよな。言葉が通じるのはありがたいけど、言葉を通じさせてくれる優しさがあるなら、俺を地球に戻してくれても良いのに。


「もしかして、リョータってこの世界の言語を全て話せるとか? ……それとも共通語だけなのかな。ちょっとこれ読んでみて」


 リラがそう言って鞄から取り出したのは、小さな本だった。その本を開くと……普通に日本で書かれた本にしか俺には見えない。


「普通に読めるけど」

「本当!? この部分も?」

「うん。これってその共通語じゃないの?」

「これは遠くの小国で使われてる言葉だよ。ちょうどこの前、面白いなと思って本屋さんで買ったんだ。リョータはこれが読めるんだ……羨ましい」


 確かに世界のどの言語も読めるっていうのは凄いことだよな。地球にいる時に欲しい能力だった。


「あのさ、俺が書いた言葉も共通語になってた? さっき冒険者ギルドで書いた言葉とか」

「うん。普通に綺麗な共通語だったよ」


 ということは、俺が書いた日本語は相手に合わせて翻訳されるとかそんなことだろうか……凄くありがたいけど、不思議すぎる能力だ。魅了よりもこっちの方がスキルみたいだな。なんでこっちはスキルに載ってないのか不思議すぎる。


「リョータがいれば言葉が違う国にも問題なく行けるね」

「確かにそうだな。通訳は任せてくれ」

「ありがと。頼りにしてるよ」


 そこまで話したところでかなり席が埋まって来たので、俺達はカミーユさんに一声かけて食堂を後にした。とりあえず色々と不思議なことはあるけど、食事は美味しかったし、これからなんとかなりそうで良かったな。

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