第17話 新世界の権力者たちは新たな情報に真逆の反応を示す。
1週間後。
アフリカ大陸の東部にあるとある小さな島。
うっそうとした森の中を、2人の男が並んで歩いていた。
片方は白髪交じりの頭、そしてジャングルに似つかわしくない白衣を着ている。
WDROの学者である冨中遼平だ。
そしてもう1人。
「なあ、ゲンユウ」
額と右腕に大きな傷のある男。
彼こそが人類史上初めて超極大ダンジョンを攻略した『東方旅団』のリーダー、ゲンユウだ。
「どうした?」
「分かってるんだろ。俺が聞きたいことは」
この2人、お互いに信頼し合う幼馴染の関係にある。
50歳を目前にした今となっては、片や五天のリーダーとなり、片やWDROで学者となって、ダンジョンに最前線で深く関わっていた。
WDROを信用していないゲンユウだが、冨中のことは信用している。
対するWDROの方も、『東方旅団』の動きを全く掴まないわけにはいかないので、冨中は難しい橋渡し役を背負っているのであった。
「まあな。あの日から、もう500回は聞かれたんじゃないか?」
「そんなものじゃ収まらないさ。いい加減教えてくれよ。超極大ダンジョンの終点に《
「だからなかったと言っているだろ」
「でも何もなかったわけじゃないだろ。WDROの方には報告しないさ。これは俺の学者としての知的好奇心から来る質問だ。ダンジョンの終点には何があった?」
「全くしつこい奴だな。もうすぐ50だってのに、ちっとも変わらない」
「お前の強情さもな」
ゲンユウは肩をすくめると、足を止めて近くの木に寄り掛かった。
冨中も立ち止まって、世界最強クラスの男と正面から向かい合う。
「逆に聞かせてくれ、冨中。俺たちは以前の世界も、そしてこの新世界も知っている。その上でお前は、どちらの世界の方が良い世界だと思う?」
「……一概には言えないだろ。新世界になって良くなったこともあれば、新たに発生した問題もある」
「まあそうだな。じゃあ質問を変える。この新世界は、本来あるべき姿の世界だと思うか?」
「その口ぶり、やっぱり何かを見たんだな」
「質問に答えろよ」
「研究者が答えをはぐらかすってことは、分からないってことなんだよ。この新世界だって、今までの世界みたく何千年も続いていけば、もはや当たり前の世界になっていく。だから今の時点では、分からない」
冨中の答えをかみしめるように、ゲンユウはしばらく沈黙する。
目を閉じて木に寄り掛かり、まるで無防備な姿で。
しかしジャングルに住むどんな危険生物も、ゲンユウや冨中を襲おうとはしない。
この島は長らく『東方旅団』が拠点としており、動物たちもゲンユウの強さ、危険さを理解しているのだ。
「俺の答えを言おう」
ゲンユウは顔を上げ、まっすぐに冨中を見つめた。
「この新世界は、本来あるべき姿の世界ではない。もちろん、前の世界が完璧な素晴らしい世界だったとは俺も思っちゃいないさ。だけど一つ言えるのは、さっきお前が言ったようなこの新世界が何千年も続くなんてことはないってことだ。このまま新世界が続けば、この世界は弾け飛んで消滅する」
「……ゲンユウ。本当にお前は何を見たんだ……?」
「親友のよしみで教えてやるよ。ただ絶対にWDROには言うんじゃねえぞ」
冨中は何度も何度も頷く。
ゲンユウの方も、決して冨中が情報を漏らしたりしない男だと分かっていた。
「俺の予想だが《
「おそらく……?」
「この新世界を壊すためのものだ」
しばらくの間、2人の間には沈黙が流れる。
そして先に口を開いたのはゲンユウの方だった。
「悪いな。俺だって実物を見たわけじゃないんだ。言えるのはこれだけだ」
「構わないさ。貴重な情報だ。もちろん、口外はしない」
「頼んだぞ」
「おっと……悪い、電話だ。こんな時に」
「いいよ。出ろよ」
「悪いな」
冨中は少し距離を取って、電話に出る。
すぐに真剣な表情になって相手の話を聞くと、すぐにゲンユウの前へ戻ってきた。
「助手からだった」
「偉くなったもんだな。お前に助手がいるのか」
「五天のリーダーなんてお偉いことやってる奴がよく言うよ。そんなことより、重大事項だ」
「どうした?」
「お前がチェックしておいてくれと言っていた子供、といってももう青年だけど……。とにかく探索者として活動を開始しているようだぞ」
ゲンユウは大きく目を見開き、一歩前へと踏み出す。
その顔はまるでプレゼントを開ける前の子供のように、期待し興奮した笑顔で満ちていた。
「その情報は確かなんだな!?」
「間違いない。中ダンジョン以上に潜った探索者のデータが収集されるデータベースに、新しく追加されたようだ」
「能力は!?」
「聞いたことない能力だったぞ。助手曰く、データには《泡》とあったそうだ」
「《泡》……。そうか……良かった……」
「せっかく《
「あいつが表に出てきたのなら、もう隠す理由もないだろうな。教えてやる」
ゲンユウは少し間を取って。
そしておもむろに口を開いた。
「俺の名前は
「まさか……」
「ああ。滝陽哉は……俺の息子だよ」
※ ※ ※ ※
場所は変わってアメリカ・ニューヨーク。
WDROの本部の地下にある特別室。
所長のデニス・コーディーは、険しい顔でモニターを見つめていた。
彼の後ろには、例によって上層部の他の学者6人も立っている。
「滝……陽哉……。ついに泡の能力者が目覚めたか……」
デニスは忌々しげに呟く。
モニターに移し出されていたのは、ダンジョンで戦う滝陽哉の姿だった。
「先ほど入った情報によれば、彼は『東方旅団』リーダーのゲンユウの息子だとか」
「つまりゲンクウの孫にあたるわけだな」
「全く本当に血筋というのは面倒なものだ」
学者たちの眉間のしわが、より一層深くなる。
ちなみに陽哉が玄優の息子だというのは、WDROが独自につかんだ情報である。
世界的な情報網を持つ機関であれば、この程度は造作もないことなのだ。
決して冨中が情報を伝達したわけではない。
「ただ見る限り、泡の能力者の最終覚醒にはまだまだ程遠い」
デニスは学者たちを振り返って言った。
「叩くなら今だ。この男、滝陽哉を暗殺する」
――『第1章 最強になるには仲間が必要』完。
――『第2章 仲間と挑む新たなダンジョン』へと続く。
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