第14話 泡に守られ駆け抜けた先で思わぬ乱入者が姿を現す。

 中ダンジョンに到着すると、天神は急いで窓口へと駆け寄った。


「一番最近、このダンジョンに探索者が入ったのは何分前ですか!?」

「は、はい。えーっと、30分くらい前ですね」


 やや怯えた様子で窓口の女性が答える。

 30分なら、まだ間に合う可能性は十分にありそうだ。

 あくまでも最大限に急いだ場合の話ではあるが。


「俺たちも入りたいんですけど」

「はい。では、こちらに情報を入力していただきます」


 ダンジョンに入るとなれば、いちいちこの情報の入力が付きまとう。

 安全管理や事故事件への対応のために仕方ないことではあるが、今はこの手間すらまどろっこしい。

 超特急で入力を済ませ、俺と天神はダンジョンへと駆け込んでいく。


「ここに入った探索者というのは、正真正銘まともな探索者よ。彼らが、おそらくはすでに無許可で忍び込んでいる盗賊の元へたどり着いた時が、私たちのタイムリミットになる」

「なるほどな……っと! モンスターのお出ましか」

「時間はかけてられないわ」

「だな。……そうだ、戦わなくていい」

「え?」


 刀に手を掛けた天神が、こちらを見てきょとんとする。

 本来であれば、ダンジョンに入る以上は出てくるモンスターをみんな倒して進まなければいけない。

 何の攻撃もせずに奥へ突き進むのはむしろ危険だし、晶石を手に入れる可能性を逃すことにもなるからだ。

 でも今は非常事態。

 天神の妹を連れているのが盗賊団のボスである以上、この先に激しい戦いが待っていることは容易に想像できる。

 晶石なんて言ってる場合じゃない。

 モンスターと戦ってる場合じゃない。


「【鋼鉄泡メタルバブル】!」


 俺は自らと天神を泡で包むと、勢いよくその泡を前進させ始めた。

 オオカミ型のモンスターが、勢いよく飛び掛かり爪や牙を突き立ててくる。

 しかし泡は持ちこたえた。

 さらに加速して、モンスターたちを振り切って進む。

 探索者たちがモンスターを倒しながら進み、盗賊はそれをつけているのに対し、俺たちははるかに上回るスピードで進んでいる。

 30分の差は埋められるはずだ。


「間に合って……」


 天神が小さく呟いた。

 彼女は刀に手を掛け、いつでも飛び出せるように準備を整えながら、鋭い視線で薄暗いダンジョンの先を見つめている。


「絶対に間に合わせる……!」


 俺はまた一段と泡の速度を上げた。

 大きくて硬度の高い【鋼鉄泡メタルバブル】を維持するのにも、それを高速で移動させるのにも猛烈に体力を使う。

 ただでさえ、今日は走りまくり戦いまくりなので、過去最高レベルの疲労を感じていた。

 能力を限界を超えて使用しすぎると、体に異変が起きると言われている。

 実際に今の俺は、わずかながらズキズキという頭痛に襲われていた。

 でもここで止まるわけには行かない。


 そして、5分ほど突っ走ったその時。


「嫌だ! 嫌だ! お姉ちゃーん! 誰かぁ!」


 必死に助けを求める声が響いた。

 天神の表情からして、間違いなく妹の声であるようだ。

 近い。かなり近い。


「降ろして! ここまでくれば、私は走った方が速い!」

「分かった!」


 俺は急ブレーキをかけつつ、泡を解除する。

 天神は刀をわずかに鞘から抜くと、静かに呟いた。


「【天神流・納刀光速走】」


 抜いた刀を再び鞘に戻した瞬間。

 天神が爆発的な加速を見せる。

 あっという間に薄暗いダンジョンの先へと駆けて行った。

 一筋の残像が残るレベルのスピードだ。


「速えな!」


 俺も慌てて後を追う。

 目的の場所へたどり着くと、そこでは混沌としたにらみ合いが起こっていた。

 天神、彼女の妹を連れた“ボス”と思わしき大男、悲鳴を聞いて駆けつけた探索者、巨大な3つの首を持つ獣型モンスター・ケルべロス。


「お、お姉ちゃぁん」


 泣きそうな声で呼びかけ、大男の足元に転がる幼女は天神へと手を伸ばす。

 盗賊のボス、そしてモンスターと戦わなければいけないが、この小さな女の子を巻き込むわけにはいかない。


「【鋼鉄泡メタルバブル】!」


 ひとまずこれで女の子は保護できた。

 頭痛が増したような気もするが、ここで戦えないようじゃ大ダンジョンも超極大ダンジョンも《新世界の宝物ザ・ニューワールド》も絵空事でしかない。


「天神! お前は盗賊に集中しろ! 俺はケルベロスをやる!」

「分かったわ!」


 俺と天神は背中合わせになって、それぞれの敵と対峙する。

 すると俺の横へ、もう1人の探索者が並び立った。


「事情はだいたい分かったよ。助太刀させて」


 天神に負けず劣らない美少女だ。

 俺は彼女を知っている。

 大鎌を構えたこの美少女を、俺は確かに知っている。


「あ、あんたは……」

「あれ? もしかして私のこと知ってる? じゃあ申し訳ないな。きっと今の私は、君が知ってる私じゃない。はるかに弱い。でも、戦えるから手伝わせて」

「え、えっと……」

「君の名前は?」

「た、滝陽哉」

「私は……。さあ、一緒に戦おうか」


 あの日。

 俺の人生を変えた探索者であり、配信者である御堂有栖。

 正真正銘、紛れもなく本物の御堂有栖が、俺の横に立っている。

 彼女の視線が鋭くなった。

 俺も何とか衝撃を振り払い、目の前のモンスターと対峙する。


 俺が動く。

 御堂有栖が動く。

 天神が動く。

 盗賊のボスが動く。

 ケルベロスが動く。


 思わぬ乱入者を迎えながら、決戦が始まった。

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