第12話 謁見の儀

その日―――アリエリカは早朝にもかかわらず憂鬱でした。

そのワケとは…


「(また“影の人”が…わたくしの夢枕に立とうとは。)」


そう…今確かにアリエリカは『影の人』と言ったのです。

ではその影の人とは、一体何者の事なのでしょうか…


実はアリエリカには幼少の頃から、この…姿は見えねど声のみがする存在の事は知っていたのです。

民達の声を聞くにあたり、その返答に窮した時に実に的確に教えてくれたり――――

危険な道に足を踏み入れそうになった時に、前もって『入ってはいけない』とさとしてくれたり――――

その不思議な声のお蔭でアリエリカは不思議と危険な事とは無縁だったのです。


ですが―――


それがいつの頃からだったか…アリエリカが物事の善悪の分別が着くようになった頃からか、この“声”はぱったりと聞こえなくなってしまったのです。

それは少し寂しくあったものの、実はその“声”はアリエリカにしか聞こえていなかったらしく、12・3歳当時の彼女も『それはそれでかまわない』と思っていたりもしたものだったのです。


それが―――そう…あれは、カ・ルマがテ・ラを強襲した時の事。

またあの“声”が自分の身に迫りつつある危険を告げてくれなければ、あの時の父王ちち母后ははと同じく、彼らの歯牙にかけられていたのには間違いはなかったのです。

しかし―――丁度あの時は逼迫ひっぱくした状況下でもあっただけに『虫の知らせ』と思っていたようなのですが…明日、城にて謁見をすると言う大事だいじを前に、その『影の人』がアリエリカの枕元に立った―――と言う事なのです。


それでは…その夢枕で何があったというのでしょうか―――


        * * * * * * * * * *

{アリエリカ――――}

「(はっ!)あ―――あなたは?」


{明日…君は、この国の王様と謁見をすることになるだろう。}

「(えっ?)な…なんですって?!ここの…フ国のショウ王様と、このわたくしが?」


{そうだ―――}

「でも…どうして?そんな、大逸だいそれた事を―――」


{相当に―――驚きを隠せないようだね。}

「と―――当然でございます!こんな、わたくし如きが…この国、いえ―――大陸一の権力者とお会いするだなんて、はばかりが過ぎる事です!」


{とは言え…それが当初のあの人の目的でもある―――}

「(え?)あの…人?」


{今はギルドの頭領に収まっているアルディアナと言う御仁の事だ…}

「アルディアナさんが? どうして―――…」


それは―――アルディアナ自身がそう強く望んだことだったから…


{どうやら―――少し混乱させてしまったみたいだね。 いいだろう、この事を何の前触れもなく話してしまったこの私にも非はある…だから君は明日、休んでいるといい。}

「『休む』…ですって? 一体――――なんの事を…」


{この私と―――入れ替わるんだ。}

「『入れ』…『替わる』? ナニをおかしなことを言って―――」


{一時的でいいんだ、悪いようにはしない。 それにアルディアナという人の顔に泥を塗りたくはないだろう?}

「『悪いようにはしない』―――ですって? いいえ、お断りいたします!ご自分の事を何者とも語っていただけぬ方にこのような大事だいじ、任せるわけには参りません―――!」


{だが―――しかし…君は耐え切る事が出来るだろうか。 この国は大国だ、そこには君やアルディアナのような話の分かる連中ばかりではない。 だから、そこを―――}

「お黙り下さい! それから先の事、聞きたくもありません。」


{アリエリカ…}


       * * * * * * * * * *


「どうか、お引取りになって――――(はっっ!) あ…ゆ、夢?シ、シオンさん!」

「どうかなされたのですか?急に…『お黙り下さい』などと―――」

「(えっ?)あっ…あぁ、申し訳ありません、ゆ、夢を見ていたものでして…それよりシオンさんがこちらにこられた―――と言う事は…」

「はい、私のいる隣部屋まで…」

「ご…ごめんなさい。」


「いえ…。(それにしても、ひどい寝汗…余程に夢にうなされていたのだろうか。  これでは明日ショウ王様に引き合わせるのは得策ではないのかも―――)」


この、一種謎に包まれた『影の人』とのやり取りで、つい大声を出してしまったアリエリカ、それを隣部屋にて休息をしていたシオンに聞かれたようで、このアリエリカの叫び声にも似た声に急遽駆けつけてみれば…なんと彼女は滝のような寝汗を掻いた状態でなにやらうなされていた―――と言うのです。

しかもこんな精神状態で明日この国の王と会わせるべきではないのかも…と思い始めた矢先に。


「シオンさん―――」

「は、はい。」

「わたくしなら大丈夫です、明日のショウ王様との謁見には差し支えございませんから。」

「ど…どうして、そのことを?!」

「やはり―――存じていらっしゃったのですね。」

「あ…っ。(しまった―――)」

「では、どうして――――どうしてそのことを前もってわたくしに知らせて下さらなかったのです?」

「(…)もし―――知ったとしたならお受けになられたでしょうか…。 実はこのことはアルディアナ様の密命によって、この私が王陛下とじかにお会いして取り決めにしたことなのです。 それを…その事をアリエリカ様にご内密にした事はこの私の非徳とするところでございます。 ですが、あなた様がお受けにならなければ…」


「アルディアナさんの面体が潰されてしまう…そうだったのですか―――アルディアナさんがこのわたくしを…。 よく分かりました、ですがもう…内密にすることはこれきりにしてください。」

「は―――面目次第もございません。」


「それでは明日の朝に差支えがありますので。」

「はい、ごゆるりとお休みになられて下さい。」


そこで―――夢を見たときに知らされた事をそのままに質問したところ、アリエリカには内密にしていたことをそのままに言われ、紫苑は内心ドキリとしたのです。

(それはつまり、アリエリカの性格を考慮した上で今回の事は進行していたことを物語っているわけであり、アリエリカ本人は知らないはず…と思われていたから、そのままズバリを指摘されたのでシオンは戸惑ってしまったのです。)

けれど、その理由を話すとアリエリカは納得し、だからこそこれからは内緒事は『なし』―――と言う事になったのです。


それから――――明けて朝、あれからアリエリカはゆっくりと休む事が出来たのでしょうか。


「(あれから…結局、あの『影の人』の言う事が気になって…眠れなくなってしまいました―――)」


どうやら懸念した通り『影の人』との夢での会話が気にかかり、あまりよく眠れなかったようです。

でも、そんな状態である彼女の下にでもシオンはお迎えにきたのです。


「お早うございます―――お迎えに上がり…(あっ?!)ア、アリエリカ様?大丈夫なのでございますか?」

「(え…?)あ…シオンさん、ええ、わたくしなら、大丈夫です――――それでは、早速参るとしたしましょう…。」

「は―――はぁ…。(でもそうは言っても―――目の下のくまはまさか―――あまりお休みになられなかったのでは?)」


「あ、うっ―――…」

「ああ!アリエリカ様!」

「だ…大丈夫です、ただ―――立ち眩みがしただけですので…」

「あぁ…うぅぅ…。(こ…この方はなぜにこうも気丈に―――もしかすると今回の事に責任を感じていらっしゃるのでは?!)」


その当時をして中華の繁栄を誇っていたフ国、そこの現当主に謁見する―――と言う事は、やはり当時をしての民達の憧れでもあり畏敬の念すらあったのです。

それを―――片田舎とはいえ小国の姫君でもあったアリエリカにとっては尚更にそのことが重責になってしまっていたのは言うまでもなかったことでしょう。


そして―――気がついてみれば、今自分は大国の城内へ…しかもまわりには自分の事を何かの物珍しさからか、ジロジロと見つめるフ国の官僚達の視線が注がれていたのです。

そのことで、睡眠不足からきているぼやけた頭の中は、より一層にその度合いを増し…考えている事も―――してや立っているのでさえやっと…と言う状態だったのです。


ですが―――アリエリカと一緒に参内さんだいしたシオンはまた別の見解をして驚いていたのです。


なぜならば―――


「(まっ―――まさかこれほどとは? 私が公主様の意向を伝えに赴いた際には、ただショウ王様とお会いするだけ―――の、はずなのに…それが、これではまるで大国を歓迎するものでは…まさか何者かにたばかられたのか?)」


シオンが驚いた理由の一つには、総ての官僚達が自分達を出迎えるために大挙をして集まっていたこと。 確かにシオンの出身はヴェルノアであったにしても、今は『夜ノ街』にある“ギルド”の頭領の側近と言う肩書きなのです。

それを…こんなにまで大袈裟にしてしまったのは、何者かの…それも何かしらの作為が働いたのでは―――?と、しか考えられなかったのです。


そして―――こちらの方でも、ある変化が訪れようとしていたのです……


「(だ…ダメ―――こんなところで…気を失ってしまっ―――て――――は……)」


「ほほぅ、これはこれはいかがなされたかな? 我等の手厚いもてなしに立ち眩みでもなされたか?」


「(んな―――?! こ、この者は、この国で重きをなしている『ボウ=グラシャス』では! この国随一の佞臣ねいしんが今回の一件を? だ…だとしたなら総てが合点がいく―――この者はアリエリカ様をこれほどまでにもない笑い者におとしめんとして…)」


そう―――この時アリエリカを揶揄からかい半分にはやし立てた者こそ、この国の軍事の最高顧問でもあった『ボウ=グラシャス』だったのです。

それにシオンはこの者の形容を、また別の言葉に置き換えて言っていたのです。

そう…『フ国一の佞臣ねいしんだ』…と。


そう―――まさにボウこそ、大国に巣喰う『獅子身中の蟲』だったのです。


そして今―――この佞臣ねいしんはアリエリカのような者が王の近辺に近寄るのは好ましくないものと認識し―――彼女をこの上ない恥辱の底におとしいれようとしていたのです。


ですが――――……


「何が、そんなに可笑しいのです―――さぁ…仰りなさい!この国の全官僚が居並ぶ中、『さすが大国よ』―――と、立ち眩みを覚えた事のどこが可笑しくあるのか…まずはその理由から述べるべきでありましょう―――!!」


「(ボウ=グラシャス;32歳;男性;シオンも申し述べていたように余り性根が良くない者。 この者の讒言ざんげんによって、影ではどれだけの人間が涙してきた事か。)

こ、これは失礼つかまつった…此度はようフに参られた、我等一同手厚く歓迎するものである―――!」

「ご苦労様でございました…。 私の方も陛下にお会いできる喜びの余り、夕べは興奮しすぎてしまい十分な睡眠も採れない有様で…それでついカッとなり怒鳴り声を上げてしまいましたことを、ここにお詫び申し上げる次第にございます。」


その時のアリエリカの口調はまさに“凛”として“然”―――このフ国が抱える全官僚300が居並ぶ只中にいても臆ともせず、堂々と自分の主張を言ってのけたのです。

これには当初の計画とは予定外の事よ―――と、一度はひるみはしたものの、さすがに世間渡よわたり上手な者はそのような素振りは一向に見せず『しれ』としたままでその場を濁したのです。


でも―――しかし…この応対は果たしてアリエリカなのでしょうか――――?


「(ふぅ…危ないところだった―――間一髪だ、な。)

{はっ!! い、いけない…わ、わたくしったら今一瞬気を…えっ?こ、これは一体どうなって―――}

(やぁ、お目覚めのようだね、アリエリカ。)

{あ…あなたは!昨晩の―――}

(悪いとは思っていたけど、あのままあの場に倒れこむよりかは幾分かましと思ってね、君の身体を借らせてもらったよ。)

{な…なぜ? まさか―――この機を狙って??}

(そう―――思ってもらっても、構わない。 けれども君もよくよく感じただろう? 皆の好奇なる視線を―――)

{はい…実に―――残念な事ではございます。}

(それに、まだまだこれからああ言う事は起こりうる、だからこれより先は私に任せてもらえないかな。 なぁに、心配はしなくても悪いようにはしないよ、君のやり様なら判っている、。)

{ええっ?に、22年? も…もしかするとわたくしが幼少のみぎりに聞こえていた、あの“声”の主―――って…}

(おおっと―――それよりようやくにしてお出ましのようだ…まぁそこから何がこれから起こるのか見ていなさい。)」


そう―――あの凛然とした答弁をなしたのはアリエリカ本人ではなく、彼女が生まれながらにしてやはり同じく存在し続けた『影の人』その人だったのです。

それに色々話しかけてみれば、幼少の頃には不確かだった事が明らかとなってきた…当時のアリエリカには、この『声はすれども姿は見えず』の存在は彼女にしか聞こえておらず、その事を周りの大人達に話しても誰も真面目に取り合ってはくれなかった…そうした経験もあるものの、アリエリカ自身が危険な目に遭う前に警告を発したり、父王ちちや大臣達に代わって民からの質問に答えたりなど割とよろしく付き合ってきたのです。


そして、いよいよ御大おんたいの登場か―――と思われたのですが…

そこに登場したのはショウ王ではなく、彼の下に集う『四人の政務次官』だったのです。

しかし実はこの四人の内の三人は…あのボウの息のかかった者達だったのです。

そしてその三人はこぞって心無いことを―――それがアリエリカにしてみれば思い出したくもない故国滅亡の経緯や、知っていながらもわざと知らないふりをしてアリエリカの故国をバカにしたりなど…聞くも忍びない事ばかりだったのでしたが―――


「この国の…重きをなするおみに物申し上げる。 確かに―――私の国は、カ・ルマの侵攻により滅ぼされはしました…ですが―――!兵達は云うに及ばず、民達も自らの手に鎌や鍬を持ち、誰一人として彼の者に屈することなく抗って行ったのです。 誰一人として彼の者に背を向ける行為をしなかったがために鏖殺みなごろしにされた…その事をおわらいになりたければ、おわらいになさればよろしかろう―――ですが、そんなことをしてしまって本当によろしいのか?第一にあなた方はフ国を支える柱の一つではありませんか―――それを…他国とは言え国の為に殉じて逝った者達をおわらいになられるとは…それはそれで、哀しむべき事ではありませんでしょうか?!」


この四人の内実に三人までもがアリエリカの事をことごとくにおとしめんとしていた――――でもしかし、アリエリカはそれらに屈することなく丁寧に反論してのけたのです。


そして―――この後、残りの一人が、その重々しい口を開き始めたのです…。


「(セキ=ラムーズ;55歳;男性;侍中最後の一人…だが、この男一人だけ他とは毛並みが違うようである)

真にもってお恥ずかしき事ながら―――先程よりの度重なる非礼に無礼、重ね重ね申し訳次第もござらん。」


「いいえ―――…詮無きことで…。(ほお、この人物は―――)

{あの、この方がどうかいたしたのですか?}」


「ただ―――今少しばかり申し開きをするならば、この国には斯様な者達ばかりではないことをお知り願いおかれたい。」

「いえ―――こちらこそ…無用な弁ばかり申し立てまして、いと恥ずかしき限りにございます。(いた!ここに“人”が…どうやら大木はその幹から腐っていたわけではなさそうだな。)」


その最後の一人が、他の者と毛並みが違った理由―――それこそは、この佞臣ねいしん共と唯一対抗できうる存在…『忠臣』であったことはすぐに分かった事だったのです。

それを知るに辺り、アリエリカ―――いえ今は彼女の身体を借りている存在である『影の人』は“ほっ”と胸を撫で下ろしたのです。

そしてそれよりは、このセキなる者がこの国の王であるショウにアリエリカを目通しをするべく案内するのですが…その途上にてこんな談義がなされたようなのです。


「時に―――あなた様は『ジョカリーヌ』という皇のことをご存知でいらっしゃいますか?」

「ジョカ…? あぁ―――確か、いにしえにて仁政を施いていたといわれる御仁の事ですか。 それが何か?」

「はい…どうもあなた様を見ているとその方を髣髴ほうふつとさせられる気がいたしまして。」

「あはは―――これは気恥ずかしい事を…私もおだてられて喜ばぬ性分しょうぶんではありませんが、そのような者にたとえられますと実に面映くあります。」

「ははは――――」


「それに―――…」

「(うん?!)」


「その御仁が皇として君臨していたのはほんの二・三年の間だけ…しかも実に優秀な官吏が施政をなしていましたので、当の本人はこれといって何もしていません。 ただ―――官吏の言っている事に耳を傾け、それを実行しただけに過ぎない…それを後世になって『仁政』などとは――――片腹が痛いにもほどがある。」


「(うんっ??)」


「それに―――(ん?) い…いかがしたというのです?」

「いえ…それにしても今のあなた様の言われ様、まるでその時に居合わせたかのような―――」

「(あっ!これはいけない!)い…いえ、これはくまでそうでなかったか―――と…単なる憶測にございますよ。」

「(ふ、ぅむ…)そう―――で、ございましたか…」

「え―――ええ…そうでございますよ…。

(はぁ…まずい事になってしまったなぁ、どうも懐かしさにかまけて要らざることまで喋ってしまっていたようだ。 これ以上、無用な方便は避けたほうがよさそうだ―――それに、もうこれ以上の追求もないだろうから…と、言う事で後は任せる事にするよ、アリエリカ。)

――――って、任せるって…。」


「はあ…なにを―――で、ございますかな?」

「いっ…いえ、こちらの独り言でして―――どうもすみません。」


『人き処にも人あり』そのことに安堵したのか、『影の人』はセキの『いにしえの仁君談義』に少しばかりの回顧録を言ってしまったようです。


でも―――それは遥か昔の事…今の時代にそんなにまで詳しく語られる存在がいるとは…それゆえにセキは目をまろくし、自分の胸に思ったことをそのままに口にしたところ、今度は『影の人』がそのことで狼狽うろたえてしまい、急いで主客交代をしたようです。


「ははは―――いや、それにしても面白い方だあなたは…」

「は―――はぁ…そ、そうでしょうか。」

「ええ、先程あの者達を論破した時と、今のあなたとではどうも違う…まるで『もう一人』よく事情を知る者がいるかのようだ。」


「(あ、それはありえるかも…)」


「ですが、そんなこと今の世では考えられませぬよな? どうもいかん―――近頃は邪推ばかりするようになってしまって…お気を悪くされましたかな?」

「いえ、それほどではありません。」

「それはありがたい―――さ、着きましたぞ、ここが『王の間』でございます。」


そうこうしているうちに本来の目的の場所、フ国の統治者であるショウ王のいる場所『王の間』へ―――

するとそこは自分達二人を大いに歓迎すべく、豪華に並べられたご馳走の数々が…列強各国の特産品や名物料理が、軒を並べて陳列されていたのです。

その絢爛豪華さに、ただ目をまろくするアリエリカが…


「(す…すごぃ………あぁ、なんだかまた目眩めまいが~)

{おいおい―――こんなところで、また気を失わないでくれよ?}

(は―――はぁ…そうしたいのはヤマヤマなのですが…これは少し大袈裟に過ぎないでしょうか?)

{はは―――確かに…これでは、まるで国賓並みの扱いだね。}

(は…)国―――賓…ですか、それはまたなんとも畏れ多い。」

「アリエリカ様、大丈夫でしょうか?」

「は、はぁ~~~ですがしかし…これでは『大丈夫』とは言い難いかも…」

「もう少しのご辛抱です、アリエリカ様のお席はあちらですので。」


「(…って、シ―――ショウ王様の隣り?あぁ―――も…もぅダメ)

―――と、よろめいている場合ではありませんですね。

(…と、言うより結局こうなってしまったか―――)」


余り慣れない上賓じょうひん並の扱いを受け、目の前は真っくら―――足元もどことなくおぼつかない様子のアリエリカ…結局のところまた『影の人』にたすけられたようです。


         * * * * * * * * * *


そして、宴もたけなわになった時――――


「(はっ――!あ…あぁ、そうでした、わたくしったらまた―――)

{お目覚めかい、アリエリカ。}

(ああっ、あぁ―――度々ながら申し訳ございません、また助けていただいて…)

{いや、この私とて今は感謝しているところだよ、こんなもてなしを受けるのは初めてだからね。(した事はあっても―――ね。)}

(それを申し上げるならばわたくしも―――で、ございます。 テ・ラにいた時でさえもこれほどのご馳走が並べられるなんて…)

{それじゃ一つ食べてみるかい?中々に美味しいよ。}

(えっ?よいのですか?)

{『よいか』もなにも、元々は君の身体じゃないか。}

(そうでしたか…)それでは、お言葉に甘えまして―――」


「うんっ?何か言われましたかな?」

「えっ?あっ! い…いえ、こちらのことでございまして…」

「それにしても、先程は申し訳ござらなんだ…あの者達も何も悪気があってやったことではないのでな、そこのところは、どうかワシに免じて赦してやってもらえまいか―――」

「あ、あっ―――!そ…そんなとんでもございません、わたくしの如き下賤な身である者のために頭をお下げにならないで下さい―――困ってしまいます。」

「いいや―――こんな安っぽいワシの頭なんぞいくらでも下げられる。 ただ、配下の者が侵した無礼は、その者を任命したワシの無礼でもある…しかもそなたの国の滅亡の経緯いきさつまで…心の傷に塩を塗ってしまうようなことを―――とは、これが謝れずにおれようものか?」

「(このお方は…)いえ、王も人なら民も、官もまた人…人の為すべき事には時として過ちがあろうというもの―――その総てをとやかく申していましてはきりがございません。」

「(フフフ)いやはや―――まだお若いのに大した事を言われるな、そなたは。」

「そ、そうでしょうか…?」


本日二度目の失神よりようやく立ち直ったアリエリカ…と思いきや滞りなく『影の人』と入れ替わり美味しい料理に舌鼓を鳴らしたようです。

そして、やや落ち着いたところで隣席のショウ王からこの度の臣下の非礼を詫びられたようなのですが、アリエリカのほうも『気にしないで下さい』などの実に思いやりのある言葉で返したのです。


「それと―――ですな、の方からも『よく出来た御仁である』との報告を受けておる。」

「『イク』? それはどなたのことでしょう?」


「それはひょっとして―――ワシの事ですかな?」


「おお―――イクではないか、何をしておったのだ遅かったではないか。」

「ははは、そうは申されましても市井しせいの巡回をし、民達の暮らしがどうあるのか―――それを一番に知りべきおくのは官の務めでございますれば。」


「{この―――人物は…}

(…)それはなんとも素晴らしい矜持をお持ちでいらっしゃる事で―――」


「はは、それを申すならあなたもそうではござらんか。 影ながら見ておりましたぞ、大通りで子供が蹴躓けつまづいたのを自らの手を差し伸べることなく、自力で立たせようとした所作を。」

「ま、まぁ…アレを見られていたのですか?どうしましょう―――余り褒められる事ではございませんのに…。

{そうだ―――!この人物はこの国の『宰相』だ!!}

えぇえっ?! さ…宰相様?」

「うんっ? いかにも―――ワシはこの国の宰相だが…はて?そなたにそのようなコトを言ったりしましたかの?」

「い…いえ、とんでも―――そんなお大尽様とは知らず口もはばかりもしませんで。」

「ははは、イヤイヤそんなことは気になさらんほうがよろしい、それに今は宴会の席だ堅ッ苦しい呼称は抜きでやりたいものだ…なぁ?!」

「はっ―――こやつの悪い癖がもうでよったか…これイクよ、今宵は無礼講だから赦して遣わすが、もしこれが平時だったなら赦しておかんところだからな?」

「ハッハッハッハ―――こやつめが、いっぱしの口を利きよるわ。」

「(え…ええ~っと)あ、あの―――ショウ王様は、イク様の主…ではないのですか?」

「カッカッカカ―――あぁんなビッタレの坊ちゃんが、今やこの大陸の中華なる国を治める王なのだからなぁ?」

「こやつめが―――相当に調子に乗りおって…だ~~れが“ビッタレ”だ!この腕白坊主め!」

「ほぉぉ~~う、言うようになったじゃあないか、昔はワシにいぢめられっぱなしでワンワンと泣いてばかりおったくせに。」

「ぐっ―――ぐむぅぅ…それは言うなと言っておろうが…。 それにホレ見ろ、折角のお客人が変な顔でワシを見よるでわないかっ!」

「はっははは――――と、まあこれこの通り、『王』やら『宰相』とかいう肩書きを外してしまえば案外皆一箇の人間…と、いうわけでありますよ。」

「そ~~れを言いたいが為に、ワシを出しに使うなっ!」


「{そう言う事か―――成る程、つまりこの二人こそは『断金のまじわり』みたいだね}

は…あ、そうでしたか。」


この時遅れて顔を出した者こそは、フ国のまつりごとかなめを担う人物―――宰相のイク=ジュン=スカイウォーカーだったのです。

が、しかし―――彼は『宰相』という高等官僚であるにもかかわらず決して驕る素振りもなく、しかもついには無礼講という場ということもあってか王であるショウに軽口の叩き放題とは―――その事を『影の人』はこの二人のやり取りを見て『断金のまじわり』だと言う事をすぐに察知したようです。


「さぁさぁ、まだまだこれからですぞ?」

「あの…これは?」

「まぁ、一献いっこん飲んでみて下され。」

「はぁ…(んっ?!)こっ、これは?!

{これは―――お酒か!}

ええっ?お酒?」

「おや、初めてでしたかな?」

「え? は、はぁ―――」

「それで、いかがなもんです? 中々に旨いものでしょう――――」

「は―――はぁ…」

「どれ―――もう一献いっこん…」


「{どれ、今度は私が試飲あじみしてみよう。}

(えっ? あの…)

{まぁいいじゃあないか、実はねこれに滅法目が無い人がいて、私も無理矢理に飲まされてその味を覚えた口なんだ。}

(はぁ…それはどなたなの事なのですか?)

{私の―――姉なんだ。}

(姉?どなたかご姉妹がおられるのですか?)

{うん…まぁね、どれ一つ。}

うぅ~~ん…旨いっ! どうやら今年の新酒のようですね、いや…実にいい仕上がりだ。」

「――――でしょう?どれ、もう一献…」

「はあぁ~~~っ、いや実にいい米と麹を使っている。 このまろ味と甘さは…ひょっとするとガレリア地方のものなのでは?」

「は? 今そなた…なんと?!」

「はい? ガレリア地方…だが――――それが何か?」

「(ふむぅ…)確かに―――この新酒の原料ともなる米は、かつてはそう呼ばれていた地方のものなのだが――――」

「い―――今は違う…の、です、か?」

「はぁ―――今は『コクトー』となっておりますが…それにその『ガレリア』という地名、今より5万年前まで使われていた―――とか?」

「(し、しまった!)い、いゃあ…わ、私もそうではないかな~なんて思ってたりして…ち、ちょっと酔ってきたようなので、外へ出て夜風に当たってまいります――――」


イクがアリエリカにお近付きの印に―――と、杯に注いだのは今年出来上がったばかりの『新酒』なのでした。

これには―――勿論アリエリカにとっては初体験だったのですが別段悪い気はしなかったようです。

そこで…くだんの『影の人』もまたわざわざアリエリカの身体を借りて試飲したようですが…すると―――その時、たまたま口から出た『ガレリア』という地名が出てしまってからというものはイクの手が止まってしまったのです。


それはどうして―――? なぜならこの『ガレリア』というのが、今では使われていない地名だからであり、しかもその地名も今より5万年も前に使用されてはいたものの、七度ななたび変わって今のコクトーに落ち着いたのですから…だからその事―――つまり『影の人』が知っている地名と今の地名とが違っていると言う事に、苦し紛れにその場を濁し一時場を離れるアリエリカ――――


「はァ…参ったなぁ、今の失言―――酔いの上での戯言ざれごとで済ませてもらえないものだろうか…。

(あの…もし?)

あぁアリエリカか、なんだい?

(今の―――昔の地名と言い、それにこの国の臣下達とのやり取りと言い…あなたという人は、本当は何者なのですか?)

そろそろ―――来る頃だと思っていたよ。 けれどもこの事を説明するのには時間が要るんだ、申し訳ないが今はそれ以上は答えられない。

(そうですか…未だ、この期に及んでもご自分の事をお話しになっていただけないとは。 わたくしは、実に情けのうございます。)

随分と、厳しいことを言うんだね、アリエリカ―――でもね、物事にはちゃんとした道理というものがあるんだ、それをきちんと踏まえもせずに結論だけを述べたとして、果たして君は納得できるかい?

(そ、それは…)

出来ないだろう? 君もそのことが判らないほど莫迦じゃない、まぁこれはそのうちの準備段階とでも思ってくれさえすれば、それでいい。 改めてこの私が何者で、どうしてこの場に存在しうるか…その意義が君にも判ってきた時に驚いてもらいたくはないんだ。

(そうは申されましても…・までので十分に驚いております。)

{あっははは―――面白いことを言うね、アリエリカ。 まぁいい、私もこれから寄らなければならない処があるから、後の事は適当に煙に撒いておいてくれないかな。}

あっ―――あの…行って、しまわれたの? それにしても、身勝手な方ですね…。」


これはアリエリカの一人芝居―――ではなく、アリエリカ本人と『影の人』とのやり取り。 それは、今日一日起こった事そのままを総括しての質疑応答だったのですが、まだ下準備もままならないでいる『影の人』にとってそれは都合の悪い事らしく、肝心なところはぼかされたままに…その人は何処かへと去っていったようなのです。





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