第9話-③ 吸血鬼(ヴァンパイア)の知られざる実態

ここは列強の一つハイネスブルグ国境の一集落『ラメラー』。(ちなみにこの集落はかの『迷いの杜』に程近いとされている)

そしてこの集落に『禽』のあの二人が入ってきたようです。


「ぷっひゃあ~☆ 遠回りすると歩く距離も時間も倍々になっちゃうんすよね~~☆  ここにつくまでにもう日が暮れちゃったダニよ☆」

「仕方がないだろ―――あの森を通れば今頃は風呂にでも入って、飯でも食べてたんだろーけど…」

「う゛いよ~ヘタこいて迷っちゃって、ユーレーさんとお見合い~★ッてのは洒落にもなんないっすからねえ。」

「全くだ…」


どうやら『キョウ』のナオミと『モズ』のマキは、今彼女達が言ってたようにこの集落に入ってきた手段も―――かの不気味な、ある“噂”の絶えないこの森を遠巻きにしてきたようなのです。


この『禽』の二人をして余り相手にしたくない存在…それこそが、いくら傷つけてもビクともしない『亡者アンデッド』―――だと言う事。


かつて―――この森に迷い、そして朽ちて逝ったヒューマン(人間)や魔物…そのんでった者達が標的にするのは『生者』―――それが例え同属であろうが、見境いもなく襲ってくるというのです。

しかも、まだ畏るべき存在がこの森奥深く…通称『血溜りの霧ブラッド・ミスト』が立ち込める渓谷―――『ヴァルドノフスク渓谷』、その渓谷に居城を構えているというのです。


そしてそこに居を構える者とは―――『不死の王ノーライフキング』『ノスフェラトゥ』と呼ばれる『吸血鬼ヴァンパイア』…

それだから―――なのでしょうか、この村落にはそれに対抗するべき措置がされてあったのです。


「(ん~ににしても、各家ににんにく吊り下げてる~って…)案外ベタですよねー--」

「まあな、『聖水』『銀』『にんにく』といえば数少ない吸血鬼用の対抗策だからな―――スミマセ~~ンどなたかいらっしゃいませんか~~ちょっと宿をお借りしたいんですが…」


この時ナオミが泊めてくれそうな家に目星をつけそこを当たった処、そこからは一人の老女が。 そして何とかその老女からは許しが得られたようなのですが…その老女の口からはやはり―――というべきか、ある事実が…。


そう、かつてはこの家で一緒に暮らしてきたであろう孫娘が、かの森の怪異によって攫われていなくなってしまった―――と言うのです。

その出来事に少々気の毒に思いながらも、それ以上は深入りしないように心がけるのでしたが…しかし―――この時また同じようにしてかの森の方角からこの村に近づいてきた存在があったのです。

しかもその存在は足取りも重く、歩くのでさえやっと―――と言うような状態で。


その…身を包みたる黒衣より出されたるは―――か細くも、青白いかいな…顔を見てみれば、まさに命辛々いのちからがらとでも言えるような程青白く―――しかも、全く生気が感じられないようだった…。

それだから―――だったのかも知れません、一晩の宿を求めてある家の戸を叩いたとしても、その家主は無下にも断りその存在を追い返したのです。

けれどそれは致し方のない事、自分が『何者であるか』の証しが立てられない理由から―――断り続けられたのです。


しかも…やがて雨が降り出し――――ずぶ濡れになってしまうその存在………


すると、偶然か否か―――ナオミとマキ達が泊まっている、あの家へとやってきたのです。


「おわ~~とうとう振ってきたみたいッすね★」

「ああ、急いだ甲斐があった―――というところだな。 それより早く寝ろ……明日は早い。」


雨に降られる前に一晩の宿を借りられたマキとナオミは人心地ついたようですが、その彼女達が泊っている家の戸を叩く存在が―――


「あれっ?誰か来たみたいっすよ? はぁ~~(ん・がっ、ん・ぐっ?)」

「バカかお前!この家の人間じゃないのに返事なんかするなよ!」

「うっへぇぇ~~~い…」


誰かが戸を叩いた…それでついうっかり返事をしてしまい、その事をナオミから咎めを受けたマキ。 けれど戸の向こうは、その返事があった―――と言う事で…


「あ…あの、す…すみま―――せん、誰か…」


「あり?む、娘さん――――みたいっしね…。」

「(…)返事したんだからお前が出ろよ―――」

「ええ~~~っ?あっれぇ~~~?もしかして、ナオさん…ユーレーさん怖いんすかぁ~☆」

「う…うるさいっ―――さっさと行けッ!」

「へいへ~~~い…っと、ハイは―――い誰…」


力なく絞り出される声…しかもマキが戸を明けた途端にその者はその場に倒れこんでしまったのです。 それを心配したマキがその者の身体に触れると―――まるで氷のように冷たかった…これはさすがに仕方がないと見たか、ナオミは家主の老女には無断でその者を家の中へと入れてしまったのです。


「すみません。 家主のあなたに断りもなく、他人を入れてしまって…」

「いや、いいんですよ…。 見れば、まだ若い娘さんのようだし…それがなんだって、こんな夜更けに―――しかも、おまけに雨まで降ってくるなんてねぇ…さぞや、寒かったろうにねぇ。」


「――――はい。(に、しても白い…まるで紙のような白さ。 でもその唇はまるで燃え盛る炎のように紅い―――だなんて…)」


その衰弱している娘を介抱するため、寝床にそのまま身体を寝かせてやり、その身を覆っている黒衣を取ってやると―――この寒空の中、この黒衣一枚…と言う薄着で、しかも全身血を失ってしまったかのように蒼白かったのです。(けれど…唇はそれとは対照的な“真紅”だったようですが)


そして―――やおらすると、その娘は意識を取り戻したらしく…


「(ぅ…)こ――――ここは…?」


「(あっ!気がついた!)ナオさん―――この人、気がついたよ!」

「おっと、そうか―――大丈夫でしたか?この寒空の中あんな薄着で…」


「だ…誰―――? あ、あなた達…いや、助けて!誰か―――助けて!」


「落ち着いて―――(ひどく狼狽しているな) ここには、あなたをどうにかしてやろうと言う存在はいない、だから落ち着いて―――」


「えっ…ホ、ホントに?」


「(うっわぁ~~可愛いなぁ…この人。 今一体いくつだろ?もしかして―――アタシより年下だったりして?)」


「あぁ―――良かった…。 私…ある連中に追われてて―――それで、ここまで辿り着いたんです。」


「追われて――――って、誰にだい?」


「はい? あの~この人は?」


「ああ、この家の家主さんだ。 実を言うと、アタシ等二人も今夜一晩だけここに泊めてもらっているだけなんでね。」


「そ―――そうだったんですか…ゴメンなさい―――なんだか私の所為で…厄介ごとに巻き込んでしまってるみたいで…。」


「あははは―――それはいいッこなしだよ。 元はといえば、こいつが不用意に返事をしたのが悪いんだから。」


「―――あなたが? そう・・・ありがと。」(ニヤ)


「えッへへ―――でもさ、あんなに弱弱しい声出されちゃほっとけないっしょ☆」


その娘の容姿―――まさに花も恥らいそうな乙女のそれ・・・しかもまるで併せるかのようないじましいまでの仕草に―――そこにいたナオミたちは、すっかりと警戒を解いてしまっていたのです。


そうし―――少しばかり落ち着いてきたのか、この娘はここまでに至った経緯を話し始めたのです。


「私は―――あの森の奥深くに棲まうという・・・ある者の手から逃れてきたんです。」

「(えっ・・・)あの森の――――って…」

「ま、ましゃか『吸血鬼ヴァンパイア』の゛ぉ~~?」


「はい―――…あの森の奥深くに棲まう者は、夜毎よごと私のようなうら若き乙女の血を求めて…それは、もう―――言うのもはばられるような行為を強要して、私達の恐怖に引き攣る顔を楽しんでいるかのよう…!それだけならまだしもその遊興に飽いだなら、決まって乙女の生き血を…! 私の前には既に何人か犠牲になっていたみたいでしたが、そこから命辛々いのちからがら逃げてきたとしてもすぐに見つかってしまって―――」

「追っ手に―――?」

「はい―――でも上手く撒いてどうにかここまでたどり着くことが出来たんです。  どうも助けていただいて、有り難うございました。」

「テヘヘ~~まァー--よく言うぢゃあないよ、旅は道連れ~世は情け』―――ってね☆」

「うふふ…面白いこと言う人ね―――お名前は?」

「えっ―――アタシ? アタシはぁ~~マキっていうのよさ。」


「へえ―――そう…『マキ』ちゃん―――っていうの、あなた…」


「オイっ―――バカか!見ず知らずの人に自分の名を喋るな!」

「い゛っ――――は、はぁぁ~~~い…」


どうやらその娘は、かの森の奥にある渓谷にひっそりと佇むと言う―――とある者が棲まうという場所から、命辛々いのちからがらに逃げ延びてきたようなのです。

でも―――獲物の逃走の報はそのある者の耳にすぐさま入り、宜しく追っ手を差し向けてきたようで、しかしその追っ手をようやくのところで撒いてここまで逃げてきた…と、言うのです。

そして後でお礼をするためなのか、その娘は助けてくれた者の名を知ろうとしました―――けれど、諜報を生業なりわいとする者が『実名』を明らかにするのは、『敵を道連れにする時』か、『自分が死ぬ時』にするというもの―――この時ついうっかり自分の名を言ってしまったマキを、ナオミがとがめたのにはそんな理由があったからなのです。


それはさておき―――明日の朝も早いから…と、言う事で床に就く四人。

―――がしかし、暫らく経ってからこの二人が外の異変に気がついたのです。


「(…お頭――――)」

「(…気付いたか―――)」

「(気付くも何も、外でガサガサ言ってるじゃないすか―――)」

「(上手く≪すくみ≫を使え、こちらから動かなければじきに去るだろう…。)」


それは…もう何もかもが“しん”と静まり返った刻でした。

それは―――人も、魔も、獣も、蟲も、草や木でさえも、深く眠る時間…

そんな静寂しじまの刻を邪魔するかのように沸いてきた存在が二つ―――

でもこちらから変に動きさえしなければ、そのうちに向こうから去るだろう…そう踏んだナオミはただじっと耐えて待つようにマキに言ってきかせたのです。


でも―――この二人の行動までは予想の範疇の外でした。

『二人』…そう、この家の主の老女と――――は…

外の様子が何事なのか―――と目を醒まし、ナオミとマキのところに来てしまったのです。


「あの―――…」

「起きてしまったんですか…あなたたち。」

「ええ、この娘さんが外の様子がおかしいって言うもんだから―――」

「(ヤレヤレ…)参ったな―――オイ、そっちの方はどうだ。」


「うえぇ~~っ、なんだよあれ…ちょっとこっち来て下さいよ―――」

「なんだ、どうした―――」

「あれ…見て下さいよ――――」


今…外を騒がせている二つの存在――――まるで墨を塗ったような暗闇の中に、爛々らんらんと光る紅き四つの輝点――――それが何者なのか…と、思っていたら―――

空に昇っている月を覆い隠していた雲が一気に晴れ上がり、その煌々こうこうと輝ける月光のもとに、この不気味なまでの存在を浮かび上がらせてきたのです―――

しかもそれは、思わず身の毛も弥立よだつようなおおきな存在―――


「あれは、『熊狗くまいぬ』じゃあないか―――!」


熊狗くまいぬ』―――『魔狼フェンリル』の亜種で、身体も野獣である狼よりもおおきく、性格も獰猛であるとされている。 そして一説によるとある魔物…『吸血鬼ヴァンパイア』の下僕であるとされている。


そう―――その二つの存在こそ最も注意しておかなければならない存在だったわけなのです。

では、この熊狗くまいぬ達の目的とは…それは紛れもなく―――


「ああ…っ!あの二匹―――!」

「はあ…やはりそうか、あなたを追って。」

「す、すみません―――」

「なら、仕方がないな…」

「ちょ―――ちょっと待てよ!折角助けてあげたのに可哀想じゃないか!」

「しかし、そうは言ってもなぁ…」

「なんだよ―――見損なったよ!自分たちの都合が悪くなったらスッパリと切り棄てちゃうのかい?だからも――――」

「(…)分かった―――悪かったよ。 そいつを持ち出されるとさすがに耳が痛い―――」

「そ…それじゃあ―――」

「ああ一度乗りかかった船だ、二人で追い払うことにしよう。」

「いっしゃぁ~~まかしときぃ~☆」


やはり―――それは獲物であるこの娘を連れ戻しに来たという、畏るべき吸血鬼ヴァンパイアの手下だ―――と言う事はこの娘の態度からでも分かってきたのです。

そこで―――ナオミが最初に下した判断とは、この娘には悪いとしながらも彼女を熊狗くまいぬ達に引き渡す―――というもの。

けれどもこの事にマキは反発したのです。

その反発も普段の彼女からは考えられない事―――でも、たった一つのことを引き合いに出すとナオミはあっさりとマキの案を受け入れたのです。


           * * * * * * * * * *


その一方―――こちらの方では…


{そちらの方は…どうですか?}

{この辺りで匂いの方は途切れているようですが…}

{ふぅ~全くもって困った方だ―――定期健診を受けるとなると、決まって逃げ出すのですから。}

{申し訳ありません…私がちょっと目を離した隙に―――}

{(ヤレヤレ…)ん?あの者達は?}

{どうやらヒューマンのようですね、こちらに来るようですが―――}


「オ前タチ―――何者ダ…」


「(ナニ?人の言葉を解するのか?!かなり厄介だな…。)私達は、元々ここの村の人間ではないが一泊の恩義がある。 この村にもし災いが降りかかるなら、それを払うのが『礼儀』というものだろう?」


「ホホウ―――コレハ面白イコトヲ…コノ我等ガ『災イ』? ドウシテソノヨウナ事ガ言ヱル。」


「どうもこうも、とっくにあんたらが探しているの、ここにはいないんだってばよっ☆」


「ナンダト―――オノレ!」

「マァ…待チナサイ―――ソレデ?アノオ方ヲ遠クヘト逃ガスタメニ、オ前達ガデコイトナッテ出テキテイルトイウ事カ…」


「『そうだ』―――と、したなら?」


「フフ、フ――――中々ニ殊勝ナ心ガケ…ト、言イタイトコロダガ、一ツ言ッテオコウ…オ前達ノソノ選択ハ誤ッテイル。 今―――我等ガ追ッテイル存在、ソレガドウ言ッタ存在ナノカ、判ッテイルノデスカ。」


「ヘヘン―――あの、おかしな森の奥からようやく逃げてきた、仔猫ちゃんだよっ!☆」


その者達は、意外にも人語を解し操れる魔物だった―――それゆえにナオミは真正面から対峙せずに、適当にあしらって諦めてもらおう―――としていたのに、『禽』の内でも血の気の多い『モズ』のマキにはそれは伝わらなかったらしく、とうとう向こう側の一匹と火花を散らしてしまったのです。


「(バカが―――勝手に向こうさんとおっ始めやがって…だけど残ってるこの一匹、あちらからは仕掛けては来ないようだが…)」


「(…)ナァニ、心配シナクトモコチラカラハ何モシナイ。」


「(こっ…こいつ!人の―――アタシの心が読めるのか?!)」


「ナァニ…ナントナクデスガネ―――ソレニ、コウイウ状況ニ追イ込マレタ時、言ウマデモナく厄介ナノハ今ノアナタノヨウニ『機ニ臨ミテ変ニ応ズ』タイプナノデスカラ…ナ。」


けれど残りのあと一匹の対応の方にナオミは戸惑いました。

妖魔・魔獣・人外の者といえば、見境いもなく人ヒューマンを襲ってくるもの…と、そう認識をしていたのに、それがどう言った事かこの熊狗くまいぬに限ってはナオミとマキをヒューマンだと認識をしていながら決して自らが襲おうとはしなかったのです。


         * * * * * * * * * *


その一方―――この家に残されたくだんの娘は…


「ちっ―――もうここまで嗅ぎ回ってくるとは、ついてないねぇ~~。」


「(えっ?)あ―――あの、娘…さん?」


「ぅん?ああ――――すまなかったね、こっちはあんた達まで巻き込もうってつもりは毛頭もなかったんだけどね。 私の居場所がバレちまったら元も子もない、ここを出てくことにするよ―――」


「あ…あなた――――は、もしや?」


「おおや―――気付いちまったようだね、だけど、そこから先は余り詮索はしないことだ…それこそが長生きの秘訣だよ―――お婆ちゃん♡」


その娘は、かの追っ手の熊狗くまいぬが来訪した辺りから『娘』らしからぬ言葉遣いになっており、そのことにこの家の家主でもあるこの老女は疑問を抱き始め―――やがてその疑問が確信へと変わったとき、この怪しき娘は指を一弾きしたあと―――今まで…この場であった出来事を総て忘れさせてしまったのです。



六つの時間が過ぎ行きし頃、いつしか雨も止み―――相手が争わずに向こうの方から退いてくれたのでくだんの家まで引き返していたナオミは…


「(ナニやってんだマキのヤツは…早くしないと、あいつ…『オオトリ』とコンタクトできやしない――――)まさか、あいつ…」


二時間経とうが―――三時間経とうが…一向に帰ってくる気配のない仲間の一人にあらぬ心配をしてしまうナオミ。

そこで彼女は一晩泊めてもらった家の主の老女に、『もし行き違いでここに戻ってきたら、自分はハイネスブルグに行ったと伝えて。』と言い残し、その家を後にしたのです。


        ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


そして今は、列強の一つ『ハイネスブルグ』―――その都である『ハイレリヒカイト』の城下町にてナオミは…


「(申請によると…この辺りのはずなんだが―――)ああすみません、この辺りに『シャーウット』というお肉屋さんは…」

あ?ああ―――そういえば、五日前に店を引き払った~~って言ってたなぁ。 あそこの店主さん、可愛かったのになぁ~。」

「ええっ?五日前?じ…じゃあ―――今はその人どうして…」

「あ゛ー--確か噂じゃあ『三将』の一人にスカウトされて『森の衛兵』になったんだとさ。 なぁ~~ンもあんな曰くつきの森の…ねぇ、餌食になんかならなくたって―――」

「そうかい―――分かったよ、ありがと。 ふぅ~んそう言う事だったか―――そう言えば『オオトリ』のヤツ、樹と対話できるすべを持っていたからなぁ。 それより城か…(夜に、忍び込んでみるか―――)」


以前この町に居を構え、自分が捕獲してきた獲物を捌いて肉にする精肉店の店主は、ナオミが来る五日程前にその狩猟の腕前と不思議な術が扱えるのをこの国の『三将』の一人に見込まれ、『森の衛兵』にスカウトされたというのです。

それを聞くに及びナオミは、改めてその者に会うために別名『白亜城』と名の付くほど壮麗な『ハイレリヒカイト城』を目指すために、潜入を開始するのです。


彼女―――ナオミの異名は『キョウ』…時にフクロウとは、獲物を捕獲する際に羽音を一切させず…つまり獲物に自分の気配を気取られる事なく一切を済ませてしまうという禽。

そう―――つまり、建物内に侵入をしての情報の収集は、ナオミの最も得意とする分野だったのです。


城内の見回りの兵士など、どこ吹く風か―――と、言ったところか…まんまと城内に潜入をしたナオミは自分の仲間がいるところを探すために天井を上手く使ってくまなく探すのですが――――


「(参ったなぁ~~一階だけでも兵士の詰め所が40もあるじゃあないか…地道に、虱潰しに探すしか…ないか。)」


ここでナオミが実感したコト…それは、この景観が美しい城郭の警備がだと感じたのは、この城そのものが堅牢な城砦だからであり、むしろ警備などに手を廻すよりも城内に兵を詰めさせておいて、いつ『迎撃』や『防衛』に取りかかってもよい―――そのムダのなさを痛感したのでした。


こうして少々面倒ながらも虱潰しに兵の詰め所を見て廻っていたところ―――城内にある一角の部屋から何かしらの用で出てきた人物の―――見覚えのある髪飾り…

そう―――伝説上の『鳳凰』の尾羽をモティーフにしたか、のような―――

そしてそれを見つけるや否や、その人物の背後をつけていき人影が見当たらなくなった場所に来た―――その瞬間に、音もなく、その人物の背後に降り立った『キョウ』。


「(…)動くな――――」

「(ひぃっ?!)わ…私はまだ何も~~」

「喋るな―――お前、この城に潜り込んで何をしている…」

「そっ…それはぁ~~(ん?この声…) あ゛あ゛~~っ!」


「よっ!こ~んば~んわ♡」


「(レイカ=エルブ=ハイラル;20歳;女性;『禽』の『オオトリ』であり、弓の名手。 さきの紹介にもあったように、髪飾りに『鳳凰』の尾羽によく似たものをつけていることから仲間内でもそう呼ばれている。)

お――――お頭だったんですか…やめてくださいよ、寿命縮まったじゃないですか。」


「ハハっ―――悪い悪い。」

「それより―――お一人ですか?」

「いや―――途中までは…な。」

「(…)何か、あったんですね―――」

「ああ、そのことも含めてちょっと話があるんだ。」


その人物こそがハイネスブルグに潜入し―――そして今『森の衛兵』として城中に駐屯をしている『オオトリ』ことレイカだったのです。

そして早速今回のミッションに取り掛かろうとするのですが―――…


「えっ?マキが?」

「ああ、あいつ昔ッから喧嘩ッ早かったからな―――それをアタシが止めに入る前に奴さんと闘リあう羽目になってしまって―――」

「しかも…あの怪異の森の―――ですしね…。」

「すまない―――この通り…」

「分かりました、あの子も数少ない『同志』の一人ですからね、見捨てるというわけには――――」

「悪いな、それでどうしよう?」

「(フフ…)ここは一つこの国の軍の一つに協力を要請しましょう。」

「(……)えっ?今なんて―――?ここの…ハイネスブルグの―――『軍』? レイカ―――お前、いつからそんなほら吹きなんかに…」

「そう思われるのも無理はないかもしれませんが…私がどうしてここにいるか、近所の人に聞いてきたんですよね。」

「ああ…そりゃあ、まあ――――確か、『三将』の一人って言ってたなぁ。」

「そう、『雪月花』の『三将』といいまして、そのうちのお一人…『セシル=ベルフラワー=ティンジェル』と言われる方からのお誘いを受けてなんです。 お頭にも紹介ついでに今から会いに行きましょう。」


そう―――今最も重要なのは仲間の一人が行方不明となり、その場所が最も避けなくてはいけない『ヴァルドノフスクの森』だったわけなのです。

そこでレイカは、一人が二人となったところではどうにもならない―――とそう感じ、この国の武の要である『三将』の一人を動かそうというのです。


「失礼します―――」


「(セシル=ベルフラワー=ティンジェル;22歳;女性;この国の武の要『雪月花』の内『花』を宿とする『三将』の一人。 佩剣は『ツヴァイハンダー』銘は【イクセリオン】。 尚、作中に出てくる『カイン』はこの人の実兄。)

どうぞ―――ああ…これはレイカさん。 どうかしたんですか?」


「はい、実は新たに入隊希望者がいまして。」

「初めまして―――アタシ、ナオミって言います。 宜しくお願いします!」

「ふぅん、ナオミさんね…これからも頑張ってね。」


「あれ?もう終わり?」

「そうよ―――何か期待してた?」

「い…いや―――そう言うわけではないんですが…」

「実はね、あの森の主が目覚めてくる周期だからって、それで皆警戒しているの。」

「あの杜の―――『主』!?んで、『周期』?!」

「そう、その主なる者は数百・数千という年月を生きてきた吸血鬼で、目覚めてくる『周期』というものがあるんだ―――って、うちのとこの天文官が言っていたわ。」

「(吸血鬼ヴァンパイア…)ところで―――その…『主』?起きてまずは何をしようって?」

「まあ、伝承の通りならうら若い娘を攫って、更なる長寿を手に入れる――――だとか?」

「(それだ!)じ…じゃあ―――熊狗くまいぬは…」

熊狗くまいぬですって?!それを…どこで!」

「それが…この国の国境近くで―――それで、妹がそいつ等に攫われて―――」

「国境…もうそんな近くまで―――! 分かりました、では私の配下の軍を動かせましょう、それでいいですね。」

「えっ―――でも…攫われたのはアタシの妹で、あなたには何の係わりも…」

「それでも知らん顔しているのは忍びがたいわ――――それに、あの怪異の森の従者が相手とは…不足はないわね。 セシル、これより参る!」


「(…)お頭―――いいんですか?あんなことを言って。」

「(…)アタシは、別にウソを言ったつもりはない―――それに、あたしらは、血の繋がった姉妹きょうだいも同様じゃないか…。 それに―――もう…あんな思いをするのも沢山なんだよ!」

「お頭―――あなた、あの時の…あの人の事を―――まだ…」

「ここに来る道中―――あいつに言われたよ…アタシ等の中で、一番年下のマキに…正直、堪えたよ――――」


それより先は、『禽』のリーダーである者の口からは、なにも出なかった――――

それは辛い事だった…と、その集団の誰もが認識していた事だったから…。


そして―――彼女達は、自分たちの得物を片手に、羽ばたいて征ったのです。


        * * * * * * * * * *


こうして行方不明となったマキを捜索しているナオミ・レイカと、セシルの率いる部隊は…あらゆる手を尽くし一部隊を動員しても行方不明になった者は見つかる気配すらなかった…そのことに焦りを覚えだした三人は思い切って捜索の範囲を出来うる限り拡げようとするようですが―――セシルがこの森の東方面に出向いた途端、レイカの口からはこんなことが…


「(お頭―――ちょっとお耳を…)」

「―――ナニ?それは本当か!」

「はい。 現地点より西に540m離れた大樹の下で、それらしい特徴の者がいると。」

「よし―――それなら早速…」

「いえ…ここで急に行動を起こしてしまっては怪しまれるのは必定です。 ここは少し機を見計らって―――」

「そうだな―――」


そう、樹と対話できるすべを持っているレイカは、知っていたのです。

今のこの時点で、自分達が血眼になって探している者がどこにいるのか―――を。

ですがしかし、それではどうして恩のあるセシルにウソをついたのでしょうか。

それは、彼女が自分たちの所属する『禽』の一員ではないから…それでも確かに、自分を信頼してくれてたのはありがたかったけれど…それ以前にレイカは人間ではないのだから――――


それから暫らくして、レイカの言っていたように大樹の下で臥しているマキを見つけたナオミは――――ナニよりも無事だったマキを見た反面、今まで安泰かどうかを心配してやったことを後悔しどこか虚しいまでの怒りがこみ上げてきたナオミ…なぜなら自分達が心配をしているのに当のご本人様ときたら幸せそうな寝顔にあまつさえ鼻ちょうちん…更には寝ダレを垂らして爆睡をしていたのですから。

そこでナオミはマ怒りを感じ、キに対して『鉄拳制裁』を加えたわけなのですが、自分達の同志仲間が無事だった事をまずは喜ぶべきだろうとレイカは……


「ま―――まあそこはマキの方でも反省してるって事で…」

「そうだな、それよりお前、あの時アタシとはぐれた後どこへ行ってたんだ?」

「は??ナニが?」

「ナニが―――じゃないだろ!お前…あの後、あの熊狗くまいぬの片割れと取っ組み合ってて――――」

「ええ―――っ?!く、熊狗くまいぬ?そ…そんなおっかないヤツと、アタシがぁ?!」


「(ぅん?!)ちょっ―――と、待って下さいよ? ねえ、マキ…あなた、その銀の十字架―――どうしたの?」

「はぁ?銀の―――って、なんだ?こりゃ。」

「(芝居をしているというわけじゃないのか?)まさか…?」

「おそらく―――今までの数時間の記憶がすっぽりと抜け落ちてしまうほどショックな事があったのか―――或いは…何者かによって、意図的に記憶を消されたか…」

「どちらも信憑性としては低いな。」

「ええ…それに、ここまでの芝居を打てるほどマキのスキルも高くありませんし―――」

「ほっとけよぅ…」

「ですから―――敢えて…を選ぶなら“前者”の方でしょうね。」


これまで何があったのかをマキに問いただしたところ、自分達をからかっているのか果ては本気でそうなのか―――『知らない』『分からない』の一点張りだったのです。

この反応にまたも激怒しそうになるナオミだったのですが…レイカが先ほどから気にはなっていた『銀の十字架』の事をマキに聞いてみたのです。

ですが…これも――――

そして一つの結論に達したナオミとレイカは、何か余程のショックがマキの身に降りかかり、ここ数時間の記憶が消失してしまった―――と、したのです。


こうして、仲間内の身に降りかかったある種の奇怪な出来事は幕を下ろし…今は自分達に課せられた使命を果たすため、この国での恩人に断りもなく彼女たち三人はハイネスブルグを後にしていったのです―――


       ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


丁度その頃、ヴァルドノフスク城では――――


「おや?エルム様…泣いていらっしゃるのですか?」

「えっ…(ド・キ♡)な、なにバカ言ってんだい、ちょ―――ちょっと目にゴミが入っただけなんだよッ!」

「とは言え―――折角『仲良く』なりかけてましたのにねぇ~~~?」(ぷ♡ぷ♡ぷ♡)

「ヘラィトス―――そいつは皮肉あてつけかい?私に対する皮肉あてつけを言ってるのかい?」

「別に、そうは申してはおりません―――ただ…あのマキという子との別れ際の、あの言葉のイントネェーションが、『いっそのこと本当にかどわかしてやろうか?』てな具合に聞こえたものでして…」(ニヤニヤ)

「ですよねぇ~~~?実際私も、あのやり取り見てて妬けて来るったら!もうッ!」(きゃ~♡)


「(こっ――――こやつらぁ~~)」


「この事をぉー--『お方様』と呼ばれるに話したらどうお思いでしょうねえ?」(ぷ♡ククク)

「あ~~それ面白いかも~~!」


「―――――……。」


「アレぇ~っ?!どちたのかなぁ~?エルムちゃん。」

「余りにも図星過ぎて返事できないんでちゅかぁ~?」


「くぅおんのバチ当たりどもがぁッ!そんなに主人をこき下ろして、愉しいのかいっ―――!」


「あは~~☆ お~~こった、お~こった! 吸血鬼のエ~ルムちゃ~んが、お~にのようにお~~こった!♪」

「う~わき~がバ~レたら、おおか~じだぁ~!♪」


「(こんにょぉぉぉ~)ちょいとー--っ!お待ちィッ! あんたたちタダじゃおかないよぅっ―――!」


なんとも…そこでは、『召し使い』『下僕』と言った者が『ご主人様』をバカにする―――という珍妙な光景があったようですが。

それでもエルムは顔や態度で憤激をしていながらも、ココロの底では彼ら二人に感謝していたのです…『寂しさに沈みそうだった私を、慰め…そして励ましてくれて有り難う』――――と。


「ンなワケないだろ?!あんなに人をおちょくりよってぇ~~あっ!お待ちィ――――っ!」


こうして―――静寂しじまの中でも騒々しく、ヴァルドノフスクの夜は更けていくのでした。



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