第7話 小間物屋の女主人

さて…前回のお話しの続きをする―――その前に、一人の人物の紹介を。

この人物、この夜ノ街でも中心部より少し離れた区画に居を構え、そしてとある事を生業なりわいとして生計を立てている人物だったのです。


では、この人物の生業なりわいとは?


それがここの住人達―――そう、盗賊や野盗達と同じではなく、言うなればかの両替商のような事を生業なりわいとしていたのです。

が、しかし―――この人物が取り扱っているモノは盗品のたぐいではなく、自らの手で創り出しているモノを商いとしている者だったのです。

しかもこの人物の創るモノというのが、なにやら不思議なまじないがかかっているらしく大層な評判でもあったのです。

それを証拠に、実際にこのお店で売っている装飾品やアクセサリーを身につけると、不思議と病気や怪我をしないですむというのです。


それでは―――実際に、そこのお店で取り扱っている品物とは…?


それがどうもその商品という商品総てがとても奇妙な形をしていて、年頃の娘さん達にしてみれば絶対に身につけたくはないもの…だとも言うのです。(つまりはそれほどに奇妙な形をしている…というのですが)

では、そのアクセサリーの奇妙性――――とは…

それは――――青緑色をした、魚の鱗のようなモノ(しかも、市場しじょうに出ている魚とはちょっぴりサイズが大きめ――――言うなれば大型の爬虫類の…にも、見えなくはないようです…が?)

それゆえに、若い娘さん達は敬遠気味――――だったようです。


―――――が? 今どうやらこのお店…『キリエ堂』から、その若い娘さんを連れた親子連れが出てきたようですよ?


「どうも…ありがとうございます。 うちの娘も、ここのお店の―――初めは気味悪がってつけるのを嫌がってたんですが…或る時、サーベル・ウルフに襲われそうになった時ちょうどここのを身につけてたお蔭で、向こうから恐れをなして逃げた―――と、言うんですよ。」


「(キリエ:92歳:女性:このお店『キリエ堂』の店主。 年齢を見ての通り、老女。 それゆえに目も薄く、耳も遠い、しかもこの街一番の古老だけあって博識・生き字引―――と、称されている…ようだが??)

あぁ~~~おやおや、そうかいそうかい、この婆の創ったモノのお蔭で…人っ子一人の命が救われるとはねぇ…。 イヤイヤ―――長生きはするもんだ。」


「うん! 初めは…あたしもこんな気味悪いの…って思ってたんだけれど―――あれ以来ここのがすごく気に入っちゃってね、それで今日もここに来てみたの。」

「それはー--ありがたぁ~~~いことだねぇ…うんうん。 創り手冥利に尽きるってもんさね。」

「ところで―――この鱗のようなもの、どこで手に入れているんです? 普通の魚にしては少し大きいようですけど…」

「んー--?あ~~~~?あぁんだってぇ? すまないねぇ…あたしゃ、見てくれの通り…年寄りだからねぇぇー--だから、耳が遠くていけないや…」

「あ…あぁ――――い、いえ…」


この老婆――――キリエ…見ての通り物腰も柔らかく人当たりもいいようなのですが…今のように少し込み入った事を聞くと、自分が年寄りであることを理由に上手くのらりくらりとかわしているようなのです。


「はいよ、毎度あり。 また、お越しになって下さいよ…。」

「それでは…」 「ばいばー--い!」


どうやら今の親子連れ、また一つ新しいアクセサリーを買ったようです。


それよりこの『キリエ堂』というお店、少し奇妙な噂がついて回る…というのも事実だったのです。

それというのも、時たま―――しかも夜半を過ぎた辺り、何者か…そう、言うなれば身の毛も弥立よだつようなケダモノの唸る声のようなものが聞こえてくる…だとか、夕暮れ時の店を閉める頃に、余りこの近辺で見かけないような美女がこのお店を出ていくところを見かけたり…だとか―――(しかもこの美女、お客などではなくこの店の主人、つまりはあの老婆のお使いで出て行くところを見られているようなのです)

こうした噂の所為せいもあってか、客足もまばらだったようなのです。


         * * * * * * * * * *


そして――――今、この時でも少し奇妙な事が…

―――と、いうのも、前回のお話しで姫君と偶然(いや、これからの事をかんがみると、“必然”?)な出会い方をした、ギルドの構成員の一人――――サヤ が、なんとこのキリエ堂の前に…(ひょっとすると、彼女…このお店の常連客で…とも取れなくもないのですが―――ここでよぅく思い出して頂きたいのは、彼女が前回のお話しの終わり頃、何を言っていたのか…なのですが)


「(ふう…)ごめんください―――よ、と。 あれ?いないようだな…。」


この時、ギルドの構成員が店内に入った時には誰もいなかったのです。

しかしそれでは話が展開―――いや、もとい、自分が何をしにここに来たのか分からないので、その構成員、店のカウンターに設置されている呼び鈴を数回鳴らした所この店の奥から…


「はいはいよ…何も、そんなに、呼び鈴鳴らさなくても―――おや!?誰…か、と思えば…サヤさんじゃあないかい。 どうしたんだね?あんたがこんなトコに顔を出すなんて…“お山”と“お城”のぬし達が騒ぎ出さなけりゃいいんだけどもね。」


「(フフ――――)相も変わらず…と、言ったところだね、お蔭で安心したよキリエさん。 アタシは老衰かなにか―――で、早くたばっちまったのかと思ってたよ。」

「へッへッヘッ――――あんたの…その、口の悪さもだいぶ板についてきた――――ってトコだよ。」


「ところでさぁ――――…」


今までの―――この老婆と若い構成員とのやり取りを見ていると、お互いが軽口を叩き合える仲――――まあ言うなれば永い付き合いの間柄でしかなすことの出来ない事だったのです。

でも、だとすると、20歳前後の若い娘と…もうすぐ一世紀、100年を生きるこの老婆と…この二人を繋げる接点はどこにあるというのでしょうか。


          * * * * * * * * * *


そして―――いつしか日もとっぷりと暮れ、宵のとばりが下りた頃、このお店『キリエ堂』から今まで何を話し込んでいたのでしょうか、この店の店主の老婆と、昵懇じっこんの間柄にしては歳相応ではない若い娘が、お互いが別れを惜しみあうかのように出てきたのです。


「それじゃ―――あのお方にも、よろしくね…」 「あぁー--あんたの…ところも、ね。」


「(じゃ―――…)さて…と、わが主上にも早速この事を話さないと。 おっと、その前に―――こっちの仕事のほうも当分は出来なくなるし、それに…短い間だったけどあいつらにはいい思いをさせてもらった事だしな。 辛いけど…お別れだ。

それと…もう一人、頭領にも一応の断りをいれとかないとな。」


どうやら構成員は、何かを為しえるためにこのギルドを去るようなのです。

そのために自分の事を『姐御』と呼んでいてくれた仲間と、この組織のトップである女頭領にその旨を伝えるようなのです。


「は?え?? そ、ソ~~――なんすか? 姐さん。」 「ンにしてもさァ~~姐さんいなくなると、さびしくなるよなぁ~~。」

「おや、そうかい? だったら…用が済んだらスッ飛んで帰ってやろうか?」

「え゛…?」


「なぁ~~~んてな、冗談だよ、ジョ――ダン。 まっ、この用事もすんなりとは済むと思ってないし…当分の間お別れって事だよ。 じゃ―――達者でやんなよ。」


「姐…御―――」(ぱちくり)


てっきりいつものように怒鳴られるものと思っていたら、まるで永の別れになるかのような言葉に目を丸くする彼女の子分達…でも、どうして彼女がその時にそう言ったのか、彼らにはうかがい知る事が出来なかったのです。


そして―――今度はギルドに赴き、女頭領に事の次第を述べる構成員が。


「なんと――――いとまを頂きたいと申すのか?」 「はい…」

「…ナゼに?」 「ワケは…聞かないでおくんなさい。 こっちの一身上の都合でもありますんで…。」

「(ふぅむ…)然様か、『一身上の都合』となれば仕方のなき事よのぅ。 そなたの事は眼に留め置いておったのじゃが…。」 「いいえ―――それはありがてぇこって。 それじゃ――――…」


構成員サヤ、ギルドを去るに際してもその理由までは語りたがらなかったのですが…女頭領も無理に引き止める事をしなかったのです。

しかし―――事情が事情ならば仕方がない、またそういう者を無理に引き止めても自分に利のない事など百をも承知だったのです。

そういう観点から、女頭領は惜しみながらもサヤのその意思を汲むことにしたのです。


そしてこの構成員が、ギルドの女頭領の執務室から出た直後、偶然にもお会いしたのが…


「あら…あなたは。」 「おや、へぇ~~~あんた、ここに住み込みだったのかい?」

「え?ええ―――まあ…」 「ふぅ~ん…ところでさぁ、あんた。」

「はい。」 「あの…シオンとかいうの、今いないのかい?」

「え? あ、あぁ、あの方ですね?あの方でしたらここの頭領の方のお使いで、今出ておりますが…」 「ふぅん、そうかい。 それで―――どこに?」

「そうですね…確か、東の方面とか。」 「そうかいありがと、分かったよ。」

「あの、あの方に何かご用件でも?」 「いや、ナニ。 いるかいないか気になってね…ちょいと尋ねてみただけ。(何せ、勘の鋭そうなヤツだったからねえ…) ところで、もうここには慣れたかい?」

「ええ、はい、お蔭さまで。」(にっこり) 「そう…だったらさぁ、『キリエ堂』ってとこ、知ってる?」

「はい? キリエ…堂?いえ。」 「あはは、まあさすがにそこまでは知っちゃあいなかったか…何しろここでも随分と外れにあるからね。 ゴメンね、邪魔して…それじゃあね。」


「あ…あっ。 あの方…結局、何がおっしゃりたかったのかしら?」


そう、今ではここギルドの女頭領が招いた食客という形に収まっている、あの姫君なのでした。

それにしてもこの構成員、姫君にお会いした折、さりげなく姫のお付きであり女頭領の片腕でもあるところのシオンの事を聞きだしたようですが…それには姫君、『頭領のお使いで出ている』としたようです。(ですが…この“東の方面”というのも―――)


そして今度は、この街に慣れたか―――と言う事と、これまたさりげなくキリエ堂のことを話しておいたようです。

そう――――姫君と構成員が交わしたのは、これだけ。

さして重要そうな会話がなされるわけでもなく、四方山話よもやまばなしで、終わったようです。

それであるがゆえに姫君もこの構成員の意図していることが分かるはずでもなく、彼女の背後姿うしろすがたを見送ったのです…


そして姫君、今は自分の居場所でもある女頭領の部屋へとその脚を向かわせたようです。 ですがその部屋に行くには、女頭領が業務を執り行っている部屋――執務室を通過しなければならず…すると、そこにはなんと。


「―――以上が、今回の取り分です。」 「む、そうか――――あい分かった下が…おや?」

「あ…っ、申し訳ございません。 お取り込み中だったとは気がつきませんで…出直して参ります。」

「(フフ―――)いや、待たれよ。」 「はい―――?」

「(う…ん?おや? この女性の胸元に光るモノは―――…?)――――は…ぁああっ!」

「あ――――あの、どうかなされたのです?」 「う―――うぅっ…。(ま、まさかこのひとが?!)」 「(フフ―――どうやら気付いたようじゃな。)いかが――――なされたか、鑑定士殿。」

「あっ――――あの…もしや、今このひとが身につけているロザリオって…」

「えっ? わたくしのこのロザリオが、どうかなさいまして?」

「(の?)それじゃあ…やっぱり―――」 「如何にも―――― このお方自身の持ち物と言う事じゃよ。」


そう―――数奇な運命はまたも流転を始め、此度は姫君と鑑定士をも結びつけたのです。

以前に自分の幼馴染がこの姫君からスッてしまったものを、言いがかりをつけ自分のものにし―――しかも、今度はそれを出しに女頭領を相手に、自分にだけ有利に取引が運ぶように事を進めんと話しを持ちかけたところ―――

彼女に強奪せしめられた―――…

いうなれば一つの装飾品をめぐって、今ここに三者がかいしてしまっているのです。(ですが姫君にはどういう事か起こっているのか、余り存じ上げていないようです。)


「それよりも―――このわたくしのロザリオが、どうかいたしたのですか?」

「い、いえっ―――その…ッ」

「フフフ…素直に申されたらいかがかな?鑑定士殿。」

「えぇっ?!」(ギクッ) 「(え…?)」

「そのロザリオが淋しげに道端に打ち捨て置かれておったところを自分が見つけ――――妾に処分を求めようとしたところを妾の強奪にうてしまったのだ――――と、な。」


「(え? ど…どうしてこの人、そんなウソを…)」


「ゴウ…ダツ?」 「うむ―――言ったはずなのですがなァ…妾の組織の一員が、偶然にも拾い、その造り込みに惚れた妾が、これを貰い受けた―――と、な。 まぁ…言葉の表現の仕方に多少の差異が生じてしまった事は否めぬ事ではありますが…そのロザリオの出所しゅっしょ由縁ゆえんを聞くに及び、なにやら得体の知れぬ重圧を感じた事には相違ない…つまるところ、妾にとっては災厄の何者でもなかった事なのですよ。」

「そう…だったの、ですか。(この方…どうしてそのような事を―――)」


「(た―――確かにあの時アタシは、この人のヒジ鉄を喰らってそのロザリオを奪われたのは事実―――でも、アタシだってそれを出しに、ここの専属の鑑定士に収まろうとしてたんだ…それを何も、そこだけを大げさに言わなくっても―――)」


この時女頭領は、なぜ姫君のロザリオがどうして彼女の手元に戻ってきたかの経緯を、なかばウソなかば真実を交えた上で改めて姫君に伝えたのです。

しかし―――その行為は、言ってしまうならば女頭領自身を『悪』におとしめてしまう事…それであるがゆえに、鑑定士も姫君も『なぜ?』と、思ってしまったのですが…両者共々、どうして彼女が斯様かような行為に走ってしまったのか――――の、疑問も定まらないままになってしまっていたようです。


        * * * * * * * * * *


「ところで――――姫君。 そなた何かご用件があってこちらに参られたのでは?」

「あぁ―――そうでした。 実は、どうもこの界隈で相手のモノを掠め取るという、不埒な者が横行している…と、ここの住民の方から聞き及びまして、その対策を――――と。」


「ナニ―――?! あっはははは――――」 (ププッ)「ぇえ?」

「あ…あら?い、いかがなされたというのです?」

「あぁいや、コレは失敬…成る程―――『スリ』…ですか。 いや、しかしこれは…」(ククク)

「あっ―――あの…これは決して笑い事などでは…」

「あのぉ~~~済みません…ここ、どういう処かご存じないんで?」 「え?」

「言いませんでしたかな…ここは、盗賊・野盗などのたぐいがうろうろしておる、文字通り『悪の巣窟』じゃとな。 つまるところ、スリも立派なここの街の住人なのですよ。」

「はァ…えっ?――――と、言う事は?」

「そっ、そう言う事…スルやつもスルやつだけど、スラれた方もそうとう間が抜けてたって事。 つまりあなたは、同じ穴のムジナ同士の化かしあいに立ち会っちゃったって事なのさ。」

「まぁっ―――そうだったのですか?でも…あの方、なんとも悔しいお顔をなさっていたから…」

「まぁそやつらを束ねる妾が申しても説得力などないのですが…その鳶に獲物を掠められた者、随分と大きな魚を横取りされたようだのぅ。」

「と、なると―――コレのことなんですかね?」

「うん?おぉお―――『ウズメのアンクレット』か。」

「はい―――ですが…こいつは真物とは言い難いんですよねぇ?」

「ほほぅ――まことにか?じゃが…よもやお主、真物であるのを贋物のソレであると偽りを申して、自分のところで高く売ろうとする所存ではないのか?」(ニヤニヤ)

「あっれぇ~~?いや、バレちゃいましたか? やっぱ、頭領には敵わないや―――」

「この不届き者めが、所望であるならもう一発きついのを見舞ってやっても構わぬのじゃぞ?」(ニヤリ)

「あぁ―――いえ、ソレはもうおなか一杯なんで、ご勘弁くださいませ。」(フフ―――)


「まあっ、この方達ったら―――…」(クス…)


そこにはなんとも不思議なやり取りが。 ヒジ鉄をお見舞いする―――だの、どうだのと言う事も物騒なものなのですが、それを両者笑いながら―――とは…とどのつまりは冗談半分に展開されていたものであるのには姫君にもお分かりになっており――――また、その光景を御覧になられてなんとも清々しい微笑を投げかけられていたと言う事のようです。


「だが―――まあ、よい。それはそちらで売り捌くがよい。」 「ぇえっ? でも―――それは、やっぱいいですよ。 先ほどのは冗談でこちらも言ったまでですし、それに買い取っておきながら売れ残ってるモノも随分と溜まっているんです。 まずはそっちのほうから始末しておかなきゃ…」

「なんと、そうであったか…。 では、いかがいたそう?―――ぉお! そうじゃ、コレは姫君に差し上げる事としよう。」

「えっ?わたくしに…ですか? いえ、結構でございます。 それにコレは何処からか取ってきたモノなのでしょう?そのようなモノを…わたくしは、やはり頂くワケには参りません。」

「(ふぅー--ん…)いや、それはちょいと違いますね。」

「えっ?」

「まぁー--確かにコレは、盗品の一つだけどその元をただせば『トレジャー・ハンティング』…つまりは“宝探し”を生業なりわいにしている者達の、いわば戦利品なんですよ、コレはね。」

「は…あ、でも先程は同業者にスラれたと…」

「(う、うぅ~~~ン)」

「まあ一つに云える事は、『トレジャー・ハンター』と『シーフ』の線引きじゃな。」

「そうですよね、古代の遺跡に眠るお宝を探し出す連中は『トレジャー・ハンター』だけど、『シーフ』ってのは形振なりふりかまわず“盗み”を働く連中の事だから…」

「そうなのです?」

「ええ―――それに、“トレジャー・ハント”のは学術的にも非常に高く評価されていることだし…ね。」

「じゃが―――そうは言うてもシーフまがいの事をしでかす輩も、中には居るというのも、また事実。 まあ…ひとえにどちらが悪い―――という尺で推し量れるものではないのですよ。」

「そうでしたか…ですがしかし、やはりわたくしはそれを受け取るわけには参りません。」

「然様―――ですか。」(ヤレヤレ…)


どうやらこのアクセサリーの行き先が困難を極めたようです。 それというのも、最初は鑑定士に―――そして次には姫君に―――めぐっていったようなのですが…そのいずれも受け取りを拒否したのです。(その各々おのおのの理由にしても、鑑定士は『売れ残りの商品がまだ随分とある』と言うし、また姫君にしても『他人様ひとさまのモノを…』と言う所が非常に大きかったと言えるようです。 ですがまあ…姫君の理由は、彼女がけがれなき者の証でもある証拠―――ではあるのですが…)


そしてついにはそのアクセサリー、最後はめぐめぐって――――


「(ふうむ…それにしてもいかがしたものであろう―――?)」

「あのー--それでしたら…頭領様がされたらいかがです? わたくし如きが思いますに、頭領様がなされた方がお似合いだと思うのですけれど?」

「はぁ? いや、しかし―――妾は…」

「ああ!成る程~!それはいい提案ですね。 いっやぁ~~それには気付かなかったなぁ~~。」

「こっ―――これ、ナオミ殿?」

「おッやぁ~~ッ?もしかして頭領、このお姫様のようにこれが盗品だから…っていう理由でご自分が取るのには気が引けちゃうんですかぁ~~~?」

「(むっ―――!っぐぐ…)わ―――分かった!これは妾が受け取ろう! それでよいのじゃろう?!」

「あの、どう言う事なのです?」

(ニヤニヤ)「いえねえー--この方、どういうわけだかあたし達で分捕ってくるモノには、真・鴈の区別をつける以外には、をつけないんですよ、それをしてや自分のモノに――――だ、なんて…ね。」

「まぁ…そうだったんですの?」

「これナオミ殿…全く、妾が逃げられぬように道を塞いでしまいよるとは―――全くもって気恥ずかしい事じゃわ。」

「へへっ―――どうも~♡」


なんとギルドの女頭領、盗品には一切手をつけず―――とは、また珍しい事もあったようで。 しかしそれは裏を返してしまえば、そういう贅沢品に窮していなかったことの現われでもあったのです。

事実――――頭領の部屋にあるという調度品の数々がそれを物語っており、特にそれらの中で目を引くのが、金字螺鈿の装飾を施した化粧台や―――樹齢数百年の古木であつらえさせたクローゼット―――さらには、金銀や宝石を散りばめさせたアクセサリー等は一体どうしたものか…それらの理由は実に簡潔明白―――これら一切の物品は、総て女頭領自身の持ち物だったのだから…それゆえにこうした贅沢品には困ってはいなかったのです。(ただしそれでも姫君のロザリオは事情が違っていたようで、一時的にでも女頭領が鑑定士から奪ったのは、そうした目の肥えた彼女でも魅了するがあったとも言えたのです。)


「それでは、わたくしの用件は済みましたのでこれで失礼させていただく事にします。」 「さてと…それじゃ、あたしも。」


「あっ、そうでしたわ?もう一件忘れていました。」

「(うん?)」 「どうしたって言うんです?」

「ひとつお尋ね致しますけど、この街に『キリエ堂』というお店があるのだそうですが…ご存知でいらっしゃいますでしょうか?」

「えっ?『キリエ堂』? キリエ…ああ、確かこの街の随分と外れにあるアクセサリー屋だね。」

「ああご存知でしたか。」

「えぇ―――まあ…あたしら同業の中でも変わってることで特に知られたところだからね。 何でもさ、そこの店主って一世紀―――100歳近いお婆さんが一人で切り盛りしてるって事だしね。」

「ふうむ―――その噂なら妾も聞いた事があるな…しかし、姫君がナゼにそのような店舗の事を―――またどこでお知りになられたのか、妾にしてみればそちらに興味があるな。」

「それは…・確かサヤと言われる方だったと思うのですけれど、頭領様の部屋に入る前にその方とお会いした折にお聞きいたしたのです。」

「なんと?!サヤ殿にございますか? しかし―――これは、またなんとも奇怪な…あのように若い娘が100歳近い者とどういった係わり合いが…」

「(ふぅん…)」

「あの、ところでそのお店で扱っているモノとは、なんなのでしょうか?」

「え?あぁー--確か…これくらいの大きさ手のひらサイズの、魚の鱗のような……そうだね、色は青緑色をしてて―――しかも形もいびつでさ、年頃の娘さんなら身につけたがらない代物らしいよ。」

「なんと?魚の鱗とな?(ふぅんむ…)しばし待たれよ―――」

「えっ?と、頭領?」

(ゴソゴソ)「おぉ―――あった、の事か?」

「(首飾り…)」

「ぁあ~ッ!これです、これ! し、しかし―――頭領がどうしてこんなモノを?」

「いや何、これはな、妾がここの頭領格に納まった時にその店の者から頂いたモノでなあ…しかし、その時に見えておったのは確か20歳前後の娘さんじゃったような…?」

「まあ…」

「ふぅ~~んそういえば、その若い女性―――だと思うんですけど…あのお店の近辺で目撃されているようですよね。」

「どなたなのでしょうか?」

「さぁ~~まあ年齢的に邪推するには、あのお婆さんのお孫さんか…どちらにしてもその辺りだね。」

「そうだったのですか―――…」


「あっ、そうそう、それとね? あのお店のもう一つの噂としては、そこの商品を身につけた者は絶対と言っていい程人外の者に襲われにくい…って聞いた事があるよ。」

「ほほぉう、ならば“魔除け”のまじないでも施されておるのかの?」

「さぁ~~でも、そういった噂話が絶えない―――っていうのも、あの店ならではでもありますよね。」


姫君、用を済まされたことでこの部屋を後にしよう…と、そうしようとした矢先にあの構成員の言葉を思い出し、この二人に聞いてみる事にしたのです。


それは―――『キリエ堂』の存在…


そしてそれはやはり、鑑定士や女頭領も知っていたようで、その店について回る奇妙な噂話や、売りに出している商品の事までこまやかに知りえたようです。


       * * * * * * * * * *


そうして―――数ヵ月ぶりにお店の関係者が戻ってきたとの風の噂を聞き、あらかじめ聞いておいた店の場所に向かってみたところ―――…


「ここ―――…の、ようですわね。 あら、『close』…まだお戻りになっていないのかしら。」


「あの…何か、うちのお店にご用なのですか?」

「(え…)あ、ああっ、これはどうも。 (…)まあなんて綺麗なお顔立ち…」

「えっ? (クスクス…)あなた、随分とお上手な事をおっしゃるのね。」

「えっ?い、いえそんなつもりで申したのでは…」

「よろしいですよ、あまりこちらも気にしていませんから。 でも、初対面でいきなりあの様な事を言われたものだから…」

「申し訳、ございません…。 ところで―――あの、この店の方なのです?」

「はい、ええそうですが、何か?」

「いえ…こちらのお店は、お婆さんが一人で切り盛りしていると聞きましたもので…」

「ああうちのお婆さんね。 もうかなりなお歳ですから…だから代わりに私がお店番をしているんです。 そうそう―――私の名前『キリエ』っていうの、ヨロシクね?」

「えっ?キリエ…って、ここのお店の名前と同じ―――」

「ああうちの親が面倒くさがり屋で、私を含める女子の名前も全員『キリエ』なの。 しかもあろうことか、お店の名前までにしちゃうなんて…」

「まあっ、そうだったのですか。 ところで―――今しがたまで『ciose』の札が出ていたようなのですけれど?」

「ああそのことなら…ここ数ヶ月間ある用件で私が出ていましたので…だから、お休みさせていただいていたのです。」

「そうだったのですか…申し訳ありません―――込み入った事を聞いたりしまして。」

「いいえ、構いませんよ。 私だって…ほら、若い人って余りここには来ない事だし、お蔭でいい話し相手になってもらえて…」

「そうでしたか―――では、お相子と言う事で。」(にっこり)

「はい――――。」(にこ)


このお店に来た時『ciose』の掛札があり、このお店がひょっとするとまだ休みなのでは―――と思ってしまった姫君、少し残念そうな面持ちでその場を後にしようとしたのですが…するとその時、姫君のすぐ後ろにいたのは歳の差は姫君とそう変わらない若い女性がいたのです。 そしてその余りに端正な顔立ちに、思わず漏れてしまった言葉…その言葉に苦笑しながらも、この若い娘は姫君をお店の中に誘い入れたようです。


ところで―――姫君が第一に疑問に思われたのは、このお店の主人はよわい100歳余りの老婆だということなのに…するとこの若い娘が言うのには、『自分はその年老いた店主の代理』だというのです。 しかもその若い娘―――名前が店の屋号と同じく『キリエ』だと言っていたようで、またその理由にしても覚えやすいから―――だというのですが…。(あまつさえ一族の女子全員の名前が一緒だとは…それでも姫君は納得したようです。)


それからというものは、若い店主代理に進められるままここの商品を手にとって見ている姫君が…


「いかがですか? こちらなどはとてもよくお似合いだと思いますけれど。」

「うぅー--ん、そうですわね…。」

「ああそのブローチは最近私がデザインしたものです。 最近の流行トレンドも取れ入れて自慢の一品となっておりますよ。」


「ふぅん……(えっ?)」


すると丁度この時、姫君が手に取って見ていたブローチが―――まるで何かに反応するかのように……


    不思議な……    虹色をした……    光を放ちだしたのです。


「あ……っ!?」(ビクッ!)


「(な――――なにっ?!)」


「あ…ああ!も、申し訳ございません! 大事な商品を…粗相をいたしまして―――」


「(は…ああ―――あ…ああ!)」(ヘタ)


いきなり―――七色に輝きだしたアクセサリーに驚かれ、ついそれを落としてしまった姫君。


ですが……


それを見るにつけ、一番に驚いていたのが―――かの若い店主代理だったのです。


でも、どうして―――?    それは……


「あ、あの…もし?」

(ハッ!)「ああ―――も、申し訳ございません!」

「(え…?)あの、どうされたというのです?」

「い…いえ、なんでも―――そ、それよりそちらを御所望でいらっしゃるのですね? そ、それでしたら…お、お代金はよろしいですから―――そ、それより、もう身につけてお帰りになりますか?それとも…何かにお包みいたしましょうか―――…」


「(…)いえ。 それよりどうされたというのです?しかも―――お代金はいいなどと…どうかされたの―――?」

「(え…)い、いえ―――とんでもない、あなた様のようなお方からお金を取るなどと…」


「(どうしたというの?この方…急に言葉遣いが余所余所よそよそしくなられて…)―――いいえ、その好意、わたくしは受けるわけには参りません。」

「(うっ―――!)ど、どうして…」

「それを―――その事を聞きたいのはこちらの方です。 確か、わたくし達は初対面であるはずなのに、それに…先程まではわたくしに対しても一般の方のように接していらっしゃったのに…なのに今のあなたのなされ様は、常連の上流階級の上客に対して接する時のよう…それも、急に。」

「う、うっ――――(で、でも…)」

「ですから、この品は謹んでお返しさせていただきます。 落としてしまったのはこちらの落ち度ではございましたが…。 それでは失礼いたします――――」


そう―――この若い店主代理、姫君がお持ちになり落としてしまったアクセサリーの反応に、驚きはしたのです。(ですが―――この娘の反応は、世間一般の我々の反応とはまるで違っていたようで…)

それよりも姫君が品物を落としてしまったというのにそれを咎める風でもなく、逆にお店側の方から謝ってしまい―――あまつさえタダでその商品をくれようとしたのです。

この若い店主代理の一連の反応に対し、多大なる不信感を抱いた姫君は丁寧にお断りをし、その商品を返すとそのお店を後にしたのです。


それから…この若い店主代理はがっくりと肩を落とし、誰もいなくなった店内でこう…ポツリとつぶやいたのには。


「私の―――…ああまで反応するなんて…。 間違いない、今のあのお方こそ私の友の言っていた、皇の生まれ変わり…」


そう…この若い店主代理が驚いた本当の理由とは、『自分の鱗』に反応してしまった姫君が、紛れもなく『皇の御魂』の所有者である―――と、分かってしまったから…(この若い店主代理が何者であるか…それは次話を参考の事)


それよりも―――


「それにしても…どうしょう。 要らざる事をしてしまってあのお方を怒らせてしまったわ。 何とかしなければ――――…」





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