第5話 清廉の騎士

さて、その一方で女頭領と姫君は…と、申しますと。

片やとらわれの虜囚―――片やその者を拉致・監禁している者…ではなく、不思議と仲良く語らい合っていた、というのです。


「(フフフ…)なるほど、然様でしたか、そのような事が……」

「ええ、そうなんですの……(おほほほ…)」


一見するとそこには上流階級のが展開されていたようですが、ここは盗賊達のたむろする処、そう甘くはなかったのです。


なぜなら…?


「失礼いたしやす―――!」

「キャッ?!」 「いかがした。」

「へいっ!お頭!準備が整いやしてごぜぇやす!」

「然様か、分かった。 下がってよいぞ。」

「へいっ!」


「あぁ…驚いた。」 「フフ、済みませぬな姫君。 ここにつどう者共はあの様に礼儀作法など知らぬ無頼のともがらなれど、皆侠義きょうぎあつい者ばかりじゃ、ここ一番で頼りになる者ばかりよ。」

「うふふ、あなた様がそう仰られるのでしたなら間違いございませんわね。」

「フ…かたじけのうございます。 さて…こうはしてはおれぬ、のぅ…姫君―――ちと、ご足労ではございますが、妾の野望に手を貸して戴きますぞ?」


「えっ?それ…って、どういう事―――」


「何か…勘違いされておられるようじゃが……姫君、あなた様は今―――囚われの身なのですよ。」

「え…と、囚われ……」

「然様…実は、さある処からあなた様を捜索するよう依頼がございましてなぁ…」

「も…もしかして…」(ワナワナ…)

「察しがよいようじゃのぅ。 然様―――『カ・ルマ』から…じゃよ。」


「な、なんっ…ですっ、て?! あ…あなた、わ、わたくしを…騙したのね?」

「騙した?これは人聞きの悪い事を。 あなた様が今までどのような解釈のなされ方をしていたかは存ぜぬが…、無暗に騒がられずにすんだ―――と、こういうワケよ。」(ニィ)


すると…



               ぱちんっ――――☆



「……。」


「この…恥知らず! わたくしに近付きやすいように羊の皮を被ってくるなんて!   ―――ああっ!」

「二度も頬を打たせるなど…妾は斯様なお人好しではございませぬゆえ…。  ―――これっ!たれかある!!」


「へいっ。」


「この女を檻車に繋いでおけいっ! 妾も、着替え次第すぐに追いつく―――出立せよ!」


今までの事を簡単に整理すると…この女頭領は姫君を懐柔すべく近付いた―――と、そう解釈されるのです。


ですが…しかし…


まさに深慮遠謀とは斯くの如きを申すのでしょうか。

それというのも女頭領、独り残された自室において……


「(フフ…流石に効きましたよ姫君。 いえ、今世こんよに於いての現人神あらひとがみよ。 しかし…今は何卒なにとぞのご辛抱を、すぐにでも救いの手は差し伸べられるでありましょうからな…。)」


        * * * * * * * * * *


そして数分後、身に練り絹のマントに白銀の鎧を着込み、白馬にまたがった一人の女騎士が…そう、これこそがかの女頭領の真の姿だったのです。

そしてどうやら姫君を繋いだ檻車の隊列に追いついた模様です。


「どうじゃ、大人しくしておるか。」 「ええ~~御覧の通りでさぁ。」

「そうか。 …いかがかな?姫君、少しは観念されたか?」


「…………。」


「フフフ―――どうやら姫君におかれてはご機嫌がよろしくないようじゃ。 アー---ッハッハッハハ!!」


一時ひとときと言えど信じていた―――そんな者から裏切られ今は手足を鎖に繋がれている…してや檻に入れられ周りには見張り兼護衛が数名いる。 もし、囚われの姫君を救い出そうとする為にこの隊列を襲おうとも、それを許すまいとする布陣の敷き方―――もうこれでは唯一頼りにしている者でさえも容易にはできない。 それによって早、姫君の命運はきわまれたるか―――


そして出遅れてしまったかのケチなスリは―――と、言うと…


「もう出ちまった後かい、ヤーレヤレ、こいつはのんびりとしちゃあおれん…(ぅん?) これは―――」


どうやらケチなスリ、机の上に書置きらしきものを見つけたようです。


「ふぅむ…どれ―――成る程、ヤツ等『ハンザ平原』で野営をしている…ってか。 成る程、あそこならヤツ等の領土からここまでそう遠くないし…忍び込むには今夜半辺りなら…問題はなさそうだな。」


どうやらかねての計画通り、虜囚と成り果てた姫君の奪還が、今―――始まろうとしているようです。


          * * * * * * * * * *


そして…それはでも。

カ・ルマの騎士団が野営をしているハンザ平原にて―――女頭領を筆頭とするギルドの者達が騎士団の団長に面会を求めているようです。


「ほう―――貴殿か、して何用かな?」 「いや、何用とは言いがたいが…先日なされておった件よ、アレをあのまま物別れに終わらせたのであってはこちらとしてもいささか寝覚めが悪いでな。 そこで今一度仕切り直しを…と、こういうワケじゃよ。」

「(ふうむ…)だが、しかし―――その方らの後ろ盾をしない…というのは、本国でも決定事項なのだ。 ワシ一人の依存でどうにでもなる…と、言うものではない。」

「そのくらいの事は分かっておる。 じゃがなぁ…現にこうして今、そちらが欲しておるモノを…こちらが抑えておるのじゃがなぁ…。」

「ナニ?!それは本当か?!」 「まあ、ウソと思えるならとくと首実験なり御覧なられるがよろしかろう…。」


相も変わらずの尊大な態度、それも自分達が所属している国家が強大だからこそ振舞えるのですが、女頭領はそんな彼らにでも下手に出ていた…1つの国家と1つの組織、一体どちらが強気に出られるものかよく知った上で出来たものだったのです。 それに…女頭領はの事をよく心得てもいました。 常に強い者の顔色を窺い、自分達の利にならなければ且つての主さえも容易に裏切れる者―――他人の手柄を自分のモノに、或いは過失を過少にし小さき手柄を過大にさえずる『宮廷雀』を相手にしていたからこそ―――荒くれ共がたむろするギルドさえも牛耳る事が出来ていた…だからこそ―――姫君が繋がれている檻車に案内をしたとしても…


「(ほ…)おおお!まさにそうよ! まさにこの者がテ・ラの生き残りよ!フフフ…ククク―――これで、命運も尽きたるものよ…なぁ?」

「ひ、控えよ! この…罪も莫き人々を数も数え切れないくらい殺めてきた大罪人が!」

「ふふ…今の立場がどうであれ、なんとも気の強い事よ。 ワシは、そのような女子おなご…嫌いではなぁい。」(にまぁ)

「け、汚らわしい! あなたもそうよ、このわたくしを油断させるために、わざと…!」


「……。」


「そなた等には、今に天罰が下る事でしょう…わたくしは、それを見れぬのが口惜しゅうございますが…。」


「いかがですかな?本物である事には相違ないとは思うが…。」

「うん?!うむ…確かに、そのようだな。」

「では、あちらの天幕にて取り引き話の再開じゃ。」


「(嗚呼、終わった…今度こそ、確実に。 ご免なさい、お父様、お母様―――ガムラ、マサラ…皆!わたくしは、あなた方の願いどころか仇の一人も討てないまま…このまま生涯を果てる事になってしまうでしょう…どうかお赦し下さい!)」


姫君、今度こそ観念されたのか、ただ項垂うなだれたまま落涙するのみ―――だったようです。

ですが…


「(でも…先程、わたくしを見つめていたあの頭領の方の眼差しは何だというの? まるで―――『まだ希望を棄ててはいけない』…と言う風に感じたのだけれど…)ま、まさか!?」


そう姫君は先程、女頭領を睨みつけた時、その時の彼の者に垣間見たモノとは『してやったり』と言うような目つきではなく…何か、こう、とてつもないはかりごとを内に秘めた者の眼―――のように見えたのです。



その一方女頭領は…と言うと、団長の天幕であの時の交渉の再開をしていたのです。


「ふぅぅむ…困ったものよのぅ。 そうは言っても上の者からは、『とにかく断りを入れるように』と、固く釘を刺されておる事だしなぁ…」

「まぁそうかたい事を言わずとも、どうじゃもう一献。」

「おぉ、これはかたじけない…。 ふぅむ、だがまぁ…狙い通り、あの厄介者が捕まえられてこちらも一安心―――と、言うところよ。」

「あの女が―――厄介者?」

「オオよ、何でもうちの神官共の言うには、『皇の御魂』とかいうのをその身に内包しているらしいからな。」

「ほほぅ―――と、いうことは…」

「まあ、本当はあの者だけでもよかったんだがな、日頃の欝憤晴らしのためにあの国に住んでいた者を皆殺しにした…ってワケよ。」

「成る程、では胸の内も晴れ晴れした―――と、言う事よ。」

「ところが、蓋を開けてみりゃあ、肝心要の者がいねぇ…そう言う事で、こんな辺境にまで来て探さにゃならん…と、全く骨の折れる話しよ。」

「そうか…それは、お気の毒にのぅ。 (そう言う事であったか―――!姫君よ、さぞやご無念であった事じゃろう…) じゃが、しかし―――こちらとしても大変に骨の折れる事であった事には相違ない。」

「ふぅむ…なれば、ワシからも一言口添えをしてやらん事もないが…どうだ?今宵一晩、ワシとねやを供にせんか?」

「それだけはご免被りたい。 おっと―――どうやらここの空気が悪くなったようじゃな、外に出て清々しい空気でも取り入れてこよう、ではご免…。」


「ケッ!なんでぇ、お高く留まりゃあがって…」 「これ、よさんか…」


猛者5人を囲んでの直談判、しかも少しも臆することなく一歩も引けを取らなかったとは―――まさに彼女の面目も躍如したようです。


そしてこの時仕入れた重要な情報…それは、紛う事なきあの姫君が『皇の御魂』の所有者である―――と言う事と、姫君の国テ・ラの滅亡の経緯だったのです。(それには女頭領も同情の念に堪えなかったようです。)


        * * * * * * * * * *


そして女頭領がこの天幕を出た後で…


「おや?あんた…頭領じゃあないか?」 「うん?そういうお主はサヤ殿ではないか。 いかがいたしたのだ、このような処で。」

「ナァに、ちょいとした日銭稼ぎさ。 最近じゃこっち盗賊稼業だけで喰っていくにはさすがに心許こころもとなくてねぇ。」 「ほおぅ…ならば、どうじゃ?一つ妾の頼みも聞いてはくれぬか?」

「ああ、こっちの用は済んだから構わないよ。 で、なんだい?」 「うむ…実はの、今からここの全警備を『無力化』してもらいたいのじゃが…できるか?ナニ、報酬はあとでたんと弾ませてもらうぞ。」

「はあ?ここの警備を? まあ…そいつはできない話じゃあないが―――ワケをいいな。」 「うむ、実はの…」


なんと、ここで偶然にも出会ったのはギルドの一員でもあるサヤなのでした。

でも、どうしてギルド側の彼女がカ・ルマの陣内に? それは彼女の言う通り、彼女のような下っ端連中はギルドの仕事だけでは生活が追いつかず、代わりとしてこういった副業をこなしていた…と、言う事なのです。

そして女頭領、ここの連中に一泡吹かせるためにサヤに協力の要請を願い出たようです。 その条件として、理由を打ち明けたところ…


「ひゃー--なるっほどねぇ~~あたし達のように悪どい事して稼ぐヤツはいねぇ――と思いきや…トんだ大悪党だった――ってワケか。 よっしゃ、それなら任せときな、こんなヤツ等なんざチョロいもんだよ。」


「うむ、よろしく頼むぞ。(さて…これでお膳立ては整った―――後は彼の者を待つばかりじゃが…ひょっとすると夜陰に乗じてくるつもり…なのかな?)」


        * * * * * * * * * *


そして――――夜。 天空には煌々たる満月が出ているのではありますが、どうも今宵は機嫌が悪いらしく、今は厚い雲に覆われているようです。

それ故か、月明かりは望めず陣中には篝火かがりびが炊かれている模様です。(それでも、互いの顔と顔を確認しあうぐらいの輝度しかなかったようです。)


そして…この闇に紛れて、動く影が…それは、なんと―――――


「(フフン…どうやら、上手い具合にお月さん雲に隠れてくれたようだねぇ。 これも『皇』のお導きかね?)」


どうやら、かの盗賊―――『スタラ・バスター』のようです。


「(見張りは…二人か、警備の者がちょいと少ないのは気にはなるが…ま、よござんしょ。)フ…悪いねぇ、ちょっくら寝といておくんなさいよ―――あった、これだな…よし!」


この時、彼はわざと物音を立て、二人の見張りの注意を引き、檻車より離れさせる事に成功したのです。 そして―――この二人が物音のした処に来てみればボロ布があるだけ、怪しい者、してや猫の仔一匹と居らず…ですが、不意に背後に人の気配を感じたので振り向いてみたところ、そこにはまるで天を突くような大男が…!

そしてこの二名は悲鳴を上げる事もなく、沈黙させられてしまったのです。

それからその大男は、檻車の鍵を見つけるとすぐにそちらに赴いたのです。 先程まで、その身にまとっていたボロ布をまとい直して…。


そして、姫君の繋がれている檻車に来てみると、そこには―――月のある方向に手を合わせ、一心不乱に何かを念じている姫君の姿が…その姿を見たかの盗賊は―――…


「(ね、姉ちゃん? ジ、ジィルガ―――姉ちゃん?)」


そう…そこにはかつて、己の身を犠牲にし自分をたすけてくれた、今の世代より前の『皇の御魂』の持ち主であり、地元では聖女としても名の徹っていた自分の義姉あね―――ジィルガ=式部=シノーラ…その彼女の姿と、今の姫君の姿とを重ね合わさっていたのです…。


「…そこに居られるお方、どなたかは存じ上げませんが、わたくしのくびを断ちにこられた方なのでしょう。 わたくしの…わたくしの覚悟のほうはすでに出来ております。 早くなされて下さい。」


「へへっ、どうも。 すいませんねぇ、姫君の命、断ちに来た人間でなくて。」


「(えぇ?)あ…あなたは!ス、ステラさん? あ…ああっ!や、やはり、あなたは私を助けるために来て下さったのですね?」

「その通りで。 ささ、こっから出ますぜ。」 「はいっ。」


自分が繋がれている檻車に人の気配を感じた―――もう、自分に残されている命脈は無いものと思い、一縷の望みをかけて念じ上げていたのを中断すると、姫君は自分のくびを断ちに来た処刑人に促せるようにしたのです。

けれど…思ってもみなかったような声が聞こえてきた―――いや、本当は助けに来るものと思ってもいた…けれど、やはり思っていた通りになったものだと感じた時、安堵はしたものだったのです。


そして手慣れた手つきで檻の錠前を外し、姫君の手足にせられていた枷も外し…そう、今まさに脱出劇が繰り広げられようとしているのです。


でも、そうするとカ・ルマの陣営では…?


「フフ、静かなもんだな。」 「ああ、逆に気味が悪いくらいだ。」

「ちょっと用を足しに行ってくるわ。」 「待ってくれ、それならオレもついでに…」


「それにしても…今、警備の者はどうしてやがんだ?」 「ふぅむ、お前も感じたか―――ちょっと少ない気もしないではないが…ん?なんだ、あれは…」

「(足??)うおっ!こ、こいつは…」 「こ、これは? おい!どうした!!何があったんだ!」


「ふぁ…ふが…」(むにゅ…)


「こんの…バカが!眠りこけてやがッて……(ハッッ!) そ、そういやァ、あいつのところは!?」 「気になるな…よし、行ってみよう。」


2人の騎士が用を足すために陣幕から出たところ、妙に陣営が静かすぎることに気が付いたのです。 しかも今はお尋ね者を確保している―――そこで気になった2人の騎士はこの陣営を警備している者達がどうなっているのかを調べようとしていたところ…草むらから出ている―――足?!しかもおまけに寝惚けているとくれば、檻車の方が気にならないわけがないのです。


そしてこの2人の騎士が姫君の繋がれていた檻車に向かったのですが…時、すでに遅し―――


「あっ!し、しまった!」 「やられたか…」

「おい!あんたはこの事をジジイに伝えとけ! オレは、一足先に逃げたヤツ等に追いつき、あの女を逃がしたヤツの馘と、あの女を連れ戻してくる!」

「うむ、我々も用意が出来次第後を追う。」

「ヘ…ッ、心配すんなってよぅ! どうせ身の程知らずのやるこった、このオレだけで、十分手が余る…ってなモンだぜ。」(ニャ)


姫君、逃げ出すの報は瞬く間に彼等の知りうるところとなり、中でも一番若く血の気の多い者に目をつけられた模様です。

そしてもう一人の騎士が団長の下に報告に上がる際に、そこで出会ったのはなんと…


「うん?なんだ、貴様…」 「うん?妾か…妾はもう用件がすんだのでな、ずらからさせてもらう算段よ。 ところで…そなた、なにやら顔色が優れぬようじゃが、何かあったのかな?」

「(ふんっ!)な、なんでもない!」 「ふふ…そうか、よもや―――籠の中の小禽が逃げおおせたか…と、思ったのじゃがなあ?」

「なにいっ?!」 「おお―――っと、これは失礼。 戯れ言が過ぎたようですかな、では、これにて失礼。」


「ち…っ、不愉快な…。」 「どうした。」

「ああ―――これは…ちょいと、お耳を……(ボソ)」 「…ナニ?!あの女が逃げ出した?」

「はい…しかも見張りの者も―――あれは相当の腕でなければ……」 「むむぅ―――近頃は訳の分からん輩がおる、我等もすぐに追跡隊を組織…いや、待てよ。 …助けた者は、あの女が何者であるか―――知ってやったのか?」

「さ…さあー--そこまでは…」

「(ふむ)に、しても少々気がかりだ、ワシ自ら出よう。」


『皇の御魂』を持つ者―――逃走す、の報ににわかに殺気立つカ・ルマ陣営。

そしてその現時点での最高責任者である団長自らが、逃走の幇助ほうじょをした者の真意を知るために立つようです。


         * * * * * * * * *  *


その一方で、女頭領の率いるギルドの面々は?


かしらァ、ヤツ等どうしたんスかねェ?」 「フ…まあ、妾達には関係のない事よ、厄介事に巻き込まれぬ内に早々にずらかるといたそう。」


どうやらこの機に乗じて退散する方針のようです。  と、ところが―――…


「おお!妾としたことが…大切なモノを忘れておったわ。 妾はそれを取りに戻る故に、お主等は一足先にギルドへ戻っておれ…よいな。」


なんと女首領、忘れ物を取りに戻るようです。


ところで…肝心の、あの二人は―――と、いうと。


「あの…少し、質問してよろしいですか?」 「…なんだね?」

「逃げるのでしたら…もう少しばかり歩くのを早めた方がよろしいのではないか…と。」 「まあ、ワシとあんたさんの、その足だ…いくら急いだところで、あいつ等の足に敵うはずもない。」

「そ、それでは、またみすみす捕らわれの身になれ…と?」 「そこまでの事は言っちゃあいないよ。 だがね、これから起こる事の為に体力を温存しときたいんでねえ。」

「まぁ…」


折角逃げ出したとしても、あまり急ぐことをせず、敢えてゆっくりと歩きながら…の、ようです。


ですが―――それでは…


そう、それでは戦場を駆ける兵の足には、すぐに追いつかれてしまうのです。

その証拠に、一番にあの陣を飛び出した若い騎士が…


「おい…待てや、このヤローが。 なんだと?これから起こる事の為に体力の温存?ナメた事をぬかしゃあがって。」

「おお…っと、こいつはまずいねぇ。 もう追いつかれやしたかい。」

「てめぇ―――いい度胸してんじゃあねぇか。 このオレ達の手からその女を奪還しようなんてよぉぉ…気に入ったぜ!ナマスにしてやろうじゃあねぇか!!」


「ああ…っ、も、もうお止め―――(えっ?)」


「へッヘヘへ…町で見かけたときにゃあ、あんましいい女だったモンでしてね? まあ…ホンの出来心なんでさぁー--許しておくんなさいよ。」 「いいやダメだね、お前みてぇなヤツは一度甘い汁を吸わせると、どこまでも付け込んできやがる。」

「ほぉ…じゃ、どうしなさいますんで?」 「決まってんだろうがあ―――! 即断即殺よぉぉ!」

「フフ…いやァ~怖い、怖いねぇ~~どうしても血を見たくて仕様のない…ってとこのようだ。 ところで…他の皆さん方はまだ来ていらっさらないようなんですがあ?」 「っっ――――たりめぇー--よォ!てめぇ如き、このオレで十分だ!覚悟しやァがれ!」

「そうかい…だったら帰んな、あんたじゃ役不足だ。」


「(ええ?こ…この人の声―――今と、先程とは全然違う?)」


「な、なんだとォ?!ち、調子に乗るんじゃあねえ!  死ねやあっ!」


目の前の…姫君の背より低い、この小男にバカにされ、若き騎士は相当に腹が立ったのでしょう、手持ちの剣を振り下ろしたのですが…この、小男の盗賊は身をかわすついでにまとっていたボロを相手に投げつけ、相手と、姫君の視界を、一瞬奪ったのです。


そして――――次の瞬間、この若き騎士と、姫君は…明らかに、今までとは違う光景を目の当たりにしていたのです。


なぜなら…


「く…っ!―――ンな、あ…ああ?! お…お前ェ―――」

「(ええ?)ス…ステラ―――さん?」


そう…なぜならそこには、この若い騎士の身長(189cm)を遥かに上回る、210cmくらいはあろうかと思われる―――棗色の肌をした大男がすでにしていたからなのです。


「だから、手前てめぇじゃあ役不足―――つったんだよ。」 「な…っ!お、おのれえぇ!何を言いやがるかあぁ!」

「ふん…へったクソだねぇ。 こんなトロイ剣じゃあハエでも殺せやしねぇぜ。」 「ぅるせえ!喰らえぇ!」

「おお…っと、自棄やけはいけねぇぜ、騎士さんよぉ。 ほぅら!」 「ぐぅあ…かあっ! ク…っ、クソお…っ!」


「(す…すごい! 流れるような足捌きから、転じての素早い反撃―――この方、本当は何者なの?)」


「へ…ッ!中々…やるじゃあねぇか……(ぺっ!) こっちも、お前が丸腰だったモンでつい油断していたぜ。」

「ほほー--う、丸腰…ねえ、そう解釈すんのはそっちの勝手だが…なんなら、見せてやろうか、このワシの得物を。」


体躯が大きな割には素早い動き―――確かに相手は甲冑を着込んでいるというものの剣を装備している…けれどこちらの大男は武器らしきものは持っていない、だからこそ一撃を受けたら致命傷になりかねないのです。

けれど実は、この大男は何かしらの武器を既に帯びていたというのです。 そしておもむろに、この大男が腰に差していた『剣の柄』を取り出したのです。


「な…なんだそいつは―――つ、柄…だけだと? てめぇ―――ナメきるのも、大概にしとかないと…」

「フ…我が剣は、常に我と共にあり―――例え刃がなくとも己自身の力で創り出す…それがこの剣のあり方なのさ。 まあ…凡人止まりのお前さんには、難しいこったろがねぇ…。」


「(ええっ?!も、もしかして…あの剣は・・・!!)」


「う…な、ナニ?」


その大男が、気合いもろともその柄に気を込めると、その柄の両端からは光の刃が―――そう、その剣こそが…


「(や、やはり!あの剣こそ伝説の剣『緋刀貮蓮ひとうにれん』! その正しき心無くば扱うる事の出来ないとされる、あの光の聖剣が…! で…ではあの方が―――)」


勝負は、一瞬にして、ついた―――所詮この世に斬れぬものさえない…と言わしめた伝説の名刀を前に、目の前の者はただの鉄と肉の塊と化していたのです。


         * * * * * * * * * *


「あ、あの…もしやあなた様は、この大陸に伝わるところの『清廉の騎士』なのでは?」

「間違っちゃあいけませんぜ、姫さん…。  ワシは、単なる一介のコソ泥だ…こいつも道端でくたばってたヤツのをちょいとばかし失敬しただけなんでね。」

「いえ、でもその緋刀貮蓮ひとうにれんは正しき心の持ち主にしかその刀身をあらわさぬ代物と…」


目の前の一難が去った後で姫君はこの者に問いかけたのです。

それは…この者が曲がった世を正しき方向に導く『清廉の騎士』その人ではないか…と。(でも、疑われた本人は激しく否定をしたようです…が?)

けれどここでこの男、背後に騎馬の音を確認したようで、姫君も慌ててその方向を見てみると…そこには約十名もの兵を連れた―――あの騎士団の団長がいたのです。


「あぁ…っ!こ、これは―――キ、キサマがやったのか!?」

「だと、したなら?」

「ゆ、許せん!」 「まあ、待て…」 「しっ、しかし!団長!」

「よく、斬られたヤツを見てみろ。」 「え…?」

「この、鋼の鎧ごと一刀の下に断ち割っておる。 余程の腕と業物ではないと、こうはいかん…で、見たところお主しかおらんようだが…相違ないな?」

「ああ、そうだよ――――と、言ったら、どうするね?」


「ならば…もう一つ聞こう、そこの女を連れ出したのも、お前か――――」

「(フ…)そこはウソを吐いても始まらんからね…ああ、そうだ、そいつは認めよう。」

「そうか…なら、このワシと戦うには十分すぎる理由だな。」

「そう…来なさるかね…。」

「キサマの名を、一応、聞いておこうか。」

「聞いてどうする、地獄の閻魔の土産話にでもするのかね。」

「おのれえい!そこまで嬲るか!」


騎士団団長を始めとするカ・ルマ騎士団数十名がこの現場に駆け付けた時には、団員の一人が見るも無残な姿で転がっていたのでした。

だからこそ事の経緯を知るために詰問をしたところ―――この大男はあまり気にはしていないものか、のらりくらりとかわす始末、その事に一部の者が声を荒げると騎士団団長が代わって大男をただし始めたのです。 するとそれでも一部の容疑に対しては認めたものの、あまつさえ相手を煽るかのような物言いに―――終ぞ団長も堪え切れずに二十合、三十合と、打ち合っていったのです。


けれど力の差は歴然、一方の者は鎧の中まで汗だくになり、顔面には滝のような汗が―――しかも、息切れまで起こしていたのです。 でも、もう一方の者は…と、言うと、汗どころか息一つ乱さず、しかもまだ打ち合う毎にその膂力を増していっているのです。

ですが戦況というものは、ほんの少しの事から変わっていくものなのです。


「どうかね、もう参ったして本国に逃げ帰ったほうがいいんじゃないのかい?」

(ふぅ―――ふうぅ―――)「(く…っ!ナ、ナメた態度を!…こうなればアレを使うしか、ないな…)ぬか―――せいっ!」

「(ぅん?!)こ…っ、これは『透翼刃』!」

「ふふ…そうよ、石英で作られたそれを一瞬のうちに見切り、叩き落したのは大したモノ…だがな、ワシは一度に三つ飛ばしたのだぞ!」

「(な…っ!ひ、一つ足りない!? ハッッ!)危ない!姫君!」


「え?!」


騎士団団長が最後の一手として放った、薄く鋭い飛刀『透翼刃』。

しかしこれは、実は彼の者を狙っていたのではなく、もう一人の…そう、あの姫君を狙っていたのです。

しかしこの大男は、目にも留まらぬ迅さで姫君の背後に回り込むと、身を挺してお護りしたのです。


「むぐ…う。」 「ぇ…ええ?ス、ステラ…さん?(い、いや…またわたくしのために、人が…)」

「ふふ…こ、このワシを心配してくれていなさるんで?そ、そいつは、ありがてぇこって。 だがねぇ、勘違いしてもらっちゃあ、困りますぜ…こんな小細工如きで、ワシを倒そうなんざなあ…」


姫君をお護りするために背中に深く喰い込んだ透翼刃。 しかし彼の者は、それを盛り上がる筋肉だけで取り除いてしまったのです。


「(うっ―――!)くく…こ、この化け物め!」

「ワシとのサシの勝負に、関係のないお人を巻き込もうたぁ…虫が好すぎたねぇ、あんた―――終わりだよ。」

「ぅ…う、おのれえぇ――――い!」 「そぉぉぉうりゃぁあああ!」


「ああ―――!だ、団長―――!」 「う…お、おのれ、覚えておれ! 退けぇ―――!退けえぇ――――!」


騎士団を纏める者を失った者達は、潰走―――――そう、つまりたった一人の男に敗れ去ったのです。


―――そして…


「あ、あの―――大丈夫なのです?」 「ん?ああ、何の大した事はない。 それよりあんたさんはこれからやる事がありなさる…こんなヤセ犬なんかに付き纏っているどころの話じゃあないんだよ…。」

「え?な、何の事です? やる事?」 「今分からなくともいずれ分かる事さね。 それに―――あんたさんを掻っ攫うには、ワシの器では小さすぎる。」

「で、では、このわたくしが付いて行きます!」 「ダメだ! そいつは一番やっちゃあいけない事だ。 どうやらワシは一度あんたさんの前から消えたほうが良さそうだ。」

「あ…ああ……お、置いて行かないで―――待って下さい!」

「来るな! 来ちゃあいけない…。 あんたさんは、今自由になったんだ…どこへでも羽搏はばたいてお行きなさい。 そして―――屈託のない笑顔を…世の人々に見せておあげなさい―――それじゃあね…」


こうして、彼の者は、闇の中に消えていった…と、云う事なのです。


        * * * * * * * * * *


それから、暫らく経って―――彼方より騎馬の音が…


「ハいっ!どぅ―――どう―――!」 「あ…あなたは!」

「やぁ―――ご無事でしたか。 ――――に、しても、なんとも盗みの手際のよさよ…まんまとしてやられたわ。」

「いいえ、あの方は何も盗らなかった…。 それどころか、その身を挺してこのわたくしの身をお護りして下さったのです。」

「いいえ―――あやつはとんでもないモノを盗みおった。 それは―――姫君、あなた様の心です。」

「(あ…)は、はいっ。」(ニコ)


〔その、馬上の人とは―――先程、忘れ物があるから…と言って、他のギルドの連中と離れた女頭領だったのです。

そして、その女頭領の言う事には、かの盗賊は『姫君の心を奪い去った』とは…しかし姫君もそれを否定することなく―――とは、稀に見る美談だったようです。





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