第3話 『ギルド』と頭領

さて、その一方で……姫君のロザリオを鑑定し、かの盗賊の手より引き上げたあの鑑定士は…?


うらぶれた路地にある―――それが例え昼間であったとしても、あるか、そうでないかさえも定かではない…そう言った処にある一つの建物の前に来ていたのです。


「(ふ・ぅ…いつきても、相変わらず気味の悪い建物だねぇ。)入るよ。」

「オッ、誰かと思やぁ両替商のナオミじゃあねぇか、どうかしたんかい?」

「ああ、ちょっとな。 それより悪いんだけど、今ここに頭領いるかい?」 「ああ~いるけどよぅ、今んとこすこぶる機嫌、悪そうだぜぇ?」

「(ぅん?)何かあったのかい?」 「あったのかどころの話しじゃねぇ~よ。 何でもここんところ、盗ってくるモノと言やあクズ・ガラクタ以下だし、おまけに以前から言ってた…ここの独立採算制ってヤツ?その後ろ盾に『カ・ルマ』と手を組もうとしたんだが、それが条件付でねぇ…」

「ここの?(独立化か?) で、どんな条件なんだい。」 「ほれ、お前ェも知ってんだろ?この4・5日か一週間前、ヤツらの手によって滅ぼされた国の事。」

「ああ、確か『テ・ラ』だったよな…。」 「おぉよ…その国の、最後の生き残りの引き渡し―――そいつが条件なのさ。」

「(ふぅん、なる…ほど、ねぇ…)じゃ、あたしがこれから頭領に会う…ってな事も、あながち損にゃならんて事だ。」 「あぁん?そら一体どう言う事だあ?」

「へへっ、そりゃアレだよ。 あんたなんかにゃ関係ないってね―――それより、至急取り次いでくれよ。」 「(ん…なっ! チッ)わー--かったよ。」


なんと、ここの…今度新しくなった頭領は恐ろしく頭も切れるようで。

今までのどの頭領もここの維持存続の為に他の“列強”に貢物としてブン捕ってきたモノを上納していたものを…ここ数年で“列強”の一つにまでのし上がった、新興の『カ・ルマ』と手を結ぶことで大きな後ろ盾を得、そして今までに誰にもなしえる事の出来なかったここの『独立化』を視野に置いていたというのです。


でも…旨い話はそうそうないもので。


ここのところ手下の盗ってくるモノといえば、愚にもつかないようなクズ・ガラクタとしか言い様のないものばかり…この街にはナオミのような優れた鑑定士達がいるというのに、彼らに回すことなく頭領自身がて判断しているようなのです。 しかも恐るべきことには、彼の者の鑑定眼は十中八・九外れたことはなかったようなのです。

それに、カ・ルマからは、無理難題とも言える―――『テ・ラ国の生き残りを見つけ次第、こちらに引き渡せ』とは…頭領の機嫌を損ねるには事欠かなかった、ということのようです。


けれど鑑定士は、とある秘策を胸にギルドの頭領の前に……


「なんじゃ…今非常に機嫌の悪い妾に、用がある者とはそなたの事か。」

「ハ…ッ、お目通りが叶いましてありがたく存じ上げます。(この声…女?)」

「して、用件は…」 「はっ、実は…(は…はあぁ―――っ!)」


会話をするに際しても、至極丁寧な物言い、そしてややトーンが低いとはいえ、澄み切ったその声は、『ひょっとして女性?』と思ってしまった鑑定士。 そして用件を述べるのに際し、平伏していた頭を上げた瞬間、彼女の目にしたもの…とは。


亜麻色の長い髪を後ろで一つに束ね―――左右違う色の瞳、右は『エメラルド・グリーン』に、左は『ピジョン・ブラッド』―――そして、椅子に座っているとしてもその者の長身が分かる程の体躯の持ち主。 豊満な胸元に、しなやかな肢体。

そのどれをとってもここには明らかに不釣合いの美、それが今の…このギルドの頭領だったのです。


「(頭領;女性;23歳;出身、経歴一切不明ではあるものの、その美貌は確かなもの…のようではあるが??) なんじゃ、用があるなら早よういたせ。 妾は今非常に機嫌が悪い!」

「ハ…ッ、い、いえ―――あ、あなた様の美しさに、思わず見れてつい…」

「(ぅん?)フ…ッ、ハーッハッハッハ!これは異な事を申し立てる者もおったものよ。 この妾に言い寄ってくる数多あまたの男共は、妾の目に止まらんが為によくそのような事を申しておったが…女子おなごのお主にまでそのような事を申されたのではいささか返答にも困るものよ。」

「あ…っ、こ、これは申し訳ありません―――」 「うむ、まあ好い…それより何用か。」

「はい、実は頭領に見て頂きたいモノがございまして…」


『紅一点』、『掃き溜めに鶴』とはまさにこの事か…とは言えいくら同性であるナオミですら息を呑まざるを得なかった“美”―――しかもちまたでは嗜好の書き物もあるくらいですから、頭領も皮肉を言わざるを得なかったようです。

しかしナオミにはある目的があった為、同業者泣かせで知られる頭領に吹っ掛けるために披露して見せたのです―――そして、この時鑑定士が見せたモノ…とは、あの姫君のロザリオだったのです。


         * * * * * * * * * *


「ほほぅ…これはまた見事なロザリオではないか、これをどこで…?」 「はい、実は自分の知り合いから譲られたものでして…いかがなものでしょうか?」

「ふぅム、これは中々の仕事のものよのぅ、妾は気に入っ…(うん?)…なんじゃ、これは。」 

(ニ…)「お気付き…ましたか。」

「気付かぬもなにも、このロザリオの中心部にめられておった装飾はいかがしたのじゃ!それがなければガラクタも同然ではないか!おのれ…うぬも!」

「お怒りはごもっとも!ですが、今回こちらの用件とは実はそのロザリオではないのです。」

「(うん?)なん…じゃと?」

「いいえ…正しく言うなら、そのロザリオの中心部にめられてあったもの―――それこそが、これからの本題。 そしてこちらが提示する取引にてございます。」

「ほぉう成る程、つまりはタダでは転ばぬ…というわけか。 で?そのモノと、そちらの取引の内容…とは?」 「それより、こちらの提示する取引に応じてくれる確証は?」

「ふぅム…まあそのあるモノ―――と、そちらの取引の内容次第じゃのぅ。」 「それでしたら…実は、自分はここの専属の鑑定士になりたいのです。」

「ほほう、まず始めにそなたの取引の内容からか…で?『専属』とはそなた、妾の鑑定眼には…」

「いえ、ケチをつけるなど滅相も…そのあなた様の正しき眼には、我ら一同舌を巻いている次第で…中には、店を畳む者までいる始末でございますよ。 …ですが―――」

「(フフフ、成る程のぅ…)うん?」 「ですが、自分が今までに調べたところ、あなた様が廃棄しておられたのはクズ・ガラクタと呼べるものばかり。」

「フン、その事か。 いかにも、妾は贋物には興はない、故に捨て置いたまでの事よ。」

「そうですか……」 「うん?なんじゃ、それは…(香炉?)」

「これは先日、ここの廃棄処分場にて捨てられていたのを偶然にも自分が見つけ、拾い出したもので―――『ダリルの香炉』と、言うモノでございます。」

「(フン…)その贋物であろうが。」 「果たして、そうでしょうか?」

「(うん?)…なんと?」 「よく見ていて下さい……」(スリスリスリ…)


ここで鑑定士、その『香炉』の胴の部分をさすりだしたのです、すると…?


(スン…)「(うん??香など炊いておらぬのに、いま微かに香りが…)これは!?」

「今では精巧なモノまで出回っている始末…自分が気付かねば、これは今ここにはなかったモノでございますよ。」

「ふうぅむ…成る程のう。 あいや、分かった―――お主の専属の件、考えておく事にしよう。 それで?こちらのこのロザリオの件はいかがしたのじゃ。」

「(フ…)実は、これがそうにございます…。」

「ほう、これが…(うん?こ…っ、これは―――!)」

「お気付きになったようですね。 それこそが正真正銘、先程滅亡したばかりの―――『テ・ラ』の紋章でございますよ。」

(ピクッ!)「…お主、一体これをどこで?いや、それより―――そのような事を一体どこで…」

「失礼ながら、あなた様がここの独立化を目論み、彼の『カ・ルマ』と手を結ぼうとした事、ここの手下の一人より習得済みなんですよ…こちらはね。」

「成る程、それでお主もここの専属にならんと…」

「おぉっと、ここの専属になるのはかねてからのこっちの野望の第一歩…ってな事でしてね、なぁに多くは望みませんよ。」

「(フン、下賤の輩が…)よい、分かった…妾直々に認可をくれてやる。  近こう―――参れ…」

「(ヘヘへ…)」


なんとも自分の思惑通りに事が運べて大満足の鑑定士。 しかし…ここに彼女最大の誤算があったのは否めないことだったのです。

何しろ今自分が差し向かっているのは…数千人からの悪党を束ねる首領、そんな者と対等―――いや、自分にだけ有利に事を運ぶ…ということの危険性を、この時の彼女は熟知していなかったのです。


「どうも、毎度―――(?!) お…っ?!ぐ…っ!!い、一体―――な、何…をっ!?」

「フ…ッ、フフフー--よくもこの妾をたばかおおせようとしたものじゃな。 うぬには認可ではなく、のほうが似合いのようじゃ。」

「お…っ、おのれ―――!ひ…ひきょ……」(ドサ…)


「つまみ出せぇい!!」 「:ハハッ!」


そう…なんと頭領は、自分の弱味につけこんだ取引をしようとしたこの鑑定士に、認可状ではなくヒジ鉄を喰らわせたようです。(でも、それが刀剣の類ではなかっただけ、まだマシだったのかも…)


そして頭領は……


「フフフ…鑑定士よ、お主の厚意、ムダにはせぬぞ。 に、しても―――なんとも惚れ惚れするものよ…今しばらくは妾の所有物モノとすることにいたそうぞ。」


鑑定士の最大の誤算…それは悪党の首魁相手に取引を持ちかけたこと―――それだけではなく、この頭領が以前のような者だったのならば、己の慾に目がくらみその取引には応じていたであろうものを…今の今まで対峙していた者は、まだその上に冷徹なまでの判断力と策略の兼ね備わった人物だったのです。


そしていまや姫君のロザリオは彼女のモノに……


         ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


その一方、姫君とケチなスリは…


「あぁ…もうお腹一杯。 もうこれ以上は入りませんわ。」 「はは…そりゃドーモ。」 「お客さーん、しめて、600ギルダーね。」 「(グ…)も、もうちぃとばっかし、どうにかならんかね?」 「だぁ~~め、ならないね。」 「(ち…足元みやがって)ほらよっ。」 「毎度ありぃ~☆」

「(はぁ~あ、ヤレヤレ)こいつぁ、明日からお仕事頑張んなきゃダメかね。」


「あの…どうかなさったのです?」 「へっ?!ああ…いや、その、まあナンだ、なんでもないんだよ、なんでもね。」

「そうですか。 あの、今までお世話になりっぱなしで、どうも申し訳ありませんですね。 この償いは、必ずいたしますので。」(ニコ)

「えっ?!あ…ッ、あぁ…(に、しても…まあなんてけがれなき笑顔だい、まるでと瓜二つじゃあねぇか…)それよりあんたさん、これから寝泊りする当てでもあるんですかい?」 「え?あ、い…いいえ、お恥かしながら…」

「ンじゃあ、ワシについてきな。 ま、あんたさんにゃあ満足とはいえねぇかも知れねぇが、いい木賃宿紹介したげるよ。」 「えっ?!そ、そんな…そこまでステラさんに甘える…だなんて。」

「なぁに、いいって事よ。 こういう時の人の厚意ってなもなぁ、素直に受けとくもんだ。 それじゃあ、案内してあげよっかね。」

「ありがとう…ございます。 もう、何から何まで―――これではお礼のしようが…」

「へへへッ、まぁ…ホントはワシんとこでもいいかねぇ~なんて思ってたが、生憎と男所帯なもんでね、しかも商売道具を散雑させてるとなりゃあ二人でも窮屈に感じるてもんさね。 それで、あんたさんにゃ気の毒だが他に泊まってもらう…って寸法なんだよ。」

「まあッ。」(うふふ)

「それに、御礼ならイヤというほどしてもらってるんだよ…こっちゃあね。」

「え…っ?」

「あんたさんの…その笑顔だよ。 ここ数年で、そんなけがれなきモノを見たのは久しぶりでねぇ…まるで、麻のように乱れた今のご時世にゃ、一服の清涼剤みたいなもんさね。」

「なんて…お上手な、お止めください。」(ポッッ)

「いゃあ、本当の事でさぁ。 で、なけりゃあ、あのスピリッツもああまで懐きゃしなかったろう。」

「そうだったのですか…それでは、このわたくしの…わたくしのような者の笑顔でよろしければ、いくらでも。」(ニッコリ)

「フフフ、そうそう、そいつをこのワシだけでなく、周りの者達に投げかけてやったら、どんなもんなんだろうねぇ…。」

「え…?(この人…今なんて?周りの者達に投げかけてやったら?この…わたくしの笑顔を? も、もしかしてマサラの、最期に言わんとしていた事―――って、これの事なの??)」


この一人の盗賊が何気なく発した一言。 それはかつて、自分の身代わりになって散っていった護衛の者の今わの際の言葉…と、そう姫君は理解したようです。(でも、確かに―――それは間違いではなかった…のですが。)


         * * * * * * * * * *


そして、この盗賊が知っているという木賃宿に案内されている道中―――!


「……。」 「……。」


「(は…あぁっ!あ…鎧姿!)」

「うんっ?!どうか…しなすったかい?」

「い…いいえ―――べ、別に……」


そう…その道中には、見覚えのある連中が―――

その身には墨より黒きスケール・アーマーに、眼だけ覗いて見える黒の兜、そして黒馬にまたがった者…

そう姫君の国、テ・ラを滅ぼしたカ・ルマの国の騎士が、姫君捜索の為に既にこの地にまでその魔手を伸ばしていた…そう思われたのです。(まあ…それは、一つにはそうだった―――の、でしょうが…)


「ふぅム…いかんな、どうも迷ったらしい。」 「チッ!…ったく、薄気味わりぃクセに、迷路みたいなトコだなんてよう!」 「まあそうボヤくな、我らとしてもここを取り込むことが出来ると言うなら、これは有益な話ではないか。」

「そう言う事だ。 それに、の生死も気にかかることだし…な。 ここに来る道中死体がなかった…って事は―――」

あながちここに潜んでる…ってこともありえるわけですかい。 (うん?)おや?」

「どうかしたか。」 「いや…あれ。」 「ふぅム、俺が見てこよう。 おい、そこの、どうかしたか。」


「えっ?!あぁ…いゃ……(何だ?こいつら…ここの界隈じゃあ見かけねぇな)うちの連れが、ちょいそこで飲みすぎちまったもんでしてね?今介抱してるとこでさぁね。」

「なんだ、酔っ払いか。 震えておるとは…余程悪酔いしたと見える。」

「いいえ、どういたしやして…。」

「ところでお前、この……(ガサ)女を見たことはないか。」


この界隈では見たこともない漆黒の全身鎧に身を包む騎士が5人…しかもどうやらこの場所には不案内らしく目的の地に着くまでに迷ってしまったらしいのです。

けれどその鎧姿を見て震えだす姫君―――つい数日前にあった出来事が脳裏に鮮烈に蘇ってくる 。 それにこの身の震えはいくら収めなくとも収められなかった…それほどまでに精神に深く刻み込まれていたのです。 けれどとは別―――道端で震えている者を怪しまないはずがない…するとそこで一緒にいたケチなスリが機転を利かし、震えている者を悪酔いをした仲間としてくれた―――そこまでは良かったのですが…実はこの黒騎士達は何かの目的で夜ノ街まで来ていた、ならば彼らの目的とは?すると騎士の一人が一枚の手配書をこのケチなスリがに見せたのです。 すると…そこにはなんと、この姫君の人相が事細かに記されていたのです。

それを見たケチなスリは……


「何ですかい―――この女は、なんかまた、ひでぇコトをやらかしたとでも?」

「それをキサマ如きが知っていい事ではない。 どうなのだ、知っているのか、知らないのか。」

「(……)ああ、知ってるよ―――この先の…あの角曲がるの、見たけどねぇ。」 「そうか、済まんな。」

「いいえ、お互い様で…」(へへ…)


「それと、モノのついでに一つ尋ねるのだがな。 お前、ここにギルドとか言う機関があるのを存じておるか。」

「は? あぁ…それなら、ほれ、あっちの通りを右に曲がって、その突き当りの路地の、三つ目の角を曲がりゃ目の前にあるよ。」

「ほぅ、そうか―――では、邪魔したな。 おい、この近くだそうだ、すぐに向かおう。」


……どうやら、脅威の方は去ったようです。

するとケチなスリは打ち震えている姫君におもむろに近付き―――


「姫さん、ありゃあ一体何者なんです?」

「あ…ぁぁぁ……(カチカチカチ) ああ…あああ……(ブルブルブル) お―――お父様…お母様…ガムラ―――マサラ~~~」

「おいッ!ありゃあ一体なんかって聞いてんだい!いつまでも泣いてんじゃあねぇよ!あいつら、あんたさんの人相書き持ってなすったぜ?!」

「あ…(ハッッ!) う、うわあぁぁぁー---!」

「(ち…っ、これじゃあいくらなんでも人目に付いちまう…早目にあそこに連れてった方がよさそうだ。)」


くだんの黒騎士が何者なのか―――しかもこの姫君の人相書きを持ち歩いているとなれば、早晩姫君の命脈は断たれる事になる。 それに取り敢えずはじっとしているのも危険度が増すだけなので、このケチなスリの薦める宿―――『左馬ひだりうま亭』へ向かったのです。


        * * * * * * * * * *


そして、姫君の落ち着いたころを見計らって、聞き出してみたところ……


「なぁ姫さん、何であんた…追われてたの黙っていなすったんで?」

「いえ…別に隠していたつもりでは―――でも…正直な話、ここに辿り着いたなら大丈夫だ…と、なかば安心していた気持ちもあるにはあったのです。」

「ふぅん…なぁ、全部話しちゃもらえねぇですかい、事と次第によっちゃあ協力してもようござんすぜ。」

「いえ、しかしそれではステラさんに多大なるご迷惑を…」


「姫さん―――」 「はい…」

「ワシゃ言ったはずですぜ、『人様の厚意、受けれるときには受けとくもんだ』…ってね。」 「あ、ありがとうございます。 何から何まで…じ、実は―――」


         ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


その一方で、かの機関ギルドではカ・ルマの騎士と、ここの頭領との間で熾烈とも言える舌戦が繰り広げられていたのです。


「今…何と? この一件から手を引くと申したのか。」

「いかにも、彼の者も探す目途めどがたったのでな。 後は我らでのみ裁く…と、こういうワケよ。」

「なれば…ここの独立のための後押しは―――」

「当然、なかったものとしてもらおう。 ナニ、悪いようにはせんよ…。」(ニィ…)

「なんっ…じゃと?!  約束事を反故ほごにされて、悪いようにはいたさぬとはいかなる了見からか!事と次第によっては許さぬぞ!」

「あぁんだとぉ?!てめぇ…こっちが下手に出てやりゃあいい気になりやがって。」

「なんじゃと?!」

「こっちがその気になりゃあ、こんな組織あっという間よ! このオレらに蹂躙かまされたくなかったら、ここの組織丸ごとそっくり、こっちに明け渡すこったな。」

「………。」(プルプル ピクピク)

「それに、あんたほどの美貌の持ち主なら大王の側妾に推挙してやってもいいんだぜぇ?」 「これっ!やめんか!」 「へへへッ、わりぃ…」

「…と、まぁそういうことだ。」


「成る程…つまりそなたらがここに来た理由の一つには、それが第一の目的であった―――と、こういう事か…。 おのれ…ナメおって!この妾、痩せても涸れてもそのような事に屈する者とは努々ゆめゆめ思うな! 早々に立ち去れぇい!」


「まぁ、よく検討することだな。 我らは主命に従ったまでだからな。 (ぅん?)それよりお主、中々にいいモノを身につけておるな…。」

「うん?ああ、この程手に入ったモノでな…それがどうかしたか。」


「(おや、あれは…?) 団長、ちょっと……(ボソ…)」

「ナニ?それは本当か?」「えぇ、まちがいなく…」

「そうか…それは好都合だな。(ニヤリ) なぁ、あんた…」

「なんじゃ…。」

「このまま、この者の―――(ガサ)捜索だけをする気は起きんか?」

「(…)その者の行き先の目途ならたった―――そう申していたではないか。」

「フッ…まぁな、だが我らにはこれからやることが山積さんせきなのだよ。」

「それ…で?こちらから搾り取るだけ取り立てておいて、用がなくなれば棄てると申すのか。 このぉ…クズめらが!」

「まぁ、これはここにおいておくからな。 よく目を通しておいてくれたまえよ。

そら、行こうか。」


「ぐ……ッ! おのれぇ…総てがおのれらの意のままになるとは思うなよ!」


なんとも虫の好い事には、ギルド独立化の後押しをしない…と言うだけではなく、この機関の吸収合併をカ・ルマが目論んでおり、しかも引き続き(後押しなしの)姫君の探索をするよう釘を刺しておいたのです。(これではギルドの頭領も頭に来るのは無理らしからぬところのようです。)


         * * * * * * * * * *


それはさておき、一方の左馬ひだりうま亭では…


「わたくしの国がカ・ルマの襲撃に遭い、わたくしを残す総ての者がその歯牙にかけられました…これは、わたくしを含む王族だけではなく、兵や民までも…ですが、これからお話しすることは、その後の事です。


わたくしは、二人の護衛により城の脱出口、そして国境近くの洞窟…と、その居場所を転々として来たのです。 そして…最後の護衛の者が、このわたくしの身代わりとなり、散っていく前にとても奇妙なことを言っていたのです。

それが―――『姫様、あなた様は、我らが国だけでなく、このガルバディアにある総ての国家の、最後の希望である』と…。」


「(ナンッ…だってぇ??!)」


「わたくしは…最初はこの事が何かは判らなかったのですが、ステラさんにお会いして非常に多くの事を学びました。 この、私のなんでもない笑顔が多くの人達の安堵の対象になる…という事を!」


「ふぅ…(成る程、そうかい―――そういう事だったのかい。 じゃあ、恐らく今はこの人が…)」


「あの…もし?ステラ…さん?」


「……。(だがしかし…今は確証が持てない。 それに、本人が無自覚でいることだし―――)」


「あの…あの、どうかされたのです?」


「……。(それに…もしかすると、さっきのヤツらが執拗に追いかけていた―――って言うのも、あながち…)」


「ス・テ・ラ・さん?」


「…。(ん?) ぅわッ!ビックリした…なんだい、脅かすなぃ…」

「あっ、どうも…でも、どうされたのです?先程から…わたくしの話を聞き終えてから、考えにふけっていたようですけれど。」

「いや、なんでもないんだよ。 それより、ワシはちょっくらと用ができちまったんでね、下がらさせてもらいやすよ。 なぁに、ここはスラム地区でも特にすさんでるんでね、野盗共もおいそれとは入り込んじゃあきやしないよ。」

「そうですか…それでは、用が済まわれたのでしたらここへと帰ってきて下さるのですね?」

「えっ?!い…いや、ワシは自分の寝床があるから、帰るならそこへ帰るよ。」

「あ…ッ、そ、そうですか、そうですよね。 ごめんなさい、つまらないことを申し上げて…」

「いやいいんっスよ…。(ヤ~~レ、ヤレこいつぁどうにも敵わんねぇ…。) さぁて、ちょいとひとっ走りするかねぇ。」


ケチなスリ、姫君の話してくれた事に何か心当たりがあるようです。(何なのでしょうか?)

それよりこのケチなスリ、とある処へ行くようです。

一体どこへ?

それは…先程、激しいまでの言い合いがあり、そして未だ興奮冷めあがらぬ、あの人物の処へ…


          * * * * * * * * * *


「ちょ~~いと、ゴメンなすってよ…。」 「ああん?なんだ?おめ…」

「なぁに、あんたらの同業者よ。 それより、ここの頭領、今いるかね?」

「同業者あぁ??あんまし、みね―ツラだなぁ。」 「へへっ、ま、一匹狼なもんでね。 こちらにゃあ所属はしとりゃあせんのよ。」

「はぁぁ~~ン…で?頭領に会いたい…って?でも、まぁ止めとけ、止めとけ。 たった今頭領つったら、えっれぇ機嫌悪いんだからさぁ。」

「何かあったんかね?」 「何かあったどころの話じゃあねぇよ。 全身黒ずくめの、無愛想な連中によ…一方的な事突きつけられてよ…それで頭ァきてんのよ。」


「(成る程…ヤツらが―――か。 と、なると今ここに来といて正解だったな。)ンじゃ、中にいるんだね。」 「お…おいおい、止めときなって、殺されても文句いえねぇぞ?」

「ふふ…なぁに―――『虎穴に入らずんば、虎児を得ず』…だよ。 それに、それしきの事で臆してたんじゃあこの先が思いやられる。」

「はぁぁ?な…ナニ言ってんだい、あんた…。」(ぱちくり)

「(フ…)学が足らんよ、少年。 もちっと書を読むこったな。 そんじゃあ失礼するよ。」


ケチなスリなにやら難しい事を言い、ギルドの者を立ち困らせたようですが…それより、いよいよこれからが正念場です!



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