XANADO

天宮丹生都

第1話 亡びゆく国と、その姫君

ここは…この大陸『ガルバディア』にある、一つの小さな国家。 その名を『テ・ラ』……そしてこの国は、図らずも隣国の敵対している国と、人外なる者の手により―――今まさに滅ぼされようとしていたのです。


「はあっ…はあっ…はあっ……   ああっ! つっ―――つつ…(は…っ、早く…!) ……っ、はあっ…はあっ……」


どうやらこの国『テ・ラ』の姫君(だろうか?)が、敵の手から辛くも逃れ、息せきながらもお城の脱出口まで辿り着いたようです。 ですが…?


「グルルル……」


「(あ…ああっ!リ、リザードマンが……もうこんなところまで?)も…もう、ここ…まで、なの?」


「グル?!」「ギュルル…」  「シギャアァ…ッ!」


「ああっ!」


もうすでにそこにはこの城の兵たちのむくろが…そしてそこには、三体もの『リザードマン』がいたのです。

そのリザードマン達、目聡めざとくこの姫君を見つけ、その歯牙にかけようとしたところ……


「てぇやあぁっ!」「そぉらぁっ!」


「グギャアァァ……」「ズギャアァァ…」


「ああっ!ガムラ将軍に、マサラ将軍!」

「姫、ここは我らで食い止めます、どうかお逃げくだされ!」

「ええっ?でっ…でも……」

「すでに王とおきさきは敵の手にかかられた由にございます!」

「えぇ?お父様と…お母様が?!」

「ですから姫様! あなた様だけでも、落ち延びて下さいませッ!」 「あたい達の、たった一つの希望の光を…消さないで下さいッ!」

「そ…そんな―――い、イヤですっ! この上、あなた達まで失ってしまっては、どうしてこの国の復興を望めましょうか!」


「おいっ!あそこにいたぞ!」 「それッ!逃がすなあっ!」 


「ク…ッ!(姫様…ッ!!)おいっ!マサラ!」 「分かってるよ…ッ!姫様―――ゴメンッ!」

「ぅぐう…っ。 マ…マサ……ラ―――」


「マサラ…後の事を、姫様を頼んだぞ!」 「兄さんっ…!」


「(マサラ…姫様…)フ…ッ、さあ―――かかってくるがいい、このオレが相手をしてやるッ!」

「ほざけえぇい!ぅるるぅあ!」


              ド ズ ・ ・ ・ ・

「死ねやあぁ!」


              ザ ス ・ ・ ・ ・


「へ…っ、へへへ……あっ?!あれ? ど…どうしたんだ?ぬ、抜けやしねぇ……」

「フ…フフフ……テ・『テ・ラ』に……栄光……あれッ!」



             ド・ドオォ……ン


「(う…うぅ……ん―――はっ!)い、今の爆発音…」

「あっ、姫様、今お気づきになられましたか?」

「えぇ…それよりマサラ、今の……」

「言わないで下さい…そして振り返らないで…そうしちまうと、兄さんのやったこと―――無駄になるから…。」

「(そ…んな―――)ガ、ガムラ…将軍まで?」」


なんと言うことでしょう…この姫君の幼少の頃より仕え、親しんできた護衛の武将の片割れが、その身と引き換えに『自爆』という行為で敵の追っ手を食い止めた…という事のようです。


そして残されたもう一人の護衛将マサラによって虎口を脱し、落ち延びる姫君。

しかし、敵の追っ手は思いのほか早く、姫の国『テ・ラ』陥落より三日後には彼女達の背後にまで迫ってきていたのです。


「……。」(ガサ…)              「……。」(ガサ…)

          「……。」(ガサ…)         「……。」(ガサ…)


「(ク…ッ!!国境まであと少しというのに!)」



                             「…。」(ガサ…)



「……(どうやら行ったか…) 姫様、あと少しのご辛抱でございます。 この先数里ほど行けば洞穴がありますので、そこで彼らをやり過ごしましょう。」

「……。」(コク)


「(いけない…思いの外お体が衰弱しきっておられる……無理もない、ここ二・三日飲まず食わずなのだから…。)」


自分の事より、まずは自分の主を思いやれる…とは、中々に出来ない事。 それほどまでにこの主従は信頼関係を築き上げていたという事のようです。


そしてくだんの洞穴に入り、まず自分と自分の主上の体力を回復させようと、近くの川にて魚を獲るマサラ。 一見正しい選択のように思えたのですが…これがいけなかったのです。

なぜなら…この時の彼女の姿を、敵の斥候の一人に見られていたのだから…。


「(おっ!あれは…)…間違いない、手配中の行き方知れずになった、二人のうちの一人だ。」


      ピィ――――――! ピィ―――――――――――!!


「(な…よ、呼び笛?! はっ!し、しまった!ま…まだ動いてはいけなかったんだ!)ひ、姫様!」


この斥候の呼び笛は、瞬く間に近くに野営をしていた敵の国―――『カ・ルマ』の軍隊に届き、二ケ小隊がこの洞穴方面に向かったのです。

そしてその事を危惧し―――かの洞穴まで足早に戻るマサラ……


「姫…姫様…っっ!」(はぁっ、はぁっ!)

「ど、どうしたのです?マサラ…」

「ひ、姫様…申し訳ございませんッ!このマサラ一生の不覚をとりました!」 「え…?」

「あたいが…迂闊な行動をとったばっかりに…あたい達の居場所、知られちまったみたいなんです。」 「そ…そうです……か。」

「姫様、本当に申し訳ありませんッ!」 「良いのよマサラ。 わたくしも覚悟……」

「(ス…)姫様、これを…」 「こ…これは! お母様が常日頃つけていらした、『テ・ラ』の紋章のついたロザリオ!」

「姫様は、この先どうあっても生き延びてもらわねばなりません…姫様こそ我らの唯一の希望の兆し! それに今ここで、もし姫様が倒れるようなことであれば…今まで死んで逝った者達の安寧が…約束されません!」

「で…でも…わたくしにそんな……」


「いえ…姫、よくお聞きください。 あなた様は、我らが国テ・ラだけではなく、この大陸『ガルバディア』に在する数多あまたの国々の希望でもあるのです。 努々ゆめゆめお間違えのなきよう。」

「(え…?)そ…それは、どういうことです?」

「よろしいですか、姫様。 実は―――あなた様は―――」


しかし、その時だったのです……



                ガ サッ!



「(もう来たのか!)姫様、あそこの岩陰に隠し扉のスイッチがございますから、それを押して……上手く落ち延びて下さい!」 「でっ……でも、そうするとマサラはどうするの……」

「あたいは……もう一緒に行けやしません。 今こうなってしまったのも、ひとえにはあたいの責任……」 「で……っ、でも―――」

「姫…姫様!あなたと一緒に暮らせた期間……とても愉しかったよ。 うぅん、あたいだけじゃなく、兄さんや他の皆も……だから…だから……!」

「マ…マサラ!」


「だから……最後のお願い。 形見に姫様……」 「(え…?)」


         ―――あなたのお顔、頂戴いたします…


「(え…?)ぅ―――うっ?!」


今生こんじょうの別れが近付くに際し、この女将軍マサラのとった行動とは…自らの掌を姫の顔にあてがい、そして再びその掌を自分の顔にあてがったその瞬間―――!


なんとそこには、同じ容姿を持った女性が二人いたのです。


「マ…マサラ!そ、それは―――!?」

「…。」(カチッ――☆)


               ゴゴゴゴ・・・・・


「あぁ…マ、マサラ?!」 「おさらばです……」


「ああ……あぁっ! マサラ……マサラー--ッ!」



「おっ!いたぞ!あそこだーッ!」    「囲めーッ!生け捕りにするんだー!」

「う゛っぎゃああぁっ!」 「あ…っ、こいつ…ヤレーッ!ぶち殺せーッ!!」



              ぅああぁ―――――っ!



「あぁ…っ、マサラ…マサラー--ッ!」(ボロボロ)


そう…この姫の最後の護衛を勤めていた女将軍マサラ。 自身を姫の影武者と化して華々しく散っていったのです。


そしてこの時より、この姫君は孤独の身に…もう頼るものは己が身一つとなってしまったのです。



ですが     いつまでもその場にそうしているわけにもいかず…

   総ての哀しみを振り払い        この姫君はたった一人で


                  ・


                  ・


                  ・


                  ・


歩み始めたのです。



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