第35話 火口神殿と『灰色と熱い鉱石』の神官

「はよ逃げ! あいつらめっちゃ早いん!」

「デュラはん⁉ 大丈夫⁉」

「糞、接続切れてもた」

 ふらつく頭でなんとかそう叫んだ瞬間、視界が急に薄暗くなり、光が遠ざかる。うぅ、クラクラするう。洞窟の入り口に飛びこんだんだろう。

 見回すと、どうやらこの幅2メートルほどの階段通路は下に向かっているようや。火口の入口とやらについたんかな。

 コレドが駆け足で滑り降りる途中も唸るみたいな龍の咆哮が聞こえて、俺の正面に龍が吐いた炎の熱が伝播し赤い陽炎が揺らめいた。けどそれはテラテラした岸壁に拡散されてここまでは届かないようやった。


 なんやここ。この洞窟の壁は魔法とかそんなんを反射して返しとるんかな。ごっつう気持ち悪い。ここにおったらあかん言われとる感じ。でもそんなこと言われても俺は駆け下りるコレドが背負うカゴの中に入っとって動けんわけで。

「イタ、イタタ。またパイナップルになるやん。あの、もうちょと、ゆっくり走って。痛いねん」

「あ、ごめん。それより大丈夫ですか? その、デュランダルXの首が取れそうだったけど」

「あぁ、痛いんはカゴにぶつかっとるからやから、大丈夫や。もともと俺氏首とれとるし? でもデュランダルXとの回路はすっかり切れてしもうた。それよりこのカゴ、やっぱり透明クッションでもあるとええんやけどねぇ」

「じゃぁ噂のアツシさんと共同開発でスライムクッションでも開発でもしてみますか?」

「お、ええかもねぇ」

 アツシはスライムの研究をしとるん。

 前世のラノベではスライム研究が流行っとったらしくて、スライムは万物の基本であるいうてスライムを伸ばしたり茹でたり他の金属とかと混ぜてるうちにできたんがアツシのスライム弾や。射出直後はめっちゃ粘着質な液体なんやけど、何かに接着したら凝固するいうようわからん性質を持っとる。耐久テストが終わったら接着剤として売り出すんやいうてたけど防犯品とかでも売れそうな気いするな。


 ようやく頭の中が慣れてきた。さっきまででデュランダムXと同期しとったから、急な視界変更に頭が結構くらくらする。最後ちょっと怖かってん。頭もげたし。

 そうそう、もともと俺氏はデュラハンの体とくっついてなかったから遠隔操作できるんやないかと思ったん。

 やから出かける前に研究室で相談してみたん。

「遠隔操作? 伝達腺が切れたら動きませんよ?」

「理屈聞いとるとそんな気はするんやけど、俺の魔石に直に電極ぶっ刺さんでもその伝達腺に魔力は伝わるんやろ? それに機甲使う時は魔石を容器に突っ込めばええだけで、魔石に伝達腺を直接ぶっ刺しとるんでもないんやろ?」

「ええ、それはまあそう、ですが」

 コレドは怪訝な顔をした。ボニたんはそうでもなさそう。

 これは魔力が固形にしかないカレルギアと魔力が大気中に豊富にあるアブシウムの考え方の違いなんかもしれんな。でもとりあえずやってみることにした。

 耳の脇の後ろの方の髪の毛がちょっと剃られて、そこに高周波のパットみたいなのがぺとっとくっつけられる。俺はデュランダムXの頭部のヘルメットに収納された。このパットにつながる伝達腺を通してデュランダムXの全身に俺氏の魔力が通るらしい。結局俺の魔力いうんはようわからんけど。

 しばらくしたらなんだか神経が繋がったような感じがした。

「ボニたん、マジ動く、動くよすごい!」

「わぁ! やった! これで体が復活?」

「うーんでもこれ使えるん、俺の頭が魔石の間やろ? 村に戻ったら動かんのとちゃうかなぁ」

「それよりどうやって起動したんですか? 何か特殊な起動式みたいなものがあるとか?」

「起動式? 何それ? 普通に動くで」

「意味がわからない」

 コレドがわけがわからないいう顔しとる。そんなんせんでも普通に動くんやけど。そんで機甲いうんはスタートとかストップとか、そういうような呪文を唱えて動かすもんらしいと聞いた。

 うーん特にそんなんしてへん。デュラハンの時の体動かすんとおんなじ感じで。自分の魔力やから自分で動くんかな、自分の神経みたいに。相変わらず魔力が何なんかわからんのやけど……。ひょっとしたら他の生きとる魔物、例えば飼育してる竜にできた魔石部分に機甲をつけてブースターとかできるんやないやろうか。


 でもそれよりデュランダムXや。

 感覚はデュラハンの体を使っとった時と同じように自分の体やと思える精度。大きさがちょっと違うから距離感戸惑うけど。それで自分のヘルメットを脱がせてもろて、伝達腺を頭についたパッドから抜く。うん、腺が抜けても繋がってる感じ。おそるおそる頭を机の上にそっと置いて見上げる。

 わぁ。もともとの体も2メートル超えてたけどこれは5メートル超え。前の体の倍以上で、なんかええと、機動戦士っていう感じがする。それで俺の頭が離れた状態で俺が前の体と同じように動かすと思う通りに動いた。


「ええとデュラはん、それは何の動き?」

「ん、ああ盆踊り言うん。踊れるぐらいだったら大丈夫かな」

「くっついてないのにどうやって動いてるの? 意味がわからない」

 それであまり時間はなかったけど簡単に実験をすると、頭と体が200メートルくらい離れたらプチンと接続が切れた感じがした。デュラハンの体でもだいたいそのくらいで動きにくくなった気がするから、体感的にはあまりかわらんのかもしれん。それで専用のゴーグルもつけて目を閉じたらデュランダムXの視界画面が見えるようにして、それで出かけて竜を倒してめっちゃ爽快やってん。


 でも龍はやっぱ格が違った感じ。おっそろしく早いしめっちゃ自由に空中移動する。

 1匹やったらもうちょっと保ったかもしれんけど、2匹やと視覚外から高速で迫ってくるからちょっと無理。でも視覚を複数搭載したらなんとかなるんやろうか。でも俺の頭がそんな視野に対応できん気もするけど。でも今はそんなことよりコレドが息を切らしながら下っているここは。

「ここがその神殿なん?」

「火口の神殿に続く通路です。ここに入ってこられるとしてもせいぜい子供の龍くらいでしょう。この下は姫様と神子様、それから魔女様の神官様しかおられないはずです」

「魔女やのに神官なん?」

「まぁ、昔からそういわれてるので」

 けれどもその薄暗い階段を潜っていると赤暗い奥からカツカツと登ってくる音が聞こえてきた。

「カレルギア帝国第一機甲師団輜重隊所属コレド=シュニッツです。リシャール団長に緊急の要件で参りました!」

「……姫様に?」


 コレドが急に足を止める。聞こえたのは男の子のような高い声。さっきの話だと男がいるとしたら神官。けれども聞こえた声は神官のイメージとは程遠い。コレドの体は途端にこわばり腰からショートソードを抜き放つ。ガントレットと接続したのか、視界の端っこにみえるコレドのガントレットがうす赤く光るのが見えた。


[接続!]

[解除:全]

「何っ⁉」


 解除の声とともに不意に赤い光が消え失せた。そしたら背中に背負われとった俺のカゴがコレドの胸前に回され、俺の耳の上から伸び出るコードが引っ張られた。何なん? 何が起こってるん?

 正面の階段は螺旋状に下っていて、その奥の様子はよくわからない。けれども奥から近づく灯りが岸壁にゆるやかに影を伸ばし、そこから現れた姿に驚いた。

 めっちゃかっこええ。一見子供のリザードマンみたいにも見えるけど、なんか豪華なローブを着ていて額からは鹿のような角が背後に大きく伸びていた。武器は持ってなさそうや。コレドの小さな[接続]という呟きを起点に俺の神経がコレドのガントレットとソルトレットに伸びていくのに気がつく。


「おちつけ。コレドという名には確かに聞き覚えがある。姫様の近衛見習いだろう?」

「何故知っている? 名乗れ!」

「私はイレヌルタという。ここを預かる神官だ。聞いてはいるだろう? それより表の見張りはどうした。誰も入れぬように言っておいたはずなのだが」

 見張りって外で飛んでた龍なんかな。それで神官って龍なん?

 コレドにとっても初耳なのか困惑の声が続く。

「あの、私はリシャール団長に早く伝えなければならないことがあって」

「お前はともかくその他の者をここに入れるわけにはならぬ」

「何故ですか?」

「災厄をもたらすからだ」

「俺はそんなことせぇへんで?」

「その奇妙な者ではなくその後ろの者だ」

「ボニたんのこと?」

 イレヌルタは軽く頷くと同時にその姿はふいに薄れ、10メートルは離れていたのに殺気とともに一瞬でコレドの左隣を通り過ぎた。早すぎる。コレド全然反応できてへん! やばい!

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