第32話 アブシウムの秘技

「つまりアブシウムの秘儀を行使したけれどもその内容は話せないし、元に戻す方法も教えられないってこと?」

「はい……というかあの魔力を消すには」

「話にならないな」

 マルセスのボニたんを見る目が厳しい。

「すいません。でもそんな大した魔力量じゃなくて、どうしても」

「ボニたんめっちゃ頑固やから言わんいうたら言わん思うで」

「……本当に困ったな。君はたいしたことじゃないと思っているかもしれないが、この国では君のやったことはたいしたことなんだよ」

 マルセスがくるくるとスプーンでお茶のカップを混ぜながらため息をつく。コレドが新しいお湯を用意する。

 さっきから空気がひたすら重い。それはマルセスとコレドがボニたんを尋問しているからで、ボニたんがのらりくらりとかわすたびに空気が重くなっていた。

「あの……僕は何をしたのでしょうか」

「そうだなぁ。そもそもいうと危険物持ち込み、偽証入国。それから今回のは場合によっては国家転覆罪」

「待って待たれて。国家転覆てそんな大きな話なん? 俺ら拉致られたから逃げてきただけやん。ひょっとしてどっかですごい被害とかでてるん?」

「いいや、今のところは被害はカゴが一つ壊れたくらいだが、俺たちにとっての被害はそこじゃない」

「……あの、本当に口外できないことなんです。だから、どうしてもお話ししなければならないならせめて責任者のリシャさんにだけお話したい」


 打って変わって急に鎮痛な空気が流れる。

「リシャさんは恐らくもう戻られない」

「どっか行ったん?」

「アストルム山に行かれた。おそらく次の神子になられる。だからもう外には出られない」

「え⁉」

「なんで? リシャたんはお姫様やないん?」

「うん? デュラはんは知ってたのか? まあ、お姫様だから神子になるんだよ」


 2人の話はこんな感じ。

 『灰と熱い鉱石』の魔女は何百年も前に転生者アブソルトによってその力を奪われた。

 その結果、魔力が暴走してこの島全体の魔力が枯渇した。今は4人の魔女が新しい領域を作ってこの島を切り分け、その範囲内に独自の魔力回路を形成して運用している。『灰と熱い鉱石』の魔女の領域が現在の範囲に狭められたのは、それが『灰と熱い鉱石』の魔女が管理しうる限界だから。『灰と熱い鉱石』は以前はこの島全体を運用する強大な魔力を持っていたが、それは奪われ、この領域の中心となるアストルム山に自らを封印してこの領域の魔力の運行を行っている。

 けれども時折、予想外の地点で魔力が噴出することがある。

 魔女様のいらっしゃるアストルム山の外でそれが起これば、それを調整するためにアストルム山以外でも行動できる依代が必要で、魔女様の子孫と言われる王家の子女が神子、つまり依代となって魔女様の力を行使するらしい。

 今の神子はリシャたんのお母さんで、次の神子はリシャたんのお母さんに次いで魔女様に親和性が高いリシャたんらしい。一度神子になったら二度と魔女様とは分離できないから、リシャたんはもう戻ってこないかもしれない。


「なんで。どうしてそんなことになているんです!? 魔女様の回路の制御方法を知っているなら、どうとでもなるでしょう?」

「なんでと言われてもこの国はずっとそうしてきたんだ。今は君のせいでカレルギア王都内に一部の魔力が移動している。このままではその魔力に引き寄せられて、いつ大型龍種が飛んでくるかわからない。速やかに魔力を収束させなければならない」

「どうしようもないって、10人もいればどうとでもなるでしょう?」

「……アブシウム教が秘技とするのと同じで、ここでは王家しか魔女様のお名前を知らないし接触できない。今ご存知なのは王家の中でも3人だけだ。漏れれば昔の転生者のように自在に魔力を使おうと考えるやつがでるかもしれない。だから」

「そんな! ……そんな。あれは……」

「君にとって大した量じゃなくてもこの魔力が乏しいこの国では魔物や龍を呼び寄せる大した量なんだよ」


 さっきから何の話をしてるん? アブシウム教?

「なあなあ、何がなんなん?」

「僕のせいで……?」

「大変です! 龍が活動を始めました!」

 突然扉が開いて若い兵士が飛び込んできた。

「なんだと!? 糞っ戦力が足りない! 姫様と皇后様のお二人でも無理なのか!?」

「あの……僕がいきます。先程のお話だと山に魔力が戻ればいいんですよね? 僕が行って魔力を山に戻します」

「いや、無理だ。龍が活動を開始した以上、戦力が足りない。君が事態を収束できるのだとしても、アストルム山の神殿までの安全が確保できない」

「そんな、でも」

「なぁ、そのアストルム山までいければええのん?」

「そうだが龍が襲ってくるとなれば、街全体で防衛を展開する規模となる。状況は逼迫しているんだ。今すぐここに飛んできてもおかしくない。この隊の一番は王都の防衛だ。うまくいくかもわからぬそちらに回せる戦力などない」


 ようわからんけどボニたんは山でなにかする用事があって、でもそこは強い敵がおるから行けんいう話なんかな。

「なぁなぁ、大規模迎撃用ロボいうん前に見たやろ?」

「あー、デュラはんがかっこいいって言ってたやつか。でも前も言ったけどさ、あれは大きすぎてうまく動かせないんだよ」

「俺が乗るん」

「デュラはんの魔力は生だから、機甲に直接使えないんだよ? 魔石じゃないと」

「でも今の俺は魔石なんやろ? それに魔石なくなったら頭痛いのなくなるんちゃうの」

「「あ」」

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