第28話 カレルギアの激震

 後から思えば多分、同時にいくつかのことが起きたのだ。それぞれは、それほど大したことではなかったのかもしれない。けれども同時に起きてしまったがために、大きな異変に転じてしまった。

 始まりはその夜半、突然地面が大きく揺れたことだ。


「姫様! 大変です! アストルム山に異常がみられます! 噴火の予兆かもしれません」

「何⁉ 発掘隊は滞在しているか⁉」

「今はおりません。けれども魔物と龍種の活動が活発になっています。このままアストルム山から外に魔物や龍種が溢れれば、甚大な被害が見込まれます」

「何故だ⁉ 何故急にそんなことになる! 母様、神子からは異常の報は入っていないだろう⁉」

「失礼します! 神子様より魔力変動が生じたという報が入りました! 神子様はこれより魔女様に同期されるとのこと。姫様に置かれましては万一のためにご準備くださいとのこと」

「何……。突然いったい何が」

 慌ただしく人が出入りし相次ぐ急報に師団司令室は混乱と怒号に包まれていた。

 私が、私のせいなのだろうか。

 あの2人を泳がせたことがこの結果を招いたのだろうか。だが、何故だ。何がどうなっている。


「姫様、やはり原因はあの2人と思われます」

「マルセス、だがあのデュラはんには災厄を引き起こすほどの力はなかろう?」

「まぁ、そもそもそうですね。だから問題はあのボニという者のほうかもしれません」

「何? ボニは魔力などほとんど持っていなかっただろう?」

 ボニいついてはほとんど注意を払っていなかった。

 私はキーレフに突然現れた魔力反応を追ってあの二人を見つけたのだ。そしてデュラはんからは魔力が検知されたが、ボニのほうはとりたてておかしなところはなかった。正式に検査をしても、その保持魔力量はおおよその通常人の平均値程度だ。魔法が使えるとは思えない。

 それにあの者からは武威も魔法を発動するための素養も感じられなかった。だからおそらく魔法というものを使ったことがないのだろう。

 けれどもアブシウム教国には魔力を操る秘儀がある。そう聞いている。だからその方法について知りたいと思っていただけなのだ。秘儀の知識は持ち得ても、それを操れるとは到底思えない。魔法の行使というものは熟練が必要と聞くからだ。それならむしろデュラはんのほうが……。


「もしやデュラはんの魔力を媒介として何らかの魔術を発動しているのか?」

「いえ、それもおそらく難しいでしょう。姫様もご存知のとおり、外の領域の者は自身の魔力を媒介に用いるからこそ、自在に魔法を操れるのです。他者の、しかもモンスターの魔力を自在に扱えるとは思えません。それに……」

 そうだ。デュラはんの魔力は誰も扱えない。当のデュラはんですら。

 デュラはんの中には生の魔力がつまっている。それは魔石のような凝り固まった鉱石ではなく、この領域では存在し得ない柔らかで流動的な生の魔力。

 デュラハンは魔力が肉の皮をまとったと言われる妖精という種族なのだから、当然といえば当然なのかもしれないが、この領域では妖精など存在し得ない。魔力が枯渇したこの大気は、魔力で構成された生物にとっては真空に等しい。だからこの領域の魔力が枯渇した際、スライムや妖精、精霊といった存在は全ての魔力が大気に吸い出されて雲散霧消、消滅したと聞く。

 だから同じ魔力を多く有する魔物の類でも、強い甲殻で包まれその外殻の内側に魔力を閉じ込めている魔物や独自の魔法技術で魔力の飛散を防止した龍種、もとより人のような肉が主体で微力な魔力しか持ち得ぬ生き物しか存在し得なくなった。

 デュラはんの奇妙な点は、その自己の内にあるその魔力を認識できないということだ。実験中のデュラはんとマルセスの会話を思い出す。


「自分の中の魔力が認識できないなどということがあるもんなのか?」

「そんなん言われたかて、わからんもんもわからんもん。リシャたんも自分の中の血液がどう流れとるか言われたかて、わからんやろ?」

「む。確かに。そういうものなのか?」

「いやいや、そんなことはないでしょう? リシャさんごまかされないでください。魔法使いは自らの体内を流れる魔力を自在に扱い魔法を発動させるというんですから」

「えぇ? そんなん言われてもほんまにわからんもん」

「そうですねぇ。漫画だと魔法を使うと魔力の回路だのシナプスなどができてわかるとかが定番なんじゃないですか?」


 マルセスがそういうとデュラはんは眉と眉の間をくっつけながらうんうん唸った。

 検出機器を見ると心持ち魔力の漏れが大きくなったようだがせいぜい誤差程度で、何らかの魔法が発動したようには思えなかった。

「あかん。どないして魔法出してええんかさっぱりわからん。そんなら俺はやっぱ魔力はあっても魔法使えんのん? なんかめっちゃ残念やない?」

「そうですねぇ。自分も魔法は使えないですけど、イメージ的には指先とか体の先端部から発動するんでしょう? 頭だけだとどこから出していいかわからないからじゃないですか?」

「え? そういう問題なん?」

「さっきデュラはんが言ってたとおり、体内にあればわからないけど、怪我をしたら血が流れてることがわかるじゃないですか。うーん、目からビームとか出してみます?」

「前から思うとったんやけど、あれ眩しうないんかな」

「お前らは一体何の話をしているのだ?」

 そう、デュラはんは自らの魔力を認識できない。認識できないのだからそれを用いた魔法が使えるはずがない。

 それにデュラはんはそもそも体がないから全く動けない。何をするにも人の手が必要な状態だ。だから魔物であっても全く警戒をしていなかった。


 回想を打ち切り、改めてマルセスに尋ねる。

「では結局何が原因だというのだ」

「あの2人なのは間違い無いでしょう。報が来る少し前にデュラはんの魔力を検知しました。スキルを使用した時の微力な波動ですが」

「スキル? あぁ、『スピリッツ・アイ』だったか。だがあれも大した魔力を用いるものでもなかろう?」

「そうですねぇ、魔法とスキルは違うものですがよくわかりません。ともあれ配下に救出に向かわせますが宜しいですか?」

「頼む。それから2人はことが収まるか神子から次の報があるまでは倉庫にでも軟禁して誰にも会えぬようにしておけ。私はアストルム山に向かう」

「幸運と御武運を」

 私はデュラはんとボニ、というか生の魔力が内務卿に狙われていることを知っていた。内務卿は帝国復興派だ。だから予めおかしなことが起こらないよう、その動向を部下に探らせていた。よもやあの2人が逃亡を図るとは思ってはいなかったが現在の居所は掴んでいる。救出は容易だろう。

 ふふ、後でまた事情聴取だな。

 いや、状況によっては私が次の神子にならざるを得ない。そんな機会はあるだろうか……。


 考えても仕方がないな。頭を切り替えよう。

 今の一番は神子のいるアストルム山だ。アストルム山はこの領域の魔女様と繋がっている。噴火の予兆、そして魔力変動。かつてこの領域で魔力が枯渇した際もアストルム山は噴火したと聞く。

 慌ただしくガントレットと兵装を装備し竜車に飛び乗る。遠くのアストルム山の上空は今は晴れ渡り、明るい月明かりに照らされその合間にちらちらと龍種が羽ばたいているのが見えた。

 そして土煙を上げながらこちらに走り来る竜種に対し大剣を抜いた。

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