第26話 機甲の仕組みと伝達腺
「この領域外で機甲を使う方法?」
「えぇ。なんとか叔父の手を使えるようにしたいんです」
「うぅむ、気持ちはわかるがなかなか難しいんでねえかなぁ?」
「やはり材料の問題でしょうか?」
「んだ。ほら、ここを見てみぃ」
今日もコレドさんに紹介された工房でヒゲモジャの親方の話を聞いていた。コレドさんは実家が工房らしく、小さい頃からこの辺りの工房に出入りして機甲に触れて育ったそうだ。だからこの辺りの工房にも機甲にも詳しい。
カレルギアの工房は様々だ。システム化されて大量に同じ機甲を生産する工場もあれば、一品一品手作りの一点物を制作する工房もある。この工房はその一点物の工房で、日常的に使用する義肢パーツを個人に合わせて作っている工房だった。
工房内には光熱を吹き出す炉が所々に設置され、そのせいかとても熱い。いるだけで汗が吹き出るけれど、コレドさんも親方も慣れたもの。デュラはんはよくわからない。
オイルの香りに溢れた無骨な工房内には様々な器具や機材が所狭しと乱雑に置かれ、材料の入った大きな籠や容器が天井までうず高く積みあがっていた。それを器用に避けながら歩く親方の後ろを追いかけて、工房の端っこの煤で黒く染まった机の上にたどり着く。親方は机の上に散らばる物を筋骨隆々の腕でざっと端っこに押しやって、一本の機甲の腕、肘から先の部分を置いた。
「これは今頼まれて作ってる腕なんだが、ここのいくつも枝分かれしている線、わかるかの」
「はい。これが魔力を伝える伝達腺というものだと伺いました」
「そうだ。人間で言うと神経なんだがな。これを使用者の神経と魔力で接続して機甲を自在に動かす。だがこの腺は特殊な鉱石で出来ていてな、専門の工場が石から加工して、大小様々な腺を作るんだ。鉱石自体は領域外にもあるかもしれんが、おそらくこの加工された腺はこの領域外では手に入らないだろう。つまりこの領域外でメンテナンスができない」
それはとても納得できる話だ。
白灰色に薄い光沢の走る細い線。こんなものはカレルギア以外で見たことがない。
「そう、ですね。私は見たことがありません」
「日常的にに使うなら、定期的なメンテナンスが必要になる。この領域外で使うなら尚更だ。環境が変わるとどんな不具合が起こるかわからんからな。それからそもそも機甲を動かすには魔力の塊、いわゆる魔石が必要だ。それはわかってるか」
「はい。魔石から魔力を吸い出して動かすんですよね」
親方はガタガタとほぼ均一な親指ほどの大きさの魔石を籠から取り出す。
「そうだ。カレルギアには魔力がない。だから魔力は鉱山や魔物から取れる魔石を使う。けれどもこの領域の外ではそんなことをする必要がない。だから魔石は容易に手にはいらねぇ」
「その、大気中の魔力を利用できないものでしょうか」
「ううん、わからんが機甲は魔石を使う前提で作られとるからな。すぐに対応できる工房はないんでねえかなぁ」
このカレルギアと僕の住むアブシウムでは大きな環境の違いがあった。
この領域内では魔力がないから、魔法はほとんど使えない。何を動かすのにも魔石を使う。けれども領域外では大気に大量の魔力が含まれている。魔石を使う必要がない。
魔法使いか魔法を使う方法は様々だけど、その体内にある魔力行使器官が世界に接続し、大気やいろいろな物にあふれる魔力から力を引き出して魔法を使う。だからわざわざ魔力を貯蔵しておく必要がない。領域外にも魔石は存在するけど、それは大気魔力ではまかないきれない大規模魔術を行使する際や、即時に魔法を発動させるために濃度の高い魔力が必要といった特殊状況下で使用することが大半で、ほとんど民間には流通していない。
「魔石の魔力は有限だ。定期的に『灰色と熱い鉱石』まで買いに来なくちゃならん。この腕パーツでもこの小さな魔石を10日に1度追加することを前提としておる。この領域じゃ魔石は普通にあふれているが、よそ、特にアブシオム教国からじゃ片道10日はきかないだろう?」
「そう……ですね」
「気の毒だが他の方法を考えたほうがいいんじゃねぇかな。機甲を作るにもそれなりの金がかかる。それなら回復や再生の魔法をかけてもらうとか。それこそアブシオム教国が得意にしてるところだろ」
親方は僕の方にポンと手をのせ、まあ気を落とすな、と呟いた。
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