第13話 僕はデュラはんと旅に出る。

 少し前、僕は教都コラプティオに補えられ、デュラはんに助け出された。

 それから僕らはキウィタス村にこっそりと隠れ住んでいる。隠れているといってもその生活は悠々自適。首だけになったデュラはんと、何故だかたくさん落ちてきたデュラハンの首たちと一緒にのんびりと暮らしている。

 ……のんびりというには大分騒がしいけれど。

 それで今回、僕とデュラはんはカレルギアという国に旅立つことになった。

 これまで僕はこの国を離れたことがなかった。でもカレルギアというと思い浮かぶお話が一つだけある。それは悲しいお話。昔々のある王子様の悲しい恋のお話。

 僕は子どもの頃に教会でその話を習い覚えたんだ。

 今回旅に出ることになった時、その王子の過ごした国はどんな国だったんだろうと思った。かつては緑の、今は黄色と赤のカレルギア。

 それで僕らの旅立ちはこんな会話から始まった。


「それでは食事の前に祈りを捧げましょう」

「「「頂きます!」」」

 それにしてもみんなは一体何に祈っているんだろう。揃って頂きますというけれど、何に感謝しているのかは本人たちもよくわからないみたい。少なくとも特定の神様ではないらしい。それでいいのかな。変なの。

 たくさんの首が並ぶ猟奇的な食卓に、ちょっとずつのパンやスープが並ぶ。それが一斉に浮いたり動いたりしてワイワイガヤガヤとそれぞれの口に飲み込まれていく。知らない人が見ると卒倒しそうな光景だけど、僕らはもうすっかり慣れていた。

 一人を除いて。

「何でや! 何で俺だけ食べられへんの! おかしいやん!」

「おかしくないもん~」

「努力しないからですぅ~」

「キー! もう! ボニたんお外! お外行くで!」

「ご飯食べるまで待って」

「もう!」

 騒がしい朝ごはん。嫌ならどこか別の部屋で待ってればいいのにと思うのだけど、デュラはんは一人になるのは嫌みたいだ。


 そういえば他の子はケンイチとかアキノブとか、前の世界の名前があった。だからデュラはんもあるのかなと思って名前を聞いてみたことがある。けれどもデュラはんは前の世界の知識は色々覚えているけど、自分のことはあんまり覚えてないらしい。だから名前もよくわからなくて、みんなからはデュラと呼ばれてる。

 色々話すとデュラはんと他の子たちには色々と違いがあった。

 他の子たちはデュラハンの身体部分を動かせなかったらしい。けれどもデュラはんは自由に動かしていた。他の子たちは魔法が多少使えるけどデュラはんは魔法が使えない。

 デュラはんは練習してないフリを装ってるけど、誰もいない時に教会の隅でぶつぶつ練習してたのを僕は知っている。それでも駄目だったんだろうから、やっぱり魔法は使えないのかな。他の子と何か違うのかな。

 でもみんな仲良しで楽しそう。だからデュラはんもそれなりに満足している、と思っていたけどどうやら違っていたらしい。


「ボニたん! 俺、体探しに行く!!」

「体? 体はコラプティオじゃないの?」

「あれはもうないねん。やから違う体を探しに行くんや!!」

「違う体?」

 よくよく聞くとこの島の北の方、カレルギアに行くという。

 みんながデュラハンだった時に上空から見た情報では、カレルギアでは体の一部を機械化した人間が暮らしている、らしい。そういえば僕も教会でその国の資料を見たことがある。教会にとっても重要な国。

 デュラはんはカレルギアに行って体を作ってもらいたいそうだ。

 でもカレルギアは結構遠くて、そう簡単には行けそうにない。最速の長距離馬車を乗り継いでも片道1ヶ月くらいはかかりそう。


 正直なところ僕はこの村を離れたくなかった。この村が好きというのもあるけれど、この村なら皆が匿ってくれるから。コラプティオに僕が生きていることを知られるのはマズい。また捕まえられてしまう。でも国境と領教を越えるには身分証明が必要で、そこから生存が教会に知られてしまうのが一番まずい。この村にも迷惑をかけてしまう。

 でもそのへんはなんとかならなくもないのかなぁ?

 僕はデュラはんの願いはなるべく叶えてあげたい。デュラはんが体を失ったのは僕のせいなんだから。

 でもとでもがぐるぐると回る。でも。


「流石に無理じゃないかなぁ」

「いーや、絶対行く! 行くんや!」

「それにすっごくお金かかるでしょう?」

「大丈夫。金はあいつらに出させるから」

「あぁ……」

 この村は今、物凄くお金を待っていた。

 たくさん落ちてきた子たちの意見で、村は色々なものを作った。聞いてみれば理屈はわからなくはないけど、そんな発想のなかったもの。

 例えば蝋燭や石鹸に木花から抽出した色味を混ぜて色付きにするとか、蜂蜜や薬草を混ぜて良い香り付きにするとか、それで作った染料で不思議な染物を作るとか。木で挟んだり蝋を塗って模様をつけるとか、誰もそんなことを考えたことはなかったもの。

 他にも色々なものが村人と協議しながら準備されてるけど、そういったものを売って村にはとてもお金がある。


 そんなこんなで、あれよあれよと言う間に出発の準備が整ってしまった。いつの間にか僕の役目だった養殖池の餌やりも他の村人に引き継がれている。

「ねぇ本当に行くの? 僕はデュラはん運ぶの全然問題ないんだけど?」

「みんなぴょんぴよん飛んでずるいんや。抹茶パフェ食べたいんや!」

「抹茶はまだ目処が立ってないじゃない」

「でもそのうち出来そうな気がするんや。そん時俺だけ食えんとか我慢ならん」

 あー。

 その抹茶というものを作ったことのある子はいなかったけど、何故だかみんな熱心に研究をしていた。国民性とか言っていたけれど、食べ物のことになると何故あんなに情熱を傾けるんだろう。あの勢いを見ていると、確かになんだかそのうち実現しそうな気がする。


 この子たちが村にやってきて一番変わったのは食生活だと思う。

 料理人をしていたという子と食い道楽というものをしていた何人かの子たちが協力して、マヨネーズを始めとした色々な調味料やそれを利用したレシピが大量に作られた。

 これはナマモノだから売れないけど、今はジャムとかオイル漬けとか、いろいろな保存食を作る実験をしている。この村の人はもう以前の食生活に戻れそうにない。


 そうだそうだ。それで旅立ちだ。

 今、僕は高速の乗合馬車に乗っている。6人乗りの車内に3人。デュラはんは数には含まれない。流石に村と同じようにそのまま生で持ち歩くことはできないから手提げ鞄の中に入って僕の膝の上にいる。鞄を開いて中を覗けばデュラはんと目が合う……謎の状況。


 旅か。

 僕は教都コラプティオで生まれ育った。このキウィタス村とコラプティオしか行ったことがない。神父はいろんな村を回ることも多いから旅の心得は学んでいるけど、実体験はあまりない。そしてその機械の国、カレルギア帝国はコラプティオのある地域とは別の魔女様の領域にある。

「魔女様?」

「そう。あれ? デュラはんは村以外はあんまり知らないんだっけ」

「そうやなぁ。村の周りをウロウロしとったくらいかなぁ。その前もあんまデュラハンしてないねん」

 デュラハンしてない?

 そういえばデュラはんは転生してすぐにデュラハンの組合から逃げてきたんだっけ。組合? 自分で言ってて常識との乖離にくらくらしちゃうよ。

「首無し馬に乗って色々な人のところに行ったんでしょう?」

「まぁ血ぃぶっかけに行っとったけど好きでやってたわけやないで」

「わかってる。そういえばデュラはんの世界には魔法がないんだよね? これから行くカレルギアも魔力が乏しいんだ。だからデュラはんの元いたところに似てるかもしれない」

「おっ! ほんまに?」

 デュラはんはにこにこ笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る