第31話 依頼

 渉は日本に戻ると足早に進み、目的の人物を探す。

 召喚現場の学校駐車場。現在の時刻は9時であったが、多くの異世界課職員が現場に来ていた。

 現場指揮官を務める人物を探し出した渉は多くな声で彼を呼ぶ。


「井上!」


「あ、加賀美さんお疲れさまです」


 声を掛けて来た渉に返事を返す井上。だが、普段と様子が違う渉に気が付く。


「井上、大至急だ。大至急この場の職員を集めろ」


「…わかりました」


 そう渉に告げると、無線でその場の職員に集合を掛ける。大至急という井上の無線で、走って集合した職員達。整列も待たずに渉は声を掛ける。


「全員傾注!今から15分後だ。15分後、学校グラウンドに召喚された者達が帰ってくる。今回戻ってくる被害者のほとんどが衰弱している、特に大人たちの状況がら悪い!救急車両の手配と病院の確保、衰弱の激しい者から搬送する!後1000人分の食料を至急調達してこい!出来るだけ胃に優しい物を用意しろ!以上だ。井上後は任せる!」


 碌な説明も無く、そう告げると再びその場から消えた渉。それでも井上は渉の言った事に対し指示を出していく。


「A班は緊急車両の手配と警察への連絡、BC班は食料を調達してこい!D班はグラウンドの状況確認をしろ!時間が無い行動開始!」


『はい』


 一斉に動き出す職員達。井上は被害者の状況確認のためグラウンドに向かう。状況確認のD班と小走りに向かいながら対応を職員に告げていく。


 きっかり15分後、グラウンドに光が現れ消える。渉と共にそこには多くの人達がひしめき合っていた。


「良く帰ってくれた!疲れている処悪いが帰還状況を確認したい!生徒達は学年クラス事に集まってくれ!西に1年、南に2年、3年は東側へと動いて欲しい!動けないのであればその場で待機、職員や業者の方も動かず中央待機してくれ!異世界課職員が周り点呼を取る」


 そう声を掛けられゆっくりと動き出す生徒達。それでも若さゆえか動けない者はいなかった。

 状況が悪いのは渉が言っていた通り大人達だ、ぐったりと座り込んで動けない。中には横になったまま意識が無い者も居る。


「間も無く救急車両が来ます!落ち着いて!慌てず指示に従ってください!」


 警察や消防に連絡をとったA班がそこに合流してくる。

 D班は大人達の体調を確認し色紙を渡す。赤・黄・青と緊急性を表し、赤が最も緊急性を要する表示となる。救急隊員が、誰を優先的に搬送するか一目でわかるように表示しているのだ。


「お願いします!校長を最優先で搬送してください!」


 そう叫んでいたのは男性、学校教員であろう。その声に素早く対応する異世界課職員は、横になったまま動かない男性に赤表示をし、応急処置を始めた。


 状況確認をする井上に渉が歩み寄って来た。その表情はやはり険しい。普段の彼とやはり違う、井上はそう感じた。


「井上。俺はがあるから向こうに戻る。が無いか確認しといてくれ」


「こっちは任せてください」


 召喚された者たちと一緒に戻って来た渉。現場指揮官である井上に次の行動を伝える。

 向こうの状況を確認した渉が戻って来た際、未帰還者を報告する必要がある。帰還者の点呼を取るのだ。


「それと伝言を頼む、皇女様に『すまない』、と」


「…わかりました、お伝えします」


 そう言い残し、再び渉は消えていく。





 救急車両が何台もグラウンドに飛び込んでくる。それを確認した井上は少し安心した。

 おそらく渉が何かしらしているだろう。それでも医療の心得が無い井上は不安だったのだ。


 と、そこへ一人の若い女性が現れ、声を掛けて来た。


「現場指揮官の方ですか?」


「はい、井上です。生徒さん…ではなさそうですね。失礼しました」


「はい、教員です。飯田美香と申します」


 微笑みながら美香が答える。生徒と言われても遜色ない彼女の見た目から、そう思った井上だが、生徒はタイトスカートは履かないと思い直したのだ。


「それで、要件はなんでしょう?」


「要件、という程のことは無いのです。動けそうなのが私しか居ないみたいでしたので、こちらに伺いました。お礼を言いたくて、この度の対応ありがとうございます」


「当然の事をしたまでです、お礼は不要です」


 そんな井上の態度に一瞬きょとんとした美香。


「それよりも、今はご人身の心配をしてください。貴方も被害者、何があったかは後ほどお伺いしますので、少しでも身体を休めてください」


 井上がやさしく美香を諭すが、他にも何か聞きたいのか、その場でどうするか迷っている様子が伺えた。

 察しの良い井上は、自分から声を掛ける。


「どうしました?他にも何か要件がありそうですが?」


「あ、あの…。か…加賀美さんはどちらに?」


 その雰囲気にピンときた井上、彼女の態度が全てをも物語っている。

(赤い顔、モジモジとした行動、誰が見ても分かる)


 余計なお世話かとも思ったが、それでも何となく井上は美香にこう告げ居ていた。


「やめた方がいい、彼は私達とは違う。生きている時間ですら違う、そう聞いています」


 一瞬何を言っているのか理解できなかった美香だが、理解が追い付きその言葉を噛み締めてる。それでも続きの言葉を待つように、真剣な表情で井上を見つめている。


「失礼。何をいっているのかな私は…。それでも何となくですが言っておいた方が良い。そう思ったのです。それはです。今なら十分引き返せます」


「フフフ、そうですね。そうかもしれません」


 井上から目を離し、生徒達へと目を向けると、誤魔化すようにそう言う美香。


 それでも強烈であった、眩しかった、その救い手の手が、救われた自分が…。


 時間にしてしまえばほんのひと時、そんな出会いである。それでも落ちていく自分を感じた美香。


「ですが、吊り橋でも一度灯ってしまった心に、落ちてしまった気持ちに、嘘は吐けそうにありません」


 恋に落ちる。人はそんな表現をする。


 その表情、横顔を見た井上は、やはり余計はお世話だったと感じる。

 自分にも経験はある。その気持ちに歯止めが効かない事も知っている。これ以上は余計になるだろう。




 井上は美香から視線をグラウンドに戻し、現場の様子を見つめる。





〇●〇●〇●〇●〇






 姿を消した渉は今、帝城、謁見のまに在った。

 目の前にはガウン姿の皇帝、彼はつい先ほどまで女を抱いていた。そのへ日本国からの使者が来たと報告を受けたのだ。

 いろいろな世界の王族を見て来た渉だが、そんな皇帝の姿に呆れている。


 周りの兵士も煩わしかった。多くの兵士が渉を睨みつけているのだ。

 先程迄騒がしく「頭を床につけて待機しろ」と喚いていた兵士達を無視し、立ったまま待機していた渉。


 皇帝が現れ、王座に座ってもその態度を崩していない。


「どうやって来た?」


「異世界を渡ってきた」


「そうか、ならば我に使える事を許す、存分にその力を使うが良い」


「断る」


「切り捨てろ」


 短い言葉の遣り取り、渉が断ると即座に剣を抜いた複数の兵士が飛び掛かってくる。だが、飛び掛かったその場から兵士達は消えていた。


 呻き声が何処からともなく聞こえて来る。声の元を辿る様に視線を向けるその先に、飛び掛かったはずの兵。手足の骨は折れ、壁にめり込んでいた。

 まったく見えなかった渉の行動、それに感心したのか再び皇帝は渉に告げる。


「すごいな、やはり我に使えよ」


「馬鹿に使える気は毛頭ない」


「ふっ、軍団長!」


「はっ!」


「兵に命じて男共の竿を切り捨てろ!女共はすべて犯せ!!」


「畏まりしました!副団長!皇帝の命である行け!いいてすべての兵士に号令を掛けよ!」


 皇帝を護衛する軍団長が、待機していた副団長にそう命じると、駆け出していく。ニタニタとその表情を歪めた皇帝だが、渉の表情に変化は無い。


「どうした?貴様の所為であろう。慌てたらどうだ?」


「やれるもんならやってみろ」


「どういう意味だ?」


「すぐに解る」


 皇帝の横で顔を真っ赤にしながら怒りを表す軍団長だが、あくまで2人の会話。皇帝の言葉を遮る事は出来ない為、渉を殺しそうな目で睨んでいる。


 黙って佇む渉、皇帝もまた沈黙したままだ。数分後、先程走って行った兵士が飛び込んでくる。


「軍団長、ほ、報告します!」


「なんだ!」


 怒りをそのままに返事を返す軍団長。それでも緊急故声を張り上げる兵士。


「召喚した者達がどこにも見当たりません!逃げられたようです!」


 その言葉を聞いた軍団長は、剣を抜きながら渉へと勢いよく近寄っていく。


「何をしたぁぁああ!!!」


「元の世界へ、日本へ帰した」


 勢いそのままに、気合とともに振り降ろされた剣。渉は動く様子を見せない。


 斬った。


 そう軍団長が思った時には足元に何かが落ちて来た。

 

 それは剣を持った彼の両腕、自分に何が起こったのか、無くなった両手を視認し、痛みが伝わると、軍団長は悲鳴を上げる。


「ぎぃぃぃぃいいいいやぁあぁあああああああああ!?」


「うるさい」


 渉の一言で黙り込み、その場に崩れ落ちる軍団長。白目を剝き、その口から泡を吐き倒れている。軍団長は意識を飛ばされていた。


 皇帝も兵士達もその出来事が理解でき無い、渉の動きがまったく見えていない。

 何をされたか見えなかった。何をされるか解らない。理解できない出来事は恐怖を生む。思考を巡らせるが、動けないままだ。無言でその様子を見つめ居ている。


「さて、静かになったところで本題だ」


「な、なんだ!」


 一連の行動が渉の不気味さを引き立てていた。皇帝はその顔に不安と恐怖を浮かべるが、それでも皇帝らしく返事をする。


「この世界の神から依頼を受けた。この大陸すべての人族を抹消してほしい。そんな依頼だよ」


「依頼?抹消とはなんだ!?そもそも神とは何だ!?」


「深く理解する必要はない。それでも神についてだけ教えてやろう。神とはこの世界を創り、管理している存在だ」


「なんだそれは!?知らぬ!我らは知らぬぞ!この世界を創ったのは我の祖先だ!ならば神とはその血を受け継ぐ我の事だ!今は我がこの世界をまとめ、愚民どもを管理している!すべて我の物であり!すべてを我が決めるのだ!!」


 そんな事を喚き散らす皇帝に、ホトホトあきれ果てた渉。


「本当に以上に愚かな存在だ、救えない」


「なにを、何を言っている!」


「3か月だ、3か月でこの星に生きるすべてのを抹消する、何が起こるか震えて待てばいい」


「本当に貴様は何を言っている!星とは何だ!?旧人類とはいったい何なのだ!?」


 焦りを浮かべ問いただしてくる皇帝だが、渉はニヤニヤと笑みを浮かべている。だが普段と違い、その目には何も映っていない。映していないのだ。


 皇帝が更に問い質だそうとした時、渉の姿は霞のよに消え去る。




 出来事の異常さ。謁見の間では、すべての音が消え去っていた。




 


 



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