第29話 耐え忍ぶ

 ※少し気分の悪い展開となります


────────────


 そこは薄暗い場所であった。


 窓は無く、足元に通気口のような隙間が見える。三方を壁におおわれ、一方が太い木の柵、同じ造りの部屋が横と正面に並んでいる。

 天井も高くなく、どちらかというと低い。


 狭い家畜小屋。


 そんなイメージがもっとも近いだろうか。そんな場所に閉じ込められ、すでに二晩を経過し、三日目の朝を迎えている事を隙間から見える光が物語っていた。


 日差しが恋しい、そう彼女は思う。


 周りを見渡せば、薄暗がりの中に生徒達が確認できる。恐らく他の部屋も同じだろう。横は壁で正面もその暗さの為、うまく確認ができない。

 連れてこられた当初は、様々な方向からすすり泣く生徒の声が聞こえていた。居るのは間違いない。たが、すでにそんな声も聞こえなくなっている。


 一人一人に与えられた空間も狭すぎる。狭い空間で生徒達は体育座りをしているが、横になる程のスペースは無い。


 一部屋におよそ50人が並んで座っている状態。

 

 動けば前後左右の人と身体が触れる程の距離。すし詰め状態。


 1000人近い人数を収容出来ている事から、場所自体は広い筈だがとてもそんな感じはしない。


 トイレも問題だ。後方隅にあるトイレから異臭が漂う。腰程度までしかない囲いのトイレは、立ち上がり囲いの横迄行けば丸見えあり、2枚の木に足を乗せ穴に落とすだけの仕組み。暗い事が逆に救いだ。


 足もとの通気口から漏れる光が無いと、おちおちトイレもできない。夜など暗闇に目が慣れないと足を踏み外し、穴に落ちてしまうかもしれない。

 トイレに行こうと、移動するだけで誰かにぶつかる。


 女子生徒達は泣いていた。男子生徒も無言で座っている。


 そんな生徒達に、巡回兵の目を盗み励ましの声を掛ける彼女。

 大きな声だと兵が気が付いてしまうかも、そんな考えもあったが、彼女なりに精一杯生徒達に声を掛けていく。


 せめて寝る事だけでも出来れば…。眠くはなるが寝かせて貰えない。15分置きくらいだろうか、数人の兵士が現れ銅羅を何度も鳴らし去ってくのだ。

 兵士達はこの場で見張っている訳では無い。異臭が嫌なのだろう、定期的に見回りに来て、銅羅を鳴らし戻っていくのだ。

 

 この建物の作りは、中央で銅羅を鳴らせば響き渡るように出来ていた。響き渡る反響音がいつまでも耳に残る。


 最初に連れてこられた時、建物の状況は確認している。出入口は一か所のみ、だがその出入口は縦に5m程の間隔で3枚在った。

 出入口からの光で確認出来た限りでは、通風孔が見えるだけで他はすべて硬そうな壁。

 逃走防止であろう。そう考えていたが、光を出来るだけ取り込まない、そんな仕組みにもなっていた、と後で気が付く事となる。


 今現在までに食事は無かった。死なない程度の水の配給のみ。狭い空間に多数の人が密集すれば、蒸し暑くもなってくる。喉が渇くのだがろくに水も飲めない。


 暗く蒸し暑い。異臭や体臭が充満し食欲は出てこないが、空腹をお腹の音が訴えていた。その上睡眠不足が思考を鈍らせる。


 横の生徒と寄り添いながら、まもなく来るだろう兵士に気づかれないよう、今はただ黙って目を瞑り座っている。


 この環境すべてが心を壊すための物。



──これは、洗脳のやり方だ。



 思考を鈍らせないため、彼女は様々な事を考える。この後考えられる展開。おそらく近いうちに見せしめを作る。


 恐怖は味わっているのだ。鈍った思考に止めを刺してくる、そんな可能性を考える。7日も経てば真面まともな生徒はいなくなるだろう。


 狂った心に停止した思考。後は甘い汁を与えればいい。今の苦痛を忘れ、快楽におぼれて行く。手柄を立てれば褒章と自由が手に入ると錯覚する。


 だけど自由など存在しない。


 失敗すればここに戻される。もう二度とこの場に戻りたくない、そんな生徒は必死になるだろう。従順な兵士の出来上がりだ。


 ふと召喚時の光景を思い出す。彼女は怒りを胸に心を奮い立たせる。





〇●〇●〇●〇●〇





 「えっ!?何??」


 思わずそう声を上げた女性。


 気が付けば、教室から青空の元へと状況が変わっていた。彼女は手元の端末から、英語の問題を生徒に送信しようとしていたはずだった。


 少しの間、呆然と空を見上げていた彼女。

 

 その耳にざわめきが入ってくる、ゆっくりとその方向を見れば、沢山の生徒達が見える。それどころか教員や食堂の人達もちらほらと見えていた。

 彼女の身長はそれほど高くは無いため、全部が見えたわけでもなかった。それでも見える範囲で感じ取った。


「全員、召喚?され…た?」


 こう言っては何だが、彼女の務める高校は結構な人数が在籍している。生徒だけで1000人近くおり、それに加え教員や職員、外部の業者など、もろもろ1000人ちょっとこの場に居る計算となる。


 生徒達の顔に見覚えもある。1年生から3年生まで。すべての学年の生徒がいるようだ。

 全員という訳では無いが、自分が担当を受け持つ生徒の顔位は分かる。


 彼女は新任でこの高校に配属されている。今の3年生が1年の時に、勉強の為と、1年間研修の様に新入生クラスの副担任をしていた。

 新人教師と新入生。若い彼女は生徒達との関係も良好で、一緒に過ごした2年間で絆も強くなる。今年受験を迎える当時の1年生達から頼りにされても居た。


 そんな彼女も当然中学時代に『異世界課』の教育を受けている。


 生徒達の顔を見て、少しだけ安心したのもつかの間。逆方向を見れば、粗末な環貫衣を着た何人もの人達が倒れている。その向こう、壁際に多くの武装した兵士が立ち並んでた。

 倒れた人達を助けるそぶりは無い。感情がみえなかった。兵士達から視線を背け、倒れたまま動かない人達を伺って見れば、その顔色は悪く、生きている様に見えなかった。


 死んでいる。


 そう感じ一瞬で不安に覆われ、恐怖が身体を突き抜ける。そんな中大きな声が響き渡る。


「うるさい!!静かにしろ!!!!」

 

 恫喝が響くと、ゆっくり生徒達の騒めきが収まっていく。そして静かになった事を確認した声の主はとんでも無いことを言う。


「喜べお前達!今、この瞬間よりお前たちのすべてが陛下の物だ!死ぬまで陛下のために働けることを光栄に思い努めるが良い!!」


 何とも形容しがたい言い方だ。声の方向に向き、自分たちがどんな場所に居るのか理解していく。


 闘技場、そんな場所であった。


 数段高い位置に設えた豪華な部屋。その豪華さに負けない椅子に、派手な衣装を纏い、足を組み、頬杖を突く人物が見えた。


 その横には鎧を着こんだ体つきが良さそうな男性。おそらく此方が今声を上げたのだろう。


「今からお前達はある場所へと移動する、質問は受け付けない!兵士に従って動け!さもなくばこの場で斬る!以上だ!!」


 理不尽しかない。彼女はそう感じていた。


「お待ちください!!」


 そう言いながら、生徒達を掻き分け、陛下と呼ばれた人物の前に出て来たのは、校長であった。


 彼は生徒想いで知られており、毎朝校門に立ち、通学する生徒達に声を掛るような人物でもあった。見た目から優し気な人物。生徒やその親御さんからの信頼もある。


「どうか、状況を教えてください!お願い致します!」


 そう言って頭を下げた校長を、見下したように見つめた陛下と呼ばれた人物は、横の鎧の人物に手招きをすると、その耳元に何か話しかけている。


 鎧の男が階段を中段まで降る。どんな話があったのか、その行動は遠くて判り辛いが嫌な予感しかしない。


「其奴を取り押さえろ!片腕を斬り飛ばせ!まだ殺すな!何か使い道が有るやも知れぬゆえな!!」


「な、なにを!??」


「「「……」」」


 無言で2人の兵士が校長を取り押さえる。すると正面に周った兵士がゆっくりと剣を引き抜き振り下ろした。


「うぎゃああああああああ!」


 血しぶきが舞う。切り落とられた腕を兵士は拾うと、その手を陛下に掲げていた。


「校長先生!!!」

「校長!」

「先生が、校長先生の手が…」

「うえええぇぇぇ…」

「「「「いやー----!」」」」

「噓でしょ…」


 様々な悲鳴が飛ぶなか、救護職員の先生が腰のベルトを外しながら校長の元へと飛び出す。ベルトで校長の斬られた腕を絞め止血している。


「うるさい!!静かにしろ!!黙れと言っている!!!」


 衝撃的な現場を近くで見た生徒はその場に蹲っていた。呆然としている生徒もいた。そんな光景に教員たち大人も黙り込む。


「いいか!何度も言わせるな!お前達は黙っていう事を聞けばいいのだ!!それとも死にたいのか!!前に来い!斬り殺してやるぞ!!」


 鎧の男は更に恫喝して来る。とうとうその場の全員が何も言えなくなっていた。


「よし!では兵士に続け!ただし大人は別だ!この場に残るがいい!」


「「「「「……」」」」」


「良い所に連れて行ってやる!暫し待機していろ!!」


 皆何も言えず、只だまって鎧の男を見つめている。


 陛下と共に姿を消した鎧の男性。しばし続く沈黙の中、兵士達が動き出す。そんな中、急に腕を引かれた彼女。その人物に引っ張られ、生徒に紛れる。


「校長からの頼みだ…、聞いてくれるかね?」


 ぼそぼそと言ってくる人物は教頭。兵士に気づかれないよう、何気ない動きでこちら迄来ていた。


「君が我々の中で一番若い、なんとか生徒に紛れてくれないか…、そして少しでも生徒達の力になってあげて欲しい。お願いだ」


「教頭先生…」


 悲痛な面持ちで話す教頭、彼はケガを負った校長の言葉に同意し、彼女の元迄きた。見た目少し童顔な彼女であれば、生徒と勘違いしてくれるかもしれないと。

 

「もしかすると我々はこの後…、いや後で考えよう、まず生徒だ。生徒達を支えて欲しい、頼めるね?」


 彼女の人気を知っていた校長と教頭。生徒達だけではなく、若い彼女なら生き残る可能性が有るかもしれないと。

 

 それでも一人では辛いだろう。大変だろう。そんな事を考えたが、今は一刻を争う。有無を言わせない状況での提案。


「……」


 彼女は黙ってうなずいた。そして上着を脱ぐと、白のブラウス姿になる。隣の女生徒に声を掛けネクタイを借り、それを絞めた。

 スカートはタイトとプリーツの違いはあるが、上半身だけみれば生徒に見えない事も無い状況を作り出す。


 来ていた上着を手に持ち、教頭に向き直り再度うなずく彼女。新任のころから携わっていた教頭は、そんな彼女の行動を目にしを心から喜ぶ。


 二度と会う事は無いかもしれない。


 兵士に連れられ、生徒達に紛れ去って行く彼女。教頭自身も死にたい訳では無い。それでも若者たちが先に死んでしまう事に憤りを感じる。


 どんな方法を取ったのか、すべてを承知した顔で大人達は黙って生徒達を見送っていた。





〇●〇●〇●〇●〇





 召喚時の光景を思い出し、心を奮い立たせる彼女。一人で戦っている訳では無い。周りに生徒達もいる。

 託してくれた教員職員や大人たち。


「負けるもんか…」


 そう彼女は呟く。

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