第18話 ご対面

 翌日、真紀が午前の勉強会をしていると、扉がノックされ使用人女性が部屋に入って来る。その女性は講師の所に向かうと、何やら耳元で囁いていた。


 来たのかな?そんな事を真紀は考えていた。


 案の定、講師が真紀に対して、謁見の間に向かうよう指示する。真紀は女中に案内され、そのまま部屋を退室、謁見の間に向かうこととなった。




 豪華な扉、その左右には近衛だろうか、数人の兵士が待機していた。扉が開かれ中に入ると、見慣れた背広を来た男性と、昨日会った彼が待っていた。

 一段高い奥には国王らしき人物、その横に騎士がおり、手前には例の王子と一緒に召喚された彼女、咲が居た。


 昨日、散々話をした背広の男性、渉を初めて見た真紀は少し驚いていた。


 きっちりとした紺の三つボタンスーツ、嫌味にならない程度派手なネクタイ、髪は長くもなく短くも無い清潔感ある長さ、背は175cmくらいだろうか、顔の見た目は普通よりやや上。


 だが問題なのは、見た目が若すぎた。


 話した感じでは、もっと年上を想像していた真紀は、その見た目の若さに一瞬言葉を失う。


「揃った様なので始めましょうか」


 そんな渉の言葉に国王は黙って頷く。


「お初に御目に掛ります、私は日本国より全権を委任された使者、名を加賀美渉と申します」


 そう言って、恭しくお辞儀をし、次に横に居る彼を紹介する。


「そして、こちらは立会人になります。アンセル国第一王子、ルフェルト・デラ・アンセル殿下になります」


 一瞬彼と目が合う真紀、ルフェルトは真紀を見つめた後、国王に直り礼を取る。


「日本国の使者よ、私がこの国の国王デラン・ノブル・ルンドンバルである。そしてそこに居るのが、私の息子、ギルバート・ノブル・ルンドンバルだ」


「ご紹介いただき、ありがとうございます」


 そんな言葉を交わす二人、真紀はふと疑問が浮かぶ。なんだか手順が違わないか?と。


「この度の謁見の内容について、ご説明させていただきます。ただ、私はこの国の礼儀に疎い為、失礼な態度をとるやもしれませんが、何卒お許しください」


「良い、話を聞こう」


「ありがとうございます」


 やはり、何か変だと感じる真紀。だがそんな考えは次の渉の台詞で吹っ飛ぶ。


「では、我が国の国民。邦人拉致誘拐についてお話させていただきます」


「なんだと!!!」


 渉、言い方!

 

 渉の失礼な言い方に怒りを覚え、大きな声を上げる王子。(内容は事実)その横で控えていた咲もまた驚いている。だが、国王が一喝し黙らせる。


「騒がしい、黙っておれ!」


 そんな国王の一言で黙り込む王子。それでも尚渉を睨みつける。


「では、続きを話して参ります。今回の事件、発端はこの世界における聖女の誕生が遅れた事が、そのそのも始まりです。そんな危機を打開する為、ギルバート王子が先導し聖女召喚が行われました」


「そ、そうだ!その通りだ。私はこの世界の危機を憂い、人々を救うため召喚を行ったのだ!」


「立派な心掛けです。それがであれば尚良かったのですが、実際は違います」


「「「えっ!?」」」


 思わず声を上げたのは、真紀と咲、そしてルフェルトであった。その頭の中は混乱している。だが、ギルバートの顔色は急激に蒼く変化していた。


「実際はこうです。幼い聖女が育つまで時間が掛かる事を此れ幸い、と考えた王子は異世界から無理やりにでも聖女を攫う事を思いつく、手に入れた聖女は自分の物。聖女の力は自分の力。他国に対して事を優位に運ぶため、黙らせる為に召喚した」


「そ、そんなことは「黙れ!」…」


 渉を遮ろうとしたギルバートは、国王に再び一喝され黙り込む。


「実際、この国は未だ被害を受けていない。それでも聖女を召喚した。瘴気被害で弱った他国に対し、聖女を派遣する事で金銭をむしり取り、国力を落とした所で侵略する。この大陸すべてを手に入れる。それが王子が描いた考えです」


「……っ!」


「王子の考えに賛同した貴族達に対し、誰にどの土地を渡すのか、そう約束されれた証文も証拠として押さえてあります」


 ギルバートは無言で俯いているが、周りも唖然としてギルバートを見つめている。当然であった。そんな考え、この場に居る誰もが賛同出来ないのだ。


「召喚された聖女が美しければ手籠めに、好みでなければ奴隷に、そんな事も考えていたようです」


 真紀は思わず叫び出しそうになるほど怒りを覚える。ギルバートの横に居る咲もまた驚いて睨みつける。一歩間違えば奴隷だったのだ、二人の怒りは当然であった。


 証拠まで押さえられ、黙り込むギルバート。そんな彼に追い打ちを掛ける。


「残念ですが、その願いは叶いません。彼女達はあなたの物にはならない」


 その言葉に歯ぎしりするギルバートだが、渉の次の言葉でさらに驚愕する。


「もっとも、貴方が気に入っている御崎咲さんですが、彼女は強制送還です。この世界の害にしかならないので強制的に帰っていただきます」


「なんだと!?」「なんですって!?」


 驚愕したのはギルバートだけでは無かった、その言葉に咲もまた驚いていた。


「御崎さん、あなた日本で何したんですか?詐欺で告発されてますよ。その上異世界に来てまで詐欺とは…、本当に何してるんですか?」


「ちょっと!告発ってなによ!それにこの世界でもってどう言う事よ!?」


「あ、知らなかったんですね。告発については戻ってからじっくりとお聞きください。この世界での詐欺、貴方は聖女では無いということです」


「そんなバカな!俺は確かに確認したぞ、聖女適正は検出されたんだ!」


 今にも飛び掛かってきそうな二人を、片手を上げその場に留まるよう促す。一瞬我を忘れかけた二人は、怒りを堪えながらもその場に留まった。


「ご説明しますね。あなた聖女ではなく『傾国』なんですよ、知ってますか?傾国。悪女の代名詞ですね~。その輝きは確かに眩しいですが男限定、聖女とは全く性質が異なります、男を誑かし国を破滅させる存在なんですよ。この世界の適性検査は改めた方がいいんじゃないでしょうか」


「け…傾国」


「悪女の代名詞だと…」


「傾国って、男の精力を奪う事でも有名なんだよね~、ある意味ではですかねw」


 如何にも小馬鹿にした言い方で二人を煽る渉、ノリノリである。


「このっ!言わせておけば、俺の愛する女性を愚弄するとはっ!近衛、近衛騎士達入って来い!この場にてこの無礼者を切れ!!」


 騒がしく喚き立てるギルバートに、気が付いた騎士達数名が、扉から雪崩れ込んでくる。が、状況が理解できない。


「いいから其処の無礼な男を切れ!切り殺せ!俺の命令だ!!」


 王族の命令である、状況の把握が出来なくとも、騎士達は抜剣し構える。が、一国の使者であるとも聞いているため、切り掛かる事を躊躇う。ギルバートより常識があった。


 そんな様子を黙って見つめる国王と、その横に控える騎士。


「副団長!お前で良い、さっさと其奴を殺せ!」


 唾を飛ばしながら、そう怒鳴るギルバート。

 仕方ないと、考え剣を蜻蛉に構える副団長と呼ばれた男、じっくりと渉を見つめる。渉はゆっくりと右手を前に、左手を顎に置き構えた。


 その構えを見て副団長に緊張が走る。


 強者である。そう感じた副団長は、油断せず、相手の間合いの外からジリジリと間合いを詰める。

 鋭い呼吸、一足飛びでそのまま袈裟から切りつけた。だが、


 ”ゴウン!!”


 気が付けばそんな音が響き渡っていた。皆何が起こったのか理解出来ない中、


「ヴォブバグゲェェエエ」


 そんな訳の解らない言葉と共に、兜から吐しゃ物をまき散らし、腹を抑えて蹲る副団長。


 一瞬の出来事、副団長は鋼の鎧を装備していた、にも拘らずあの苦しみよう。

 魔法の兆候も無かった為、他の騎士達は状況を理解出来ないでいる。


 そんな中、国王の横に居た騎士、彼だけが渉の動きを辛うじて把握した。


 彼こそが、この国の近衛騎士団長なのだ。だが、その目を以てしても、辛うじてで見えただけである。


 渉はまず、飛び込んで来た副団長を、体捌きで斜め前に躱す。


 一瞬でさらに間合いを詰めた。 


 右手を外に円を描く様、相手の肘を支点に剣を受け流す、流した右手で切り返しの邪魔をし、そのまま掌を腹部へ当てがった。


 そこまでは解った、だがその後の衝撃音に理解が追い付かない。

 あの距離で有効な打撃が打てるはずが無い!

だが、あの苦しみ様はなんだ?騎士団長は、その技を理解出来無いでいた。


 渉は方はのんびりしたものだ、実際本気で打ち込めば相手は死んでいる。その動きはこの場の誰にも捉えられないだろう。


「今の技は…一体何だ」


 思わずだろう、冷や汗を額に浮かべる騎士団長の呟きに渉が答える。


「寸勁?纏絲頸?解りづらいかな、あ、『鎧通し』が一番分かり易いですかね。その名の通り、硬い鎧の上から相手の内部に衝撃を与えて、破壊するんですよ。もちろん魔物にも有効ですね、内臓を鍛える魔物なんていませんから」


 騎士団長は唖然とした。


 この世界は剣と魔法の世界、硬い魔物に素手で挑む者は居ないのだ。

 もっともこの世界にそんな技術をもった達人は居ない。有効だからと使う者も当然居る筈も無かった。武器を持たない素人が、最後の足掻きで殴り掛かるくらいだ。


 しばらく流動食かな、などと呟きながら国王を見る渉。


「「「「「「「「……。」」」」」」」」


 皆、渉の強さに言葉が出ない。


「て、事で御崎さんの強制送還は決定事項。異論反論は認めません」


 黙って頷くしかない。周りを見渡し満足げな渉は、もう一人の人物、真紀についての話をする


「では、続いて河田さんですが、彼女はアンセル国へ行くことを希望しています。少しでも力になりたいそうですよ?」


「なんだって!何故、そんな命を危険に晒すような事を!」


 そう叫んだのはルフェルト。自分の国が今最も危険であると承知していた、故に真紀の考えが解らない。


「殿下、どうか私を貴方の国にお連れ下さい」


「何を馬鹿な事を言っている!元の世界に帰れるんだぞ!わざわざ危険な国に来る事なんて無い、命の保証も無いんだ!!」


「そうですね、危険な目に合うこともあるでしょう」


「ならどうして!?」


 ルフェルトは悲し気な瞳で、叫びながら真紀を見つめる。だが、真紀は決意の表情で彼に応えた。


「私、私ね、あなたの笑顔が見てみたいの…」


「…え?」


「昨日初めて出会ってから、私はで、心から笑う貴方が見てみたい」


「!!」


 ルフェルトは次の言葉が出てこなかった、それは彼女の眼差しが、本気だと物語っていたからだ。


「私、両親を亡くしているの…、身内はもう誰も居ない、天涯孤独なの…、あ、でも大事な友達はいるのよ?心の底から大事だと言える親友」


「なら!」


「でも!私のように両親を亡くす子供達はもっと見たくないの!悲しんで欲しくない!何も出来ないかもしれない…、それでも少しでも泣く子供を救いたいのよ!!そして、みんなで笑い合いたい、心の底から笑うのよ!平和を取り戻せたとみんなでね!!」


「……だが君は、君には力が無いはずだ」


「そうね、には力が無い」


 そう言いながら、渉へと振り向く真紀。


 まるで告白シーンの様なやり取りだったが、彼女の気持ちは昨晩確認している。

 渉は溜息をつきながら、ある物を収納から取り出す。


 それは横笛と扇子二面であった。


 取り出したそれらを真紀へと手渡す。すると突然真紀の身体が眩く光り出した。


「一体何が!?」


 光に目を顰め、ルフェルトがそう叫ぶ。次第に真紀の身体からその輝きが薄くなっていく。


 自分の身体を確認しながら、真紀が呟く。


「うん、何となくだけど解るわ、力の使い方が」


「あぁ~、やっぱり適性があったかー、日本での習い事も反映したかな、ダンスとか吹奏楽とかやってなかった?」


「そうね、日舞で舞や笛なら習っていたわね」


「あはは、ぴったりだね」


 そんな会話を繰り広げる、渉と真紀。国王も今起こった現象を不思議に思い問いかけて来た。


「一体今のは何だ!?」


「あ、今のですか?説明長くなりますが聞きます?」


 当然頷く国王、まわりに居る者達も聞き耳を立てている。


「ごほん、では説明します。今渡したのはで瘴気を払う事が出来る職業の道具、神具と呼ばれる装備ですね。彼女は確かに聖女ではありません。ですが、としての能力を秘めています」


「別の大陸?巫女とはなんだ!」


「言葉通りですよ、国王達がいるこの大陸、実際この星…と言ってもわかんないかな、そうですね、海の向こうにも大陸があるんです、大きさ的には、この国がある大陸が一番小さい位ですよ、当然その大陸にもいろいろな国があります」


「なんと…」


 自分達の世界だけで過ごしてきた国王やギルバート、ルフェルトですら驚いている。


 船を出せば、魔物に当たる。


 そんな世界では、外の世界、海の向こうは分からない、視野が狭いのも当然であった。


「それでですね、当然あちらの大陸にも瘴気は発生します。そんな瘴気を祓い、兵士を強化し、人々を癒す存在。それが巫女、正しくは神の巫女『神巫女かみこ』という存在ですね。聖女のような祈りではなく、舞や演奏を神に捧げ、神の力を降ろす存在です」


「それではまるで、聖女と何ら変わらぬではないか…」


「その通りです、なのでアンセルに行っても力になれますね、良かったです」


「馬鹿な!ならばその力は私の物だ!呼び出したのは私なんだぞ!」


 国王との会話に口を挟み、戯けたこと言い始めるギルバート。その言葉に心底呆れる渉。


「ねえ陛下?話しましたけど、コレ廃嫡したほうがいいんじゃないですか?他にも世継ぎはいるでしょ」


「たった今廃嫡を決めた。故にギルバートよ、今この瞬間より貴様は平民だ、王宮からさっさと出て行くがよい。何年か不自由無く過ごせる金銭も持たせてやる。安心して出て行くが良い」


「そ、そんな…」


「そうそう、元王子君に忠告しとくね?神巫女は神の使徒と一緒だから、彼女や彼女の大事な人達に手出しすると、神罰が下るから。間違っても手を出さないように」


 渉と国王は、どうやらこの会談の前に、すでに一度話し合いを済ませていたようだ。


 親指を下に向け、ギルバートに忠告する渉。


 先程からの行いで諦めのついた国王。


 そんな国王と渉の言葉を聞き、膝から崩れおちるギルバート、渉はニヤニヤといつもの顔を浮かべ追撃する。


「ねえねえ、今どんな気持ち?w そうだ、俺たちの国でこういった展開を何て言うか教えてあげよう。『ざまぁ!wwwおつwwwww』」


 膝どころか、両手まで付き項垂れるギルバート、その後ろでは目の焦点が合わない咲が放心状態で佇んでいたのだった…。






 渉、自業自得でもいいのでは? 












 









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