第16話 それぞれの考え

「う~~~ん…」


 むくりと起き上がった彼女は、目を擦りながらベッドの上で上半身を起こす。


「あ、やっぱり夢じゃないのね」


 そう言いながら、周りを見渡す。

 だがそこは彼女の部屋ではなく、見慣れない部屋。日本人の感覚で言えば質素な部屋だ。装飾も調度品も感覚的には豪華とは言えない。

 実際はこの世界に召喚されすでに4日経過しているが、この部屋が一般的であるのか、質素なのか判断はつかない。

 ベットも硬く、布団は重い。柔らかな自分のベッドを思い出しながら、彼女は溜息をつく。


「授業で習ってはいたけれど、いざ自分が召喚されるとは…なんだか変な気分ね」


 4日前、彼女達は召喚された。一緒に召喚されたもう一人の女性。


「あの人は、どうなったんだろう」


 自身が通う大学、そこで見たことが有るような気がした。入学して3か月ほどだ、中学高校と違い学生の数も多い。見覚えはあっても当然名前は知らない。


「学食だったかなぁ、杏が準ミスがどうとかいってった気がするけど、あんまり覚えてないわね」


 肩より少し長くなった黒髪を一纏めにし、ゴムで留めながら真紀は鏡を見る。顔色は悪くない、身体に変調もない。だが、食事の度にビクビクしている自分が居た。


「朝食かぁ、今の所とくに問題ないし、安心していいのかも」


 この春真紀は父親を失った。交通事故である。

 男手一つで大事にをだててくれた父、大好きだった。そんな父を突然失った。

 最初は何が起こったのか解らなかった。

 二人で頑張って来た、働く父の為、食事は真紀が幼い頃から作っていた。父が亡くなった後も、気が付けば2人分作っていたことも有る。

 失ってしまった父を思いながら、呆然としながら過ごす毎日。これから何をしたらいいのか判らなかったのだ。

 しばらく大学へ行く気になれず、休んでいたそんな真紀を心配し、同じ高校から一緒の大学へ進学した友人の杏が気遣ってくれた。

 週に何度か自宅に来ては話をしていく、楽しかったことや、くだらない話。それでも少しずつ心は落ち着いていく。

 そのおかげで真紀は、大学に通学できる程には復調したのだ。


「杏、心配してるかな…」


 父が亡くなってから多くなった独り言。

 父との食事はいつも真紀ばかりが話していた、そんな真紀を微笑みながら話を聞いてくれた父。幸せな時間を失ってしまった真紀、寂しさを紛らわす自己防衛だ。


「食事が済んだら、この世界の勉強と聖なる力についての勉強か~」


 どれいくらいこの世界に居ることになるんだろう。などと真紀は考えている。異世界課の職員が迎えに来る、と習ったが正直本当にくるのか解らない。ホイホイと世界を渡る人物など想像つかないのだ。


「一人部屋なのは助かるけど、勉強と昼食後の散歩以外全部この部屋って、なんだか監禁されてる気分だわ、せっかくの異世界なんだから自由に見て回りたいのに」


 そう、真紀の待遇は良いとは言えなかった。勉強は別部屋になるが移動時間も誰かしら傍に居た。部屋をでて少し廊下を進めば見張りもいる。

 何より不満があるのはお風呂である。お湯が入った桶とタオルを渡されたのだ、冗談かと思ったくらいだ。だが、その後も何か変化がある訳では無かったのだ。現代日本から来た、うら若き女性ならば不満しかでない。


「まったく、来るなら来るで早く来てくれないかしらね。お風呂が恋しい、杏に会いたい」


 そして再びもう一人の召喚者を思い出す。


「そういえば、隣にそれらしい部屋が無かったわね。勉強の時も彼女は居なかった…、一体何処に居るのかしら。攫われた?いや、の様子だとそんな感じはしなかったし…、考えても無駄ね、今は自分の事だけ考えて行動しましょう」


 ブツブツ言いながら身支度を整え、ベットに座っていると、扉がノックされた。

 案内の女性が現れると、考えをやめ立ち上がる真紀。


(さて、今日もお勤めがんばりますかね)


 心の中で、そうつぶやき真紀は歩いていく。




〇●〇●〇●〇●〇




「ごめんなさい、ギル。今日も体調が優れないの…」


 そう憂いを含んだ瞳で、正面で服装を整えている男性に声を掛ける女性、見た目少し派手ではあるが、美しいと言える女性、御崎咲である。


「いや、こちらが無理やり呼んだのだ。サクはまずは身体を大事にしてくれ」


 身支度の手を止め、そんな彼女を対し心配そうに声を掛ける。


 この国の王子、名をギルバート・ノブル・ルンドンバル。

 

 金髪碧眼、肌はつややか、心配そうに微笑むその顔は美男子、どこかの物語から出てきたような、王子であった。

 すでに名前どころか、お互い愛称呼びだ。


(ほんと、王子なんてチョロいわね)


 召喚時、素早く状況を把握した咲は、その場で最も豪華な衣装を着た若い男、ギルバートの胸に飛び込み泣きついた。

 自分の容姿に自信がある咲は、これで絆されてくれれば御の字だと思いながら、その身体を押し付けたのだ。


 この世界でも美しい部類に入る彼女を見たギルバートは、一瞬で虜となる。


 召喚された人物は2人居た。もう一人は黒髪が少し重々しく感じる女性。見た目や雰囲気的にも、彼がイメージする聖女と異なって居る。


 召喚した聖女は1人のはずだが、どうやら手違いがあったのか、2人召喚されていた。


 一瞬2人とも聖女なのかと考え、2人と見比べる、どちらが聖女であるかギルバートには一目瞭然であった。

 明らかに、今自分に飛び込んできた女性こそが聖女である、彼の目には彼女が輝きを放っている様に見えていたのだ。

 その身体の柔らかさと、温かさを感じながら、間違いなく咲が聖女であると思ったのだ。




 召喚場所であった聖地から、二人を王宮に連れ帰ったギルバートは咲を宮殿の一室へ、真紀を使用人区画の奥へと案内させる。


 咲の部屋は非常に豪華であった。


 場所も王子の部屋の隣、何かあればギルバートが即対応できる部屋へと案内されている。

 この3日、毎日ギルバートは咲の元に訪れていた、その度に咲は王子に抱き着き、心細い、不安であると耳元で囁く。


 そして昨晩二人は一夜を共にした。


(ほんと、見た目だけの童貞なんてチョロいわね、ちょっと処女を臭わせるだけでころっと騙されてるわ)


 その見た目から、当然モテる咲は中学時代には男性経験を済ませている。大学に通う彼女にとって男はアクセサリー程度だ。身体を許せばホイホイいう事を聞いてくれる道具でしかなかった。

 そんな咲にとって、童貞男子を手玉に取ることは容易である。


(若い見た目だけの男って、扱い易いわねぇ。そのうち異世界課が来るって話だから、それまで精々楽しんでも罰は当たらないわよね)


 不安顔を浮かべながらギルバートを見つめる咲だが、心の中ではチョロ男子美味しい、などと考えていた。

 そんな彼女を照れながら見つめる王子。

 昨晩ハッスルしたのだから、体調が云々言ってる時点でおかしいと気が付けバカ王子。


「今日も部屋で過ごしていい?」


「もちろんだとも、なんなら落ち着くまで一緒に居よう」


「まあ、うれしい。1人は心細いの、ギルの温もりは私を安心させてくれるわ」


「サク……」


 見つめ合い、キスを交わす2人。

 昨夜の興奮が冷めやらぬ元童貞君は、咲をベッドへ押し倒す。

 

 盛りのついた猿。覚えたての快楽に再び溺れていく。






 朝っぱらから二回戦突入、体調不良どこ行った。









 


 





 




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