第9話 探し人、勇者

「さて、始めますかね」


 そんな独り言をしながら、渉は辺りを見回す。

 この世界は20年ほど前に、やっと魔王軍との戦争が終わった世界である。

 戦争初期、圧倒的な戦力を誇る魔王軍は攻勢に出る、人族はかなりの被害を受けていた、。どうにもならない現状を打開したのが、何としても勝たねばならぬ状況で、実行されたのが異世界からの勇者召喚であった。

 過去の文献を調べた聖女が各国に呼びかけ実行したのである。

 

 召喚された異世界の勇者は一人の男であった。

 

 召喚された勇者、彼は聖女から聞かされたこの世界の現状、その惨状を憂い、救いの声に応えると決めた。

 とはいえ、勇者一人が全部対応出来たわけでもなく、各国各地で大小様々な戦闘が起きた。

 勇者召喚から6年、この世界の住人が半数以上が亡くなった頃、勇者が魔王を討伐することでなんとか勝利した。そんな世界である。


「前回隣の都市で聞いた話だと、おそらくこの街を通っているはずなんだよねぇ」


 取り出したメモを確認しながら、渉はブツブツと独り言を呟いている。


「とりあえず、定石通り聞き込みしていきますかね」


 渉が考える定石とは、食事処・宿屋・酒場・冒険者組合(この世界では派遣組合)である。

 先ほどからずっとキョロキョロしている渉に、周りがお上りさんか不審者か、訝しむ様子を見せ始めた頃、宿屋の看板を確認することができた。

 泊まる宿も必要だよね、などと言いながら宿屋に向かっていく。宿屋の扉を開くと従業員らしき人物にそのまま声を掛けた。


「店員さん?何泊かしたんだけど料金とか食事とか教えて欲しいだけど」


 話を聞き、メモに取ったこの世界の常識と照らし合わせ、取り敢えず20日ほど泊まる旨、従業員に伝える。


「まいどあり」


「いやいや、良心的な料金で助かるよ。

 あ、そうだ。一つ聞きたいんだけど、今聞いて大丈夫?」


「へい、何でしょう」


「40代くらいの、黒髪の男性で顎の下に大きな傷がある人って見たり聞いたりってないかな?」


「探し人ですかい?さてね、黒髪で顎に傷ですか…それだけじゃ思いつかないかなぁ。今もその人はこの街に居るんですかい?」


「どうだろう、5年前は隣の都市に居たみたいだけど、この街へ向かったって聞いたから、それらしい人物に心当たりがあればいいなー、程度」


「すみません、ちょっと心当たりは無いですね」


 店員にお礼と戻り時間を告げ、宿屋を出た渉は独り言ちる。


「気合入れて行きますかね」





〇●〇●〇●〇●〇

 




 滞在期間が半年を超えようとしていた。

 渉は部屋のベットで干からびている。毎度の事であるとはいえ、一人での人探しは大変なのだ。

 街の外れに黒髪が居たと聞けば向かう。生まれたばかりの赤ん坊とその母親であった。

 酒場で酒をたかられながら話を聞く、酔っぱらいの戯言だった。

 派遣組合に出向いてみる。強面のおっさん達に囲まれて脅される。

 宿泊施設に出向いてみる。泊まらないなら用はないと門前払いされる。

 いろいろな食事処で話を聞き、いろいろ出向いてみたがことごとく外れである。それらしい人物の話も出たが、最近は見ていないとのこと。


(すでにこの街から旅立ったと考えるのが妥当かな)


 背に腹は代えられぬ、とばかりに派遣組合に捜索願を出してみた。再び睨まれることになるが、依頼者であると解れば対応が180度違っていた。強面どもが笑顔で対応してくれたが、そっちの方が怖かったくらいである。

 その結果、7人と面談したが、実際は目にした瞬間から違うと解る。


(この世界の住人、彫が深いからなぁ…あれ絶対日本人じゃ無いって。一目で解るわ!何より


 そろそろ次の街に向かうか悩む渉。だが、当てもなく向かったところで結果が付いてくるわけでもない。


(この街にいた。それだけは間違いないはずだ)


 せめてどの方面へ向かったか分からなければ、振出しに戻ってしまうのだ。この街で最低限の情報は必要なのであった。


 考え込みながら、街中を歩いていた渉は体に受けた衝撃で我に返る。


「きゃっ!」


 まずい、と思い衝撃を受けた方向へ目を向けると、そこには40代くらいの女性が尻もちをつき、痛がっている様子が見受けられる。


「すいません大丈夫ですか?」


「あぁ、少し痛めましたが大丈夫ですよ」


 微笑み、そう言いながら女性は足に手をかざすと、魔力光が見えた。おそらく回復魔法である。

 そんな女性を散らかってしまった手荷物を拾いながら、渉は観察していた。服装からこの世界の修道女だと見受けられる。


「すみません、ぼうっとしていました。回復魔法まで使わせてしまって…」


「いえいえ、荷物ありがとうね。平和な世の中、少しくらい自分に魔法を使っても魔力の無駄とは言われませんから」


「ほんとすみません、せめて荷物くらい運ばせてください」


「まあ、ありがとう。お言葉に甘えさせていただくわ」


 道すがら、少し世間話をしてみる。なんでもこの女性3年程前に、この街の西側にある教会へ孤児達の面倒を見るため赴任して来たそうだ。子供たちの相手は大変だと言う姿はとてもにこやかで、心優しい女性なんだと解る。


「ありがとう、助かったわ」


「いえ、迷惑掛けたのはこちらなので」


 指定された場所に、荷物を置きそんな会話をしながら、ふと渉は思いつく。


「せっかく教会まで来たので、参拝していっていいですかね?」


「もちろん、是非そうしてください」


 そう言ってくれる女性に場所を聞き、丁寧にお辞儀したあと礼拝堂へ向かう。

 渉が思ったこと。

 そうそれは、


『困ったときの、神頼み』


 である。



 礼拝堂に入った渉の目に入ったのは、一目でそれとわかる女神像であった。そういえばこの世界の教会に足を踏み入れた記憶が無いな、などと思いながら女神像の前に膝まづく。


(名も知らぬ女神様、どうか俺の悩みを解決して下さい)


 失礼この上ない参拝である。


 一心不乱にわがままを述べる渉。言いたい放題願って頭を上げると、そこには先ほどの女性が佇んでいた。

 渉の姿勢が、とても敬虔な信者に見えたのか、振り返った渉に礼を取っていた。


「素敵な空間ですね、女神像も素晴らしい」


「年季が入っただけの教会ですよ」


「いえ、そんなことはありません。特に女神像に架けられた印は素晴らしいものかと」


 渉がそう言って見つめたのは、この世界のロザリオである。女神像の首から架けられたは見るものが見れば、価値のあるものだと解るものであった。


「そうなんですか?私には物の価値はわかりません。なんでも数年前にここに立ち寄った男性が架けていったそうです。探し物が見つかったお礼、だそうで」


「探し物…ですか?」


「ええ、この教会の書庫でしばらく調べ物をしていたそうなの。この教会、見ての通りかなり古いでしょ。書庫に保管されている書物も当時のまま保管されているの。改定された本も多いから、本当なら買い直したほうがいいでしょうけどねぇ。

 中にはかなり古い書物もあるみたいですよ」


 寄贈でもないかしら、などと冗談めかして言ってはいるが、チラチラ渉を見ている。が、渉はこの世界の書物など持ってはいない。残念。


「あ、そうだわもう一つ理由があったそうよ。なんでも以前好いていた女性に似ていたそうなのよ」


「素敵な話ですね」


「そうなのよ! でも、その話をして下さった神父様ったら酷いのよ。その男性の顔がこの地方の人と少し違っていたそうで、女神様のような美人が振り向くとは考えられん。ですって」


「いいんですか?そんな言い方をなさって」


「いいのよ、2年ほど前に別の場所へ赴任していますから」


 いたずらっ子のような表情を浮かべながら女性が言う。


「この地方の人じゃなかったんですね」


「そうねぇ、神父様の話だから良くは知らないけど、顔がしていたそうよ。見てはいないからどんな顔か想像は出来ないけれど、きっと私の思う感じなら、みたいな感じの顔なのかしら」


 渉、神頼みで正解に行き着く。

 ただし、自分の顔が平たいと女性にディスられる神罰付き!

 ヒントを手に入れ、小踊りしたい気分を堪え、早速願いを聞き入れてくれた女神に感謝を捧げる。

 書物などあっという間に調べてくれるわ、などと考える。


 だが、考えてみて欲しい。


 その人物が、何を目的として書物を調べていたのか。それが解らなければ、全ての書物に目を通す事になるのだ。


 その日から渉は書物を調べるため、半年教会に通うことになる。







 渉、アサハカナリ。









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