異世界トレイン ~通勤電車が未知の世界に転移した!2500人の乗客と異世界サバイバル~

武蔵野純平

第1話 ご唱和下さい! ステータス! オープン!

『この電車は、通勤急行新宿行きです。次は――。ああっ!』


 電車のスピーカーから流れる車掌さんの声が裏返った。

 俺は手に持ったスマホから顔を上げる。


 俺は弾光広ダン ミツヒロ。二十九才。自称イケメンのアルバイト社員だ!

 今日も課長にこき使われるのだろうが、負けぬ!――と朝から気合い十分だった。

 昨日見たアクション映画の主人公のように、力強く生きるのだ。


 だが、車掌さんのアナウンスは、悲鳴のあとブツリと切れて、車内は真っ暗になった。

 俺の気合いもブラックアウト。


(何が起った? こんな所にトンネルはないぞ!)


 暗くなったのは一瞬で、すぐに車内に光が戻ったが、急ブレーキと電車が何かにぶつかる音が先頭車両から聞こえてきた。


「うおー!」

「キャー!」


 いつものように満員だった朝の通勤電車は、悲鳴に包まれた。


 俺はつり革につかまる手に力を入れて、しっかりと踏ん張る。

 毎朝隣にいるスーツ姿のお姉さんを支えるためだ。


 俺の仕事は雑用係、何でも屋だ。

 会社には行くが、動きやすいカジュアルな服装なのだ。


 だからスーツの女性には、グッとくる。

 このお姉さんには、毎朝グッと来ている。

 だから、ぜひ、助けたい。


「大丈夫ですか?」

「すいません。平気です」


 寄りかかって来たお姉さんと、ちょっと言葉を交す。

 フワッとシャンプーの良い匂いがした。

 今日は、良い日だなぁ!


 しばらくして電車が止まった。

 やけに揺れていたけれど、脱線したのか?


 しばらく待ってみたが、車内アナウンスはない。

 何が起ったのか、俺たち乗客はまったくわからない。


 朝の満員電車なので、ギュウギュウ詰めだ。

 ただ、待っているのは辛い。


「アナウンスがないね……」

「どうなってんの?」


 誰からともなく、不満の声が上がる。


「えっ!? ちょっと待って!」

「外! あれ、どうして?」

「外? ええっ!?」


 車内がざわつく。

 俺も窓の外に目をやる。


(森……!? だと……!?)


 電車の外は森だ!

 木の幹が太く、見たことがない大きな木がそびえ立っている。


 俺が乗っていた電車は、世田谷の住宅街から高架の上を走る区間を走っていたはずだ。

 こんな風景が見られるはずがない。


「オイ! 降りてみようぜ!」

「おお! 扉開けるべ!」


 やんちゃそうな制服姿の高校生が、ドアを開いて外に降りた。

 他の乗客も後に続き、俺とスーツ姿のお姉さんも外に出た。


「何だこりゃ!?」


 電車を降りると、石造りの大きな神殿の前だった。


 乗客全員でポカンと突っ立っていると、誰かが言った。


「ここから新宿に、歩いて行けますかね? 会社に行かないと……」


 俺は心の中で突っ込みを入れた。


(そんな状況じゃねえだろ!)


 ここはどう考えたって、日本じゃない。

 あんな石造りの神殿は日本にないし、あんな立派な木が生えている森は、いつもの通勤電車の路線近くにはない。

 足下にはレールも砂利石もないし、頭上に電線もない。


 これは……この状況は……。


「異世界じゃね?」


 高校生から、声が上がった。


 そうだ!

 ここは異世界じゃないのか?

 俺も、そんな気がする!


「異世界転生ってヤツ?

「転生じゃなくて、転移じゃね?」

「どっちでも良くね? 」

「何? 俺、スライム? ウケル!」


 高校生から無邪気な声が上がった。


 一方、スーツ姿の社会人連中は、明らかに動揺している。

 スマホを操作したり、電話をかけたりしている。

 俺もスマホを確認してみたが、圏外表示だ。


「ステータス! オープン! 出た!」

「ステータス! オープン! おお! 俺も出た!」


 別の高校生グループから、興奮した声が聞こえてきた。

 そうか、異世界といえばステータスだ。

 早速、試してみたのか……やるな!


 俺も声高らかに、朗らかに宣言した。


「ステータス! オープン! おお!」


 俺の目の前に、半透明のボードが現れた。

 ボードには、俺のステータスが表示されている。



【名 前】 ミツヒロ・ダン

【ジョブ】 竜騎兵エリート

【レベル】 1

【スキル】 魔銃Ⅰ・剣術Ⅰ・身体強化Ⅰ・騎乗術Ⅰ

【ギフト】 アイテムボックス・異世界言語



 ジョブは、竜騎兵エリート……!

 エリート……良い響きだ!


 なんかやる気が出てきた!

 異世界でもドンとこいだ!


 表示の下の方にあるスキル名やギフト名を見ると、だいたいどんなことが出来るのか想像がつく。

 だが、スキル欄の『魔銃』がわからない。

 表示を指でタッチしてみたら説明が表示された。



『魔銃Ⅰ:銃から無属性の魔力弾を打ち出す。魔力を弾丸とする』



 なるほど!

 銃撃スキルの一種か!

 アクション映画好きだから、銃撃スキルが発生したのかな?


 それにしても、ここは魔力がある世界なんだな……。


 俺は一人感慨にふけっていたが、銃を持っていないことに気が付いた。


 当たり前だ!

 会社に行くのに銃を持っている人なんて、日本にはいない。


 そうすると、この『魔銃』というスキルは、使えないスキルなのか?


 スキルについて考えを巡らせていると、隣に立っていたスーツのお姉さんが不安そうな顔で質問してきた。


「あの……ステータスって、何かご存知ですか?」


 どうやら俺のステータス表示は、お姉さんには見えないらしい。

 俺は、どんなことが起きるかを、ざっと説明した。


「そんなアニメみたいなことが、起きるんですか!?」


「起きるんですよ! やってみればわかります! でも、自分がどんなステータスかは、他人に言わないようにした方が良いですよ」


「そうなんですか?」


「ええ。手の内は、いざという時のために隠しておくモノです」


「なるほど!」


 昨日読んだマンガに書いてあったのだ。

 お姉さんが感心してくれたよ。

 ありがとう! マンガ!


「やった勇者だ! マンガみたいだ!」


 おお! マンガに感謝しているヤツが他にもいるな!


「おお! 俺も勇者だ!」


 ん? 勇者が二人?


「えっ!? 俺も勇者だよ!?」


 勇者が三人!?


「ウソつけ! 俺が勇者だ!」

「私も勇者よ!」


 次々とジョブが勇者だという人が現れた。


 何せ朝の通勤電車が、丸ごと異世界転移してしまったのだ。

 乗客の数が半端ない。

 ジョブがかぶることぐらいあるだろう。


 他にも賢者や聖女も沢山いるようで、あちこちでモメている。


 まあ、イメージとしては、勇者や聖女はオンリーワンのジョブだ。

 複数人いれば、自分以外は偽者に思えるのだろう。


 なんかあちこちでモメているが、そんなことより思いついたことがある。

 スキルの検証をしに行こう。


 俺が移動しようとすると、隣にいたスーツのお姉さんが、不安そうな顔をした。


「あの……どちらへ?」


「ちょっと離れた場所へ。スキルの検証をしようと思って……。一緒にどうですか?」


「スキルの検証ですか……。そうですね、実際に使ってみないとわからないですよね。ご一緒します!」


「俺は弾光広です! 毎朝、電車で一緒ですよね?」


「ええ。よくお隣になります。私は水城海でミズキ マリンす!」


 マリンさんか……。

 マリンブルーがよく似合いそうな、素敵な名前だなぁ……。


 俺はマリンさんと電車の側を離れることにした。


 さあ、スキル『魔銃』が使えるか検証だ!

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