空に落ちる 〜ユフの方舟

Tempp @ぷかぷか

第1話 深い穴

 ずっと穴を掘っている。深い深い穴を。

 どの程度掘っているのか、それはメートルとかの長さの単位では表示されるけど、体感的にもはやよくわからない。

 といっても私自身が掘っているわけではない。掘るのはあくまで機械だ。空中に浮かんだ直径20センチほどの球体である『コア』と直径2メートルほどの大きさの円形フレームである『サークル』。それと『カナリア』と呼ばれる私。私たちはこの3体で1つのユニットを組んでいる。

 コアが地質を判断し、サークルが土に食い込み掘り分け固めてパネルを形成する。崩れないようパネルを通路内に壁として貼り付けながら進むシールド工法。灯りと空気を通す配管もサークルが同時に生成し、10メートル毎に緊急時用の隔壁が作られる。私の役割は点検と確認。この子たちの動作チェックとメンテナンス、それから地質と空気の組成、最終的には人間が生存可能かどうかの調査。


 手首のアラートがピピピとなる。

 少し遠くからも鳴っているのが聞こえる。このあたりの岩盤は音がよく響く。終業の時間だ。現在地と進捗状況を記録して、センターに戻る途中にT0129号と落ち合った。

「T0156、今日の調子はどう?」

「いつも通り。でも明日は目的地に着けるかも」

「そっか。本当にこの深度にあるのかな、綺麗な場所」

「どうだろうね。なかったらお父さんのプロジェクトは大失敗」

「そうするとどうなるの?」

「きっと私たちは廃棄になるわ」

「廃棄になるとどうなるの?」

「そうねぇ、どうかしら」

 廃棄になったらこの体は分解され、新たな素体に構成しなおされる。けれども私たちの頭の中はどうなるのかな。このプログラムされなくても自然発生するたくさんの自我は。

 この自我は仮自我と呼ばれている。私たちの体が生成された時に一時的に発生するものらしい。設計上どこかのミスか、軽易なバグのようなものだと言われている。父さん、テルジータ父さんが言うには、そうでなければ私たちを働かせることはできないからなのだそうだ。私たちはテルジータ父さんに作られた。だからテルジータ父さんの娘たちと呼ばれている。だから名前の頭にTの文字が付く。


 都市に上がるために保護スーツを着る。そして大エレベータで私たちは1人ずつ洗浄・検査されて都市まで運ばれていく。そのときに少し順番待ちの時間ができるから、着る前に仲良しの娘と少しおしゃべりをする。

「ねぇ、今日の晩ご飯なんだと思う?」

「クリームシチューがいいなあ」

「いいね、私はカレーがもう1回食べたいな」

「カレーかぁ。確かT0089が辛いの苦手だから供給されなくなったんだよね」

「辛いのがいいのにな。T0089はもう壊れちゃったでしょ? また復活しないかな、カレー。辛いの美味しかった」

「私は一度ナンとかライスって食べてみたいな」

「何それ?」

「固形物」

「固形物はチューブ通らないんじゃないかな?」

「でも昔の映像みると美味しそうだったから」

「じゃあ来世は普通に食べられるといいね。あ、私の番。じゃあまた明日」

 順番が来たT0129はニカっと笑ってヘルメットを手にとった。


 私たちがこの地下に潜っている理由、それは西暦2182年まで遡る。ユフが落下した年だ。

 そのユフと名付けられた隕石は、数多の観測をくぐり抜けて突然発生したのだという。そしてそれほど大きくないその石は、地球に落下し毒を振りまいた。その毒は致死毒。一瞬触れるだけでもその心身は汚染され、体内に吸い込めばたちまち人間は死んでしまう。そんな不可避の毒。

 この国はユフの落下地点から少し離れていて、毒の存在が知れ渡った直後に国全体で地下に避難することを決断した。厳しい自然環境下におかれたこの国は、すでにジオフロント構想によって巨大な地下都市空間の創造に着手していた。だから幸運にも多くの国民が大深度地下に逃れることができた。そもそも人口が少なかったのもある。他の多くの国は滅びたらしいと習ったけど、通信が途絶えてもう長いから実際はよくわからないみたい。交信しようにも連絡網はすでに朽ちて、外はユフ毒に満ちているから出ることもできない。


 それからだいたい300年。

 これまでこの都市では大気を合成し、地中鉱物を利用して構築物を作り、汚染前に地上から持ち込んだ動植物と土中の微生物、それから核融合により人工生成した太陽で食物を作って生活をしていた。人間の暮らしというのは私たちにはよくわからないものの、記録によれば都市の生活は安定していたようだ。

 けれども現在この都市は危機を迎えていた。

 ユフ毒はゆっくり、ほんの少しずつ地面に浸透し、もうすぐこの地下都市に到達してしまう。地中を進むユフ毒がこの都市に到達すれば、確保していた全てが汚染される。そうするとこの都市は滅ぶ。

 だから私たちが人間の新しい移住先を探すのだ。私たちはそのために作られた。

 これが私たちが生まれて最初に学ぶ基礎的な認識。そこから科学、地学、物理、工学、病理等の仕事に必要なことを学ぶ。1人1台の居住カプセルが支給され、その中で寝泊まりする。

 横たわるとヘルメット内に開かれるモニタで必須情報を一通り学習した後は、各自好きな情報を見て過ごす。モニタは様々な情報に繋がっていて、より深い内容の講義、昔の地上の映像、映画やドラマというストーリーのある人間の話、カートゥーンと呼ばれる動く絵、そんなもののデータが大量にあった。

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