堀馬頭写楽の異世界探偵道中

小石原淳

魔法使いVS名探偵

第1話 序盤

「あなたが主張するこのアリバイですが」

 堀馬頭写楽ほりめずしゃらくの目配せに応じ、私はボイスレコーダーの再生ボタンに触れた。一時、上沼作彌かみぬまさくや殺しの最有力容疑者と目された小茂田繁おもだしげるの声が、スピーカーから聞こえてきた。

 二〇一四年十月末、犯行推定時刻の午後八時過ぎに、小茂田がJR東日本のU駅から友人の倉下くらした宅の固定電話に掛けてきた通話だ。倉下が留守だったため、留守番電話に録音されたものである。音声は小茂田のものだけでなく、BGMのように駅構内のアナウンス音も含まれていた。男性の声で、ホームの番線と発時刻、行き先を告げている。

 捜査開始当初、警察は小茂田の主張の裏付けを取るため、U駅周辺での聞き込み及び駅構内と周辺に設置された事故防止・防犯カメラの映像チェックに人員を割いた。だが、結果は小茂田にとって芳しくないものに終わり、警察は疑いを強めた。窮した小茂田が思い出したのが、倉下宅への電話だった。

「十月三十一日の午後八時三分頃、携帯電話のアドレス帳から、自宅を選ぶつもりが間違えて、倉下さんの自宅に掛けてしまった。それに気付かず、もうすぐ帰る旨を吹き込んだ、と。間違いありませんね?」

「ああ。最初っからそう主張してる。事実なんだから」

 やや粗暴な口ぶりで答えた小茂田。初対面時の無精髭がなくなり、こざっぱりしているが、内面は変わっていないようだ。あるいは、容疑が晴れた(とされる)今でも、我々探偵や警察に対する敵意は燻ったままなのかもしれない。

「その後、倉下さんは十月二十八日から旅行中だったこと、しかも十月二十九日の時点で、旅先の千葉において事故死したことが確認される訳ですが――」

 堀馬頭は“事故死”に強いアクセントを置いた。倉下が行方知れずだった間、小茂田のアリバイを確認できないでいた。

「――その件について、小茂田さん、あなたのアリバイをお聞かせください」

「な、何だ? 今度は倉下を殺した疑いを掛けようってのか」

「ええ」

 顔色を変えた小茂田に、堀馬頭はあっさり言い放ち、顔色をさらに変えさせた。

「どういうつもりだ? 一度だけでは飽き足らず、二度も――」

「倉下さんが十月二十八日から自宅を不在にしていたとなると、留守番電話の録音を部外者が改竄し得たことになる。もしかすると、倉下さんを殺害して鍵のスペアを作り、家に侵入したのかもしれない。その可能性を潰すために、あなたのアリバイを聞きたいのですよ」

「ないさ、そんなもん。何時頃に倉下の奴が亡くなったのか知らないが、平日だろ? 俺は資金集めに走り回っていただろうさ。夜なら、ひょっとしたら誰かと一緒だったかもしれないが」

 小茂田は投資ファンドの関連会社に勤めている。特定の事業のために出資者を募るのが役目だという。

「アリバイがないだけでは、犯人であるとも犯人でないともどっちつかずで、断定できまい?」

「無論です。そこで、次にお尋ねしたいのはが、録音された内容です。この背景音として聞こえる駅のアナウンスですが、警察の方で詳細に分析してもらった結果、面白い事実が分かりましたよ」

「そんなもの、あるはずがない。あれは正真正銘、U駅のプラットフォームから掛けたんだからな。前もって録音したとか、別の駅とかではないんだから、見分けようがない。そうだろ?」

「確かに、U駅からの電話なのは間違いないんでしょう。ただ、先程も明言したように、アナウンスがね。あなたの主張を信じるなら、ちょっとあり得ない状況を呈している」

「……はっきり言ってくれ」

 不安の影が差したか、小茂田には若干怯む様子が窺えた。堀馬頭は手元にメモ用紙を構え、ちらと一瞥をくれてから話を再開した。

「私も今回、初めて知ったので、自慢にはなりませんが……JR東日本では二〇一四年の十一月から、男声の――男の声のアナウンスを順次、新しくしていってるんだそうです。えー、T田という方からT中という方に、バトンタッチされている。U駅でも切り替えが行われているが、T中氏の声が流れるのは、十一月一日以降の話。あなたのアリバイを支えるこの電話は、十月三十一日にかけたものですから、聞こえる男のアナウンスは全てT田氏の声のはず。ところが実際には、T中氏の声だと判明したのです。ねえ、面白くもおかしな話じゃありませんか?」

 矛盾を指摘された小茂田は、返事に窮し、そのまま沈黙してしまった。アリ

バイがないだけで犯人か否かを断じるのは早急だが、嘘のアリバイを申し立て

ていたとなると、些か事情が変わってくる。小茂田自身もよく承知しているら

しく、最早、彼の口から反論は出て来なかった。

「さて、次の事件に向かおう」

 あとのことを地元警察に任せ、堀馬頭は私とともにタクシーに乗り込んだ。

「全体で、事件はあといくつ残っている? それと残り時間は?」

「事件は三十五。ちょうど半分ですねえ。残り時間はおよそ四日と十三時間四十二分といったところ」

 私が即答すると、堀馬頭は顔色や表情を一切変えずに、「このペースなら」とだけ呟いた。


 現在、二つの“軍”が戦闘状態にあった。

 名探偵軍と魔法使い軍が、世界の命運を賭けて。

 五週間前、我々魔法使い軍は、世界に向けて宣戦布告をした。世界の命運を賭けた戦いを一ヶ月後に始めると。

 戦いと言っても武力や魔力を用いるものではない。そんな物の使用を認めて戦えば、勝利してもその後の世界には何の魅力もなくなるだろう。

 我々が用意したのは、知力・推理力の戦い。より噛み砕いて表現するなら、事件解決能力の勝負である。選抜された七人の名探偵が人類を代表し(この言い回しは不正確だ。我々魔法使いも人類の一部を形成しているのだから。厳密な表現を用いると、「魔法使い以外の人類を代表する」となる。だが、いちいちそう表記していては煩雑となるので、以下、便宜的に魔法使い以外の人間を「人類」とする)、我々魔法使い軍と事件解決能力を競う。十日の期限内に、七十の事件を七人の名探偵で解き明かすことができたら、魔法使い軍は撤退し、以後、世界に魔法で影響を及ぼす行為は慎む。逆に一つでも未解明の事件が残ったのであれば、そのときは魔法使いが世界を支配する。

 解決すべき事件の数やレベル等は、我々の側で決定した。手順は次の通りだ。

 まず、七人の魔法使いが十日間でどれほどの凶悪事件を解決できるかを、事前に検証した。人間社会で起きている、あるいは過去に起きた犯罪を対象に、実際に取り組んでみた結果、我々は七十の事件を解決に至らしめた。人類代表がこれと同数をクリアできたなら、我々は負けを認める。七十を上回らなくてよいとしよう。一ヶ月の猶予を与えるとは言え、こちらが不意打ちし、さらには条件を飲まなければ魔法で世界を混乱に陥れると圧力を掛けたのだから、この程度の譲歩は当然と言えよう。

 なお、我々が求めるレベルの事件が、都合よく発生するとは限らない。そのため、いくつかの犯罪に関しては、我々が魔法により数名の人類を操り、意図的に起こした。無論、それらの事件に関わった者達が刑罰を受けることのないよう、事後の配慮には万全を尽くす。

銛当もりあて君。君は、私以外の探偵の動向も把握できているのかい?」

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