鬼女、降臨
「王都を荒らしまわっている殺人鬼が、こっちまで来たって言う事?」
なんて迷惑な。
連続殺人犯と言うからには、きっとこれで終わりではないのだろう。
「可能性は高い。
だが、まだ指の長さとバランスが一致したというだけだ。
同じ人物と確定されたわけじゃない」
「でも、マウロは同一人物だと思っているんでしょ?」
……というより、これで同一犯人であることを疑わない方がどうかしている。
そしてマウロもまたあたしの言葉に大きく頷いた。
「手形だけじゃなくて、手口ややり口までそっくりだからな。
狙われるのは、決まって気の強い感じの美女だ。
男は決して襲わない」
「……気持ち悪っ」
その条件、思いっきりあたしに当てはまっているじゃない。
まぁ、あたしを狙ったら確実に返り討ちにしてやるけど。
いや、そうしてもらったほうが手っ取り早い。
あと、書類もストレスもたまらなくて済む。
「あと、被害者を連れ去ったのが殺人犯とは別人で、しかも拉致した時の記憶が残っていないのも同じだ」
「もう確定じゃない。
……何を気にしているの?」
そこまでわかっているならば、もっと本格的に動いているはずである。
なのにこうやって書類をまとめているだけ?
実にマウロ兄らしくない。
「俺は犯人が、何らかの呪具を使っていると思っている。
しかも、所持や研究が禁止されているタイプの古代呪具だ」
「うわぁ、一番ヤバい奴じゃない。
つまり、相手は貴族かその末裔?」
そんな呪具を持っているのは、まず一般人ではない。
この手の呪具は、特定の血筋で無ければ使用できないからだ。
呪具は詳しくないからよく知らないけど、そういうものであるらしい。
「そう言う事だ。
とりあえず、早めに呪具の専門家を呼んでおこうと思う。
相手が呪具を使うとなると、俺たちでは処理しきれないかもしれない」
「……あたしに出来ることは?」
貴族の人脈が怖いというならば、あたしの実家を頼ればいい。
相手が王族でもない限り、証拠があればしょっぴくことが出来る。
いや、たぶん過去のいざこざを考えれば、王族ですらうかつなことはしてこない。
問題があるのは、これがよその国の王族だった場合か。
あ……嫌な奴を思い出した。
思わず顔が引きつりそうになっり、あたしは気分転換のためにマウロ兄のテーブルにあった珈琲を奪って一気に飲み干す。
うっ……なんて濃いの飲んでるのよ。
胃に悪いわよ?
顔をしかめつつマウロ兄の反応を待っていると、彼は苦笑いをしながら告げた。
「部下を信じて、おとなしく待つことだけだ。
あと、マスコミ関係の対応を頼む。
まぁ……すべてはこの書類の山が片付いてからだけどな」
「最悪」
思わず机を蹴飛ばしたら、書類の壁が雪崩を起こして襲い掛かってきた。
本当に最悪!
**********
薄暗い部屋に、カリカリとペンを走らせる音が響く。
いや、薄暗いのではない。
あまりにもどんよりとした空気が、精神的な暗さを生み出しているのだ。
やがて昼を告げる鐘が鳴り響き、おぞましいその空間に一筋の光が差し込む。
その光は、淡いピンク色の髪をなびかせた、女子力高めの女騎士の姿をしていた。
「ドォーラちゃん!
お昼一緒に食べなーい?」
「スティファニーちゃん、助けてぇー!
書類の悪魔があたしをイジメるのぉ!」
昼食のお誘いに来た部下に、あたしは恥も外聞のなく抱き着く。
ついでに腹の虫もこの悲惨な状況に対してブーイングを飛ばしていた。
「……悪いがお昼をゆっくり食べている暇はないぞ。
今日中に団長の決済が必要な書類がこれだけ溜まっているんだ」
暗い声で告げながら、マウロが部屋の一角を指さす。
そこには壁と表現するほどではなくなったものの、いまだに山と呼べるだけの書類が積みあがっている。
これを今日中に片づけるとか、本気で無理だと思うし。
「ふーん。
でもぉ、なんでそんな状況になってるのかなぁー?」
「慰安旅行に行きたいなんて我儘を言うからだ」
「でもぉ、ドーラちゃんに聞いた話だとぉ、温泉に行きたいと言っただけでぇ、慰安旅行を計画したのはマウロ副長よねぇ?」
「……参加したのはドーラの意思だ」
そう言いながらも、マウロは目をそらす。
そう仕向けたのは自分でしょ……とは言わない。
あたしもわかっていてのっかったんだし。
「まったくもぉ。
いい顔したいならぁ、最後までかっこつけなさいよねぇー」
そう言いながら、ステファニーちゃんは書類の山に手を伸ばした。
「あー、これってぇー担当者が頭下げれば引き延ばしできる奴よねぇ。
……というか、内容はくだらない利権関係だからいくら待たせたってぜんぜん構わないしぃ。
こっちはぁ、あのクソ野郎の釈放についての嘆願書ぉ?
どうせ反省なんかしてないから却下ぁー」
そんな感じで、ステファニーちゃんは書面の題名だけを見て次々に書類をより分けて床に捨ててゆく。
なんて頼もしい……。
数分後、机の上に載っている書類は当初の半分以下になっていた。
「はぁい、今日中にぃ、どうしてもやらなきゃいけないお仕事は、こ・れ・だ・け!
残りは却下するだけだから、他の人でも出来るわよねぇ?
これならお昼食べに行っても大丈夫ぅ!」
「きゃあぁぁぁぁぁ!
ステファニーちゃん、素敵!
愛してる!」
「うふふ、アタシも愛してるぅ!」
「まて、ステファニー!
お前、自分の好き嫌いで書類より分けただろ!」
さすがにこの暴挙は看過できなかったのか、マウロが席から立ち上がり、ステファニーちゃんが床に投げ捨てた書類を拾う。
その瞬間、ステファニーちゃんの雰囲気が変わった。
「うるせぇぞ、腹黒スケコマシ。
こんなくだらない書類ぐらい、お前が何とかしやがれ。
うちの可愛いドーラにつまんねぇ仕事回すんじゃねぇよ!」
ドスの効いた声と共に、鋭利なヒールがマウロの拾い上げようとしていた書類を踏み抜く。
あーあ、これは書類の作り直しが必要だわ。
必要な部署の許可をもらってくるのに数日はかかるでしょうね。
担当者はご愁傷様。
おっと、そんなことよりも。
「ステファニーちゃん、キャラが昔に戻ってる!」
「えー、やだぁ!
恥ずかしいわぁ」
ステファニーちゃん、今ではこんな感じだけど、出会った当初は髪型がモヒカンで顔はピアスだらけだったのよね。
ハロルドは関わりたくないのかさっきからずっと書類に専念しているが、よく見ると膝が震えている。
しょうがないよねぇ、ハロルドも昔の彼女知っているからなぁ。
しかし、人はその気になったら本当に変われるのねぇ。
「でね、ドーラちゃん。
お昼食べながら相談なんだけどぉ」
ふたたび特大の猫をかぶりなおし、スティファニーちゃんはあたしの肘をとって外へと歩き出す。
そしてあたしの肩に頭を預けながら告げた。
「今度、合コン行かない?」
直後、本日何度目かの書類の雪崩が発生。
震源地はハロルドとマウロ兄だった。
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