おお、女オークよ。 婚活するとは何事ぞ

かいより始めよ】……現代においては、大きなことを望むのなら、まず手近なところから始めるべきであるという意味でつかわれる言葉である。


**********


「それで、婚活とやらは何をするものなんだ?」


 ケーキを(ほぼ一人で)残らず食べ終わった頃、お祈りの時間が終わったマウロはおもむろにそう切り出した。


「うーん、今までぜんぜん縁がなかったからよくわからないわ。

 ようは結婚するために相手を探すってことなんだろうけど……何から手を付けるべきなんだろう?

 かいより始めよとは言うけど、ゴールが見えていてもスタート地点が分からなきゃね。

 いつまでたっても始められないわ」


 すると、マウロはにっこりと微笑んだ。

 そして、いつものように的確なアドバイスを口にする。


「よし……じゃあ、そのゴールの一歩手前を考えてみようか。

 結婚するってことはつまり、ドーラが好きな男と結ばれるってことだよな?

 ドーラの好きな男って、どういう感じなんだ?」


 あぁ、よかった。

 これ、さっきまでの意地悪なマウロじゃなくて、いつもの優しいマロウだ。


 マウロは結構口が悪くて、私の悪いところについて遠慮なく指摘してくる。

 けど、私が迷っていたり、本当に弱っていると、こうやっていつも優しく言葉をくれるのよね。


 ほんと、さっきまでの悩める私を谷底に突き落とすような態度は何だったんだろ?


 あと、なぜか後ろの男性客が「うわぁ、分かりやすく探りを入れてやがる」と囁いていたが、何か事件にでも巻き込まれたのだろうか?

 この街の治安を守る者としてはちょっと気になる。


「そうね、強い男……かな。

 少なくとも、私に一撃入れられた程度で倒れて戦意を失うような奴は論外ね」


「えらく具体的だな。

 何かあったのか?」


「まぁ、昔……ちょっとね。

 よし、婚活の手始めとして、私は私より強い男に会いに行く!」


「やめんか、この脳みそ筋肉女!

 お前より強い男も探せばいるだろうが、それはたぶん人類の範疇から飛び出している。

 だいたい、そういう奴って自分の強さを追い求める以外に興味ないんじゃないか?」


 確かにそれは一理ある。


 辺境の砦とはいえ、武術の腕前で騎士団長にまでのぼりつめた私だ。

 その私より強い男となると、ちょっと頭のネジがいくつか飛んだ奴しか見当たらない。


 ……というか、そういう奴じゃないと、その境地に上り詰める前に色々とへし折られるのだ。


「あー、そうね。

 私より武術を愛しているような奴はちょっと困るかなぁ。

 これでも意外と嫉妬深いのよね。

 強い男は好きだけど、強さを追い求める姿が好きなわけじゃないし」


「じゃあ、他に好きな男の条件とか無いのか?

 ほら、困っていると的確にアドバイスをくれるとか、いつも近くにいて寄り添ってくれるとか、お前の無茶ぶりにも文句を言いつつ結局付き合ってくれるとか」


 なんだろう?

 マウロの声に妙な熱がこもっている気がするけど……。

 とりあえずこんな質問、深く考えるまでもないわね。


「うーん、そういう男はマウロ一人で間に合っているから、他にはいらないかな?」


 ダンッ!

 その瞬間、店の中のすべての客が一斉に机を拳で殴った。


 え? なにこれ?

 何かのパフォーマンス?


 そして気が付くと、マウロは再びお祈りの時間に入っていた。

 うーん、早く戻ってきてくれないかな?

 私ひとりじゃ何も決められないんだけど。


「改めて聞くがな。

 その婚活って奴をしている連中は、具体的に何をしているんだ?」


「あ、婚活パーティーに参加しているわね」


「婚活パーティー?」


「うん。

 独身の男女が結婚相手を探すために開いているパーティーとかないのかしら?」


「それらしい事をやっていると聞いたことはあるが、本気でそんなものに参加するつもりか?」


「当り前じゃない!

 じゃあ、そのパーティーに参加するから手続きはお願いね」


「俺がやるのか!?」


「だって、マウロ以外の誰を頼れって言うのよ。

 ……ちょっと、人が真剣に相談しているんだからお祈りタイムは無しにして!」


「な、納得いかねぇ……あまりにも理不尽すぎるだろ」


「ごちゃごちゃ言わない!

 あ、明日はマウロも休み取っていたわよね?

 婚活パーティーに着てゆく服を買いに行くから付き合ってくれる?」


「くっ……くそぉ、本当ならばもっと不届きな事に使う予定だった休みなのに!」


「不届きな事って、何よ。

 どうせロクな事じゃないから、私の婚活のために使うほうがはるかに有意義だわ。

 はい、決定!!」


「鬼かお前は!」


「だめなの?」


「……だ、ダメじゃない。

 くそっ、その顔は卑怯だろ。

 明日の朝の9つの鐘が鳴るころに迎えに行くから準備しておけ」


 ため息まじりにそう告げると、マウロはなぜかしょんぼりとした様子で立ち上がった。

 そして二人分の支払を終わらせ、肩をがっくりと落としながら帰ってゆく。


 うーん、不届きな事とやらがそんなに楽しみだったのだろうか?

 あと、周囲の客からマウロの背中に注がれる視線がとても生暖かい。


 いったいこれは何だろう?

 なんというか、私にはよくわからない世界だ。

 おっと、そんなことよりも大事なことがあるじゃない!


 「あ、ウェイターさん。

  注文お願いしていい?」


 この店に来るのは初めてだけど、さすがマウロが見つけてきただけあるわ。

 料理があんまり美味しいから、最初に注文しただけでは物足りなかったのよね。

 

 うん、色々とショックなことはあったけれど、思い返せば悪くない誕生日のお祝いだったかな。

 ありがとね、マウロ。

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