3:手の内には何を隠すか

 影摘みには魔力が必要だ。

 超常的な力を振るうため、肉体を維持し生命を保持するため、影神を狩るため。

 魔力過疎の地球に派遣された影摘みは、己を影摘みたらしめるために、パートナーを必要とする。

 彼らはその不可欠な相棒を『れい』と呼称。


 隷となった人間は、影摘みへの魔力供給が可能となるほか、さまざまな恩恵を受けることができる。

 その一つが、影摘みにおける武装展開「殺意装填ドレスアップ」で、影摘み同様、個人によりその形状や性質は大きく異なるのが常だ。

 八頭・旭の場合、


「白衣に……それは絵筆?」


 マーカラの目の前で、卸したての純白に夕映えを目いっぱい集めながら翻していた。手には、五〇〇mlペットボトルほどの柄を持つ巨大な筆と、一枚パレットを握っている。

 ぐるりと筆を振り回すと、穂先には「赤」が滲み、


「アニ!」

「是だ」


 白銀の鎧姿となった相棒の背を着色。

 同時、駈け出したアニェスが音速に迫り、自由の身である桔梗を目指す。

 ほんの数メートルなど瞬間。

 ソニックブームをまき散らし進み、


「うわー、ストップー!」


 目を丸くした生徒会長を、衝撃波が勢いよく吹き飛ばした。

 二度のバウンドの後、物置小屋のアルミドアを突き破ったので、アニェスも追従。

 中で破砕音と少年の悲鳴が響くと、


「桔梗の安全は確保したぞ」


 主をお姫様だっこした騎士が、勝ち鬨を上げて現れた。


 ……いやいやいや、キョウさん白目剥いて、また服破けてるんだけど⁉


 唖然と見守ったマーカラは、とりあえず理解の容易そうな案件から手を付ける。


「……その力は? 加速能力?」

「くく、バカにしないで! 速くするだけじゃあない! 遅くだって出来るのよ⁉ まさに自由自在の変幻自在! 「こんなにゆっくりされたら、私、私ぃ……!」てなもんよ! わかった⁉」

「よくはわからなかったけど、あなたがスゴイことだけは漏れなく伝わったわ」

「そうね! それが一番大事! さあ、しっかりと敬いなさい!」


 トバしてるなあ、と吐息し、率直な感想を。


「けど、アサヒが隷とは思わなかったわ」


 この小さな人は、やはり、こちらの想像を迂回して先をいく。

 自分が魔力接触を果たした汀・桔梗は別として、このグループは平均から見たら個体戦闘力の高い面々が揃っている。実利一辺倒の影摘みが、あえて非力な旭を選択するとは考えてもいなかった。

 何しろ、


「コンビを相手にする時のセオリーは各個撃破っすからね」

「っ⁉」


 こちらの疑問を見透かすような三枝の応答が、頭上から届く。

 振り仰げば、新しいサングラスをかけ直した青年が、その体を現世に滲みだしていた。


「くく! 得意の不法侵入用の技ね!」

「反閇っていう、由緒正しい陰陽術だよ!」

「それさえあれば、お風呂だってトイレだって……この、変態! 羨ましいわ!」

「なにそれ! そんなことに使ってないよ⁉」


 くだらない会話の間に、相手の体は完全に再構成。

 その手には、いつの間にか妖しくぬめる刀が握られており、自由落下のまま振りかぶる。


「その力は把握してるよ、旭ちゃん! 対象に着色することでトリガーする念動能力で、明暗寒暖によって性質が変わるんだ! 暖色は加速、明色は軽量化ってな具合にね!

 完全なサポート性能! 実戦闘には向いていない!」


 マーカラの知らない、四年前の実績なのだろう。

 ならば、この魔術師の言は正しいのであろうし、刃の迫る旭は危機の中にいるということ。

 さて、そうであるなら自分は彼女をかばい、そのサポート能力を得て、彼と立ち回るべきか。

 判断したところで、


「く、くくく!」


 少女が不敵に笑む。

 同時、巨大な絵筆は「赤黒」を選択し、主は虚空めがけてめったらに振り回した。


「何を⁉ 対象物がなければ、着色できないだろ!」

「ナメるな! ナメるなよ、コゾウ! 伊達に、四年もアニと一緒じゃないって話よ!」


 名を呼ばれ、声を返すのは、信頼を込めて見つめる彼女の相棒。


「是だ。見せてやれ、影罪と戦い続けたこの四年を」


 旭の手首が翻り、


「成長という言葉の意味を」


 虚空に矢印が描かれた。

 その現象に、三枝の目が丸くなる。


「重ね塗りか!」


 彼女の腕は、二度動いた。

 一度目は、魔力で出来た絵具を放つため。

 二度目は、放った絵具に着色するため。

 そして、宙を泳いでいた色にはわずかだがベクトルがかかっているため、


「くくく! どう⁉ ビビった⁉」


 暖色と暗色が「速」と「重」を付与。矢印が、音速を突破しながら三枝へ向かうが、


「っぶな!」


 身を捻れられ、矢印は夕暮れの空へと呑みこまれていってしまった。

 が、


「くく! 本番はこれからよ!」

「……冗談きついなあ!」


 旭の動きが、三段ほど大きくなる。一つの動作で矢印が四つ生まれ、その所要時間は一秒足らず。

 次々と超音速の矢を生み出していく小さな人は、常の不敵のまま、


「梗さんのお尻の仇は、確実にとる!」

「え⁉ 何の話⁉」

「本日三発目をブチ込んでやるってことよ!」


 矢印が一斉に、三枝に襲い掛かった。


      ※


 空手バカの激怒は、アルゼンチンバックブリーカーという形で発露された。


「おっさん! せめて空手を使え、ん!」

「うるせぇ! 俺の怒りはな、空手なんぞで収まるもんか!」

「ば、ダメだって、ん⁉ それ以上は曲がんぎゃああああぁっ!」


 十字架の横辺が、縦辺に弓なりにされる。

 必死にもがいて逃れようとする阿古屋だが、巨躯が全力で顎と脚をホールドしているため、身動きそのものがままならない有り様だ。

 空いている手で顔面をパンチしても結果はかわらない。

 きたねえ、などと罵っていると、


「なあ、おい」

「ん? なんすか?」


 木積が、顎で前方を指した。

 見れば、雪が革グローブで拳を固め、握り開いている。

 瞳の色は濃く深く、浮かぶのは曲がらない覚悟。

 だから、木積は疑問なのだろう。


「あの娘っ子は、どうしてあんなにやる気パンパンなんだ?」


 阿古屋は知っている。

 勝ちたいからだ。

 勝ちを積もらせて、


「梗さんに届きたいんすよ、ん」

「ああ、昔はすげー強かったっていうしな……なるほど」

「なるほどって……えらい物知り顔っすね?」

「大人だからな」


 卑怯な答えだ。苦笑まじりに言われてしまえば、その地点を通過していない自分に反論の余地はない。

 だから思うことしかできない。

 強くなることを志す人間には、似たようなスタートラインがあるのだろうか、と。

 もしそうだとしたら、この対峙は雪にとっては幸いだ。

 理解ある先駆者と、拳を重ねられるのだから。


「しかし、お前はどうなんだ?」


 まるで思考を先回りされたような問いかけに、思わず。


「んぁ?」

「なんだよ、変な声だして……あれだろ。七目の準備が終わるまで、こうして時間稼ぎをしてるんだろ?」

「木積さんも付き合ってくれてるっすしね、ん」

「へ……で? 見るからに損な役割で、お前は何を求める、阿古屋」

「そいつぁ……やっぱ言えねぇなぁ、ん」


 に、と笑って、はぐらかした。

 担ぐ大人が怪訝な顔をするが、思いいたったようで、


「どうせ桔梗絡みなんだろ?」

「な? 恥ずかしくて言えないでしょ、そんなの……ほら」


 だなあ、と笑う木積に、前方を指さしてやる。

 二人が見つめる中、ベリーショートの髪を掻くように撫でた雪が、両足のばねを伸ばしながら準備完了を伝えてくる。


「じゃ、頼みます、木積さん」

「なんだそれ。敵方に言うセリフじゃねぇぞ」


 けどまあわかってる、と柔らかく応えれば、少年をグラウンドに投げ捨てた。

 きっちり受け身を取って身を起こせば、向かいあって腰を沈める男女の影。

 夕日が、その間をゆるゆると沈んでいく。

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