第14話 トラジック


「初めて小学生の僕と対面したとき、あの男の母親は、真彦の小さい頃にそっくり、本当にそっくりねって、意地が悪いくらい愛敬を振りまきながら、あれだけ相槌を打っていたのに、学校にあの写真がばれたときは、真彦の子じゃない、あの女の子供なのよって、全然似ていないじゃないって、泣きじゃくり、床に崩れながらずるずると怒鳴り続けていたよ」


 生き恥を曝した透明な少年はそのまま、周囲の人から近寄り難い罵声を漏らした。



「お祖母さんの指摘のように僕は瓜二つ、父さんに目を見張るほど似ているんだろうか、それとも、見かけだけが似ているんだろうか。分からない。僕は本当に分からない。ただ、断定できるのは父さんが望んだ孝行息子じゃなかったから。僕という腐った性根の人間は」


 壮絶な物語が誰にも邪魔されず、トラジックな舞台の千秋楽がついに閉演したように閉幕した。



「あのとき、僕の母さんは言い聞かせたんだ」


 絶え間ない傷が群がった、ミミヅクと終夜を歌う満月が私の命を象る血脈を操っている。


「真は本当に真彦さんにすごく似て、学校のテストでも目を瞑っても満点を採るし、本当にいい子なの。お母さん、将来、真が大きくなったら、真のお嫁さんになりたいな」


 そんな忌まわしい台詞をせめて、無知蒙昧な私の前では吐き捨てないで、話さないで。



「だから」


 その荒んだ口調は今までいちばん低音だった。



「何もかも終わった」


 前髪が小夜風に揺られ、欠ける運命を知らない望月が彼のシルエットから瞬時に見える。


 完璧な形態の月が暮雲に隠れ、水面が鏡台に黒い木綿の厚地の布を掛けられるように何も真実を映せなくなる。


 北風が高千穂の峰から厳粛な颪のように吹き渡り、針葉樹の葉擦れの音が針の筵のように響き渡れば、鴛鴦の鴨が疲れ切った羽を休めて、じっと私たちを物珍しそうに見ていた。



「真君は汚くはないよ」


 私は断言するのを一抹たりとも挙措できなかった。



「私は思わないよ。真君はこんな私に綺麗だって言ってくれたもの。今まで、私は私を汚いって思っていたから」


 息が胸倉を掴まれるように詰まる。


 こんな酷い案件がこの世の中に存在するのが意に介さなかった。


「怖かったんだね。お父さんから逃げたかったんだね」


 

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