第8話 神楽歌、真冬


「本当に? すごいね。見たかったな。真依ちゃんが舞うところを」


 祓川神楽は昔からの掟で生理が始まった少女は一度たりとも舞えなくなるのだ。


 私はもう、女の身体だから舞える日は二度と来ないと分かり切っている。


 あの神剣を持って宙を切る晩もない。


 あの藍色の神楽装束を身に纏って中央部で大人たちを眺め見ながら舞う機会も毫もない。


 


 正直、知り合いのおじさん、おばさんに会って世間話に根掘り葉掘り聞かれないか、内心、ひやひやしていた。 


 向こうの待合室で白装束の上から黒い衣紋を羽織った近藤君を発見したからだ。


 近藤君はまだ神楽を舞っているんだ、と突き付けられる。



「神楽は各集落で形態が全然違うからすごく興味深いね。前に国立博物館でやっていたんだよ。百聞は一見に如かず、とは言い得て妙で本物はやっぱり、格が違うね」


 彼は部外者であっても、とても嬉しそうに次々と優雅な揚羽蝶のように淑気と戯れる神楽舞を鑑賞していた。


 この甲高い篠笛の掠れた音と鈴が寒気と触れ合う厳粛な音。


 


 小さい頃から冬に突入すると、子守歌のように聞き続けた懐かしい音。


 近藤君が舞台袖で手伝いながら摺り鉦を古代中国の鼎のように鳴らしている。


 近藤君が神籬の前で舞うより、君が舞ったほうが物腰も落ち着いているし、勉強熱心だからビジュアル的には似合っているんじゃないかな、と私はつい邪推してしまった。



「やあ。真依ちゃん。元気していた?」


 その嗄れ声の主は近藤君のおじいちゃんの声だ。



「真君か、そこにいるのは」


 彼は私の顔をじっと覗き込みながら浮かない顔をする。



「今宵は八百万の神々が集う、一大事の祝祭だから、どうか、楽しんで」


 近藤君のおじいちゃんは素襖姿に黒い羽織を纏っていた。


 頭には真っ黒な烏帽子もつけている。


「待て」


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