頁11:チャラ釣りとは 1

        








「あ、あのさ、もうちょい準備とか…心の…」


 明らかに嫌そうに言い訳をする神々廻ししばさん。


「何言ってるんですか? 何にも無いこの空間で準備する物なんて特にありませんし、心なんて準備した所で現地でいくらでも変化しますよ」

「でも敵がいるんだよォ!?」


 何言ってるんだろうこの人。


「願ったり叶ったりでは? 

「いや…そりゃあ…そうだけど…、自分で冒険したいワケじゃなくてゲームのプレイ動画みたいに眺めてたりが好きなのヨ! 実際に敵に襲われたりしたら死んじゃうかもしれないでしょう!?」


 至極しごく自分勝手垂れ流しな理屈に私はフフンと鼻で笑う。


「なら良かったじゃないですか。が手に入って。思い切って冒険しましょう」

「あ………」


 人の顔色ってこんなにも分かりやすく変化する物なのね。

 仕方ない、もう一押ししよう。


「次の私達のすべき事はこの【辞典】の製作ですよ。その為にはあの世界に存在する物を実際に見て分析しなければなりません(多分)。この空間にいたらそれも限界があるでしょう」

「そうかもしれないけどさァ~……どうする…? なァ…なんで黙ってんのヨ?」


 …? 何をボソボソ言ってるんだろう。


「それと。御存知無いかもしれませんが、私達の使命にはペナルティーがあるそうです」

「ぺ、ぺなるてぃい!? 嘘? マジで!?」


 これでもかという程に目を見開いて驚愕きょうがくする。表情豊かだなこの人。分かりやすい。


「例えばあなたが企んでいたような『パートナーの心を支配して承諾しょうだくを強要する』行為はNGでした。不正を監視するシステムがある様で、警告が一定回数に達すると想像を絶する罰があるそうです…」


 文末に近付くにつれて少し怪談みたいにトーンを下げる。

 少し内容は脚色した。少なくとも嘘は吐いていないし、深く信じてくれれば今後の予防にもなる。真偽を確かめる為に精神支配を試す勇気も恐らく彼には無いだろう。『一定回数』がそもそも何回なのか分からない、という危うさも流石に理解しているだろうし。


「罰…だと…!?」


 なんで口調変わった。


「その他のどの様な行為がNGに該当するのかまでは明らかにされていませんが、もし万が一『辞典の編纂へんさん速度がかんばしくない』とかもNGだった場合…」

「で、でもでも、それなら例えば…みっフィーだけあっちに行ってもらってとか……」


 うわ最低発言。さっき泣きながら何て言ったお前。

 あとみっフィーもやめて。危険すぎる。

 今まさに怒りで叫びたい衝動に駆られたけれどきっとこの程度でカリカリしてたら身が持たないんだろうな。


「確かに、おっしゃる通りの方法でも可能かもしれませんね…。ならば私一人でも行って参ります」

「ホッ…♥」


 分かりやすくホッ♥とするな。腹立つ。


「もし───」

「え?」

「凶悪な敵対生物に遭遇そうぐうしてしまい、どうしようもなくて荒野に喰い散らされたとしても、恐らく死ぬ事は無いでしょうし。それにもし一人なら好きなだけ泣けますし。…辛すぎてとしても……木立や岩で代用すれば済む事……。」


 傍点付きの部分は特に粒立てて、そして最後は彼に背を向けて消え入りそうな声で。意外と演技出来たんだな私。

 さあ餌は特大だぞ。釣られろ…!


「あ~…なんか、ちょっとモーレツに出かけたくなってきちゃったかも…。ホラ、何百年もヒッキーで運動不足だったしぃ~? …イヤお前は黙っててくれます? さっき無視したクセに」


 ハイ釣れました。なんかまたボソボソ言ってますが。

 自分で釣っといて何だけどこんなチョロい人類本当にいるのか。ある意味貴重すぎません?

 情けなさ過ぎてむしろ笑いたくなるのを必死にこらえる。


「よし、では行きましょう。ちゃっちゃと本を開いて下さい」

「…あれ? もしかしてオレちゃん、今まんまと一本釣りされた系…?」

「男に二言はありませんよね?」


 しまった…、と今更ながら気付いたようだ。


「くそっ。……しゃぁない、いつか胸とか背中とか貸す為にも覚悟決めてひと肌脱ぐか!」


 借りませんし脱がないで下さい。

 彼はなかばヤケクソ気味に自分の本を開く。









   (次頁/11-2へ続く)







       

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