第33話 男

男は、腐りかけた大木の根元に出来た窪みに息を潜めていた。拷問を受けた傷が、ジンジンと痛む。


男は貧困街の出身で、両親の記憶はない。

ただ、年の離れた妹とひっそり暮らしていた。

生きる為に、盗みや詐欺まがいの、人には大っぴらに言えない事をしてきた。

貧しいなりに、二人で支え合って生きてきた。

男には魔力があり、生きる為に必死で魔力のコントロールの鍛練をし、10代後半には、なんとか国の魔術師会に入ることが出来た。

末席ながらも、盗みや詐欺より収入が増えた。


妹には出来る限り、汚い世界にいて欲しくない。その思いで貪欲に依頼をこなし、着々と会での順位を上げていった。


ところが、ある日。花売りの仕事から帰ってきた妹が目の前で倒れた。


医者に見せたが、原因はわからないと言う。


日に日に弱っていく妹。

そんな妹のを黙って見ているしかなかった。


そんな中、魔術師会にとある貴族から極秘の依頼が入る。


【テラスバイト帝国のある男の調査】


簡単な内容だが、破格の依頼料に、是が非でも指名を受けたかった。


金があれば、妹はもっといい医者に診察してもらえる。


同僚を蹴落とし、なんとか指名を受けた。


【まずはチェルシーに駐屯している軍に紛れ、副団長を探れ】


男は得意の隠匿の魔術で、テラスバイト軍になりすまし、副団長が出す手紙を全て回収。

中身を依頼者に送った。

チラッと中身を見たら、体にいい食べ物だとか、風呂洗いの手順とか、実にくだらない事が書いてあった。あと愛の言葉とか………


しかし、副団長の私信である。何かの暗号かもしれない。

油断は禁物。


【副団長に接触し、駐屯地から離れた場所に誘い出せ。】


指令の元に、接触しに副団長のテントに行くと、平凡な女性が一緒に居た。

その女性は魔方陣で、帝国から離れたこの地に一瞬で来たという。

魔術師の血が騒ぎ、もっと話を聞きたかった。


その女性が自分に触れた瞬間、得意の隠匿の術が解かれた。

弾け飛んだ という感覚が近い。


頭が真っ白になった。


額にある魔術師会の紋様を、見られてしまった。


ここに居てはまずい。

直ぐ様、王国に戻り状況を報告した。


『これだから下賎の者は!』


その下賎の者に依頼したのは、お前だろう。


散々殴られ、蹴られ、ボロボロにされた。


収入の為ではあったが、魔術師会に入ってからは、真面目に仕事をこなしてきた。


それなりに責任もあった。


しかし、この仕打ちはなんだ。


貴族なら何をしても許されるのか。


ドロトロとした思いが、胸の中に広がる。


しかし、妹の為にこんな所で腐っている訳にはいかない。


妹には自分しか居ない。


またあの穏やかな日常に帰るんだ。


男は自分に言い聞かせ、ボロボロの体を鼓舞し、立ち上がった。



















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