3限目 NIKKU


 Dear my friend.

 In a lot of music, their sound stands out.




 *****


 今日の授業が全部終わった。古文で当てられ、英語で抜き打ち小テストがあり、体育のプールは水泳のタイム計測があり、本当に疲れた。こういうツいてない日は何をしても上手くいかず、ジタバタしても仕方がない。


 暑さと夏休みでだらけた体が学校生活に悲鳴をあげている。疲れが取り切れないまま毎日が過ぎ、やっと金曜日になったところだった。


「ほら、安芸!早く!」


 ホームルームが終わり帰り支度をしていた私を咲希が急かし、机を揺らしてくる。


「ちょっと待ってー」


「はよして!もー、ヤバいって」


 咲希の焦りが大きくなればなるほど机が大きく揺れ、私の支度は遅れていく。

 放課後のNIKKUのライブには、たくさんの生徒がやってくる。基本的にこういう校内のライブ活動において、席取りなどは禁止されており早いもの順になる。


 特に人気のバンドとなればすぐに人で埋まり、そもそもライブが見られないこともある。それほどNIKKUは人気であり、そのライブ開催の情報が流れれば生徒たちは我先へと会場に足を運ぶ。

 今この学校で、私たちの青春と呼ぶのに最も相応しいものがNIKKUだろう。



 咲希に急かされながら帰り支度を終えた私は、またもや急かされながら走る。体育のプールもあって、今日はなかなかの体力ゲージの残量が少ないというのに・・・。

 息が切れ胸が苦しく痛くなりながらも、残暑のベタついた熱風が体をかすめていく。見慣れた校内の景色が飛ぶように過ぎていき、すれ違った先生の1人が「校内は走るなー!」って叫んでいるのを無視して先へと急ぐ。


 目的地が近づくと生徒の数が増える。みんなそわそわした様子で友達同士で話しており、急いで目的地を目指している。



 息を切らせ、汗だくになった私と咲希はなんとか目的地にたどり着く。

 今日の放課後ライブは校内の中庭で予定されている。北高の中庭はごく普通の中庭で、特にステージになりそうなところがあるわけではない。元々が普通の高校なので軽音楽に今は特化しているとはいえ、特に音楽活動やライブをするのに相応しい場所があるわけではない。


 四方を校舎に囲われ、地面は古いタイル張りなので凹凸が目立つ。バンドメンバーが立つ場所と、その周囲には一応は規制線が張られるので、基本的にはその近くに皆が陣取る。


 今回は校舎を背面にして規制線が張られている。バンドによっては中庭のど真ん中に陣取るタイプもあり、本当にライブの形はそれぞれだった。


 中庭は周囲の校舎の廊下から見下ろすことができるが、人気バンドの時は人が殺到するのを防ぐため廊下が使用禁止になったり、風紀委員や生徒会が見回り注意したりしている。


 校内ライブに関しての一切に関しては、生徒会と軽音楽部、風紀委員、専任の先生が関与しているらしい。場所取りの許可や風紀チェックとか諸々を仕切っており、人気のあるバンドほど対応が大変らしい。



 ベタつく熱風に残り少ない元気を奪われ、容赦のない太陽の光が強く射してきてツラい。おまけにライブを楽しみにしている人達の熱気が凄い。ざわつき浮かれる空気が充満し、隣に立つ咲希も興奮している。


 金曜日の放課後は開放感に溢れている。

 皆は疲れた空気をかもしながらも、それを吹き飛ばすかのようにNIKKUの登場を今か今かと待っている。膨らむ期待と高揚に空気はあたためられ、それに呼応するかのように周りのテンションも上がっていく。


「安芸ー!」


 どこか周囲の熱量と空気に馴染めない私の腕を強く掴み、咲希は私の名前を叫ぶ。


「きたーーっ!」


 痛いほどまでの力で掴まれ、咲希の興奮を感じる。それと同時に周囲のざわめきは歓声へと変わり、一体化した周りの空気は本日の主人公たちを熱気とともに迎え入れる。


 威風堂々と現れたNIKKUのメンバーは生き生きとした表情で観衆に手を振りながら、ライブの準備を行う。楽器やアンプを運び、ひとつひとつ繋いでチューニングを確かめる。


 ライブ活動を含める軽音楽活動は基本的にそれぞれが個人の責任で行い、いくら人気バンドと言えどもその準備から片付けまでは自分たちで行う。ファンや他のバンドメンバーが手伝ってくれることもあるが、NIKKUは必ずそれらを自分で行っているらしい。



 全ての準備が整い、NIKKUのライブが始まる。


「みんな、お待たせ。ほんなら夏休み明けで早速いくでー!」


 ライブ開始のトークなどを飛ばし、早々に楽曲がはじまる。夏休み明けの気だるさも、授業やテストの鬱憤も、何もかもを払拭するようにギターとドラムの音が大きくひびき出す。その音に呼応し、周囲のみんなも大きく歓声を上げてリズムにのる。


 NIKKUの代名詞といえる代表曲「ブラックボード」が流れ出す。テンポの良い曲調にみんなのテンションは上がり、よく響くボーカルの声に耳を傾ける。学校生活の日常を切り取り、独特な目線で組み立てられた歌詞は北高在校生のなかに強く響く。


 一体化してNIKKUの音楽に酔いしれ、楽しむ周囲とは相反し私はフィルター越しに世界を見ているかのように思えてしまう。

 いま目の前の光景は確かに私のいる場所のはずなのに、なぜかそこに馴染めず自分だけが浮いているように感じる。


 隣にいる咲希に未だに強く腕を握られており、その痛みは確実にある。周囲の熱気と息遣いもたしかにここにある。



 それなのに、私はそこにはいない。



 今ここにいるのに、その中に入ることが出来ない。それが悲しいとも、苦しいとも思えず焦りすらもない。驚くほど淡々と「ああ、そうなのか。」と納得してしまう。


 感情というものをどこかに置き忘れてきたかのように、私はそこにいながらも何も感じない。


 耳をつんざくような周囲の歓声にも、丁寧に織り成すNIKKUの楽曲にも、それらを包み込むあらゆる人の熱量にも何も感じられない。


 ブラックボードから始まり、馴染みの楽曲を数曲披露し、その度に観衆は沸き立つ。いま、ここにいる人達が沸き立つほどNIKKUの存在と彼らが作り上げてきた楽曲は今現在の北高になくてはならないものになっている。


 そして、熱気が今にも爆発しそうなほど溜まりに溜まったタイミングで夏休みをかけて作り上げた新曲が披露される。真夏の暑さや、夏祭りの切なさ──そんなものを凝縮したような、ひと夏を駆け巡る曲が中庭に広がる。楽しさやワクワクで胸が踊り、時には言いようのない切なさで胸が締め付けられる。そんな気持ちを夏の情景と共に描き歌い上げる。




 付き合いとはいえNIKKUのライブに来るに多少の楽しみがあったし、仲のいい咲希が喜んでいる姿を見るのは嬉しい。それにNIKKUの楽曲は聞いていて元気にもなるし、素敵だとも思う。

 それなのに、私の心はそういうもの一切合切をいつの間にかどこかに置き忘れたかのように波紋ひとつ立てない水面のようだった。



 そこにいながらも、どこか孤立した私は周囲の熱気と歓声を聞き流しながら過ごす。




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