第6話 一歩進んで一歩下がる

「では、7対8対15でメイド喫茶に決定ということで」


 次の日の話し合い。最初に昨日から持ち越した出し物の決定を済ませた。結果は、男子たちの無駄な団結力によってメイド喫茶に決まった。

 クラスの女子からは落胆や嫌がる声が続々と上がる。その一方で男子は喜びの雄叫びを上げる奴もいて教室内はまるで動物園のような状況になってしまった。

 そんなカオスの状況の中、女子の1人が手を挙げた。


「ちょっと女子ばっかり被害被るのさすがにあれだからさ、男子もなんか衣装着て接客しようよ」

「つまり、女子は別にメイド服着ても良いけどその代わり男子も執事やらなんやらの衣装着て接客回るってこと?」

「そう、そういうこと。その方が休憩入れる人も多くなるだろうし、お客さんも男子だけじゃなくて女子も来てくれるかもだし」


 この案に対して男子から何も反対が出なかったのでそのまま採用することになった。けれど、1つ問題点が出てくる。


「さて、男子も衣装着るということだけど、その衣装どうしようか」


 女子の着るメイド服は確か前に同じことした先輩が残して行ってくれたはずなのでそこは良いのだが、問題は男子の衣装。おそらく残っていないし、もし演劇部に借りるとなったとしても絶対に足りない。


「あ、それなら私、作るよ。裁縫得意だし」


 その大きな問題に救いの手を差し伸べてくれたのは心結。


「お、まじか。けど流石に1人じゃきついだろうから誰か手伝ってくれる人いるかー?」


 そう問いかけると3人の女子が手を挙げた。


「よし、じゃあその3人と辻原さんで衣装班、その他は内装班と調理班に別れるか」


 その後の話し合いで、4人以外の班決めが終わった。その結果、


「お! 仲上くんも調理班なんだ!」

「中原さんも調理なんだ。料理とか得意なの?」

「うん、お弁当とかは自分で作ってるよー!」

「え、すご。朝とか早いんじゃない?」

「うーん……すごい凝ったものとかはお弁当に入れないし、最悪6時とかに起きれれば間に合うかなー」

「6時……それでもすごい……」

「ありがと。もし良かったら今度……ってダメダメそんなことしたら心結に怒られちゃう」

「ん? 最後なんて……」

「なんでもない!」


 南月の声がだんだんと尻すぼみとなっていったせいで良也の耳には届かなかった声だが、内容的にも聞こえなくて良かったと自分の席に戻った南月は思うのであった。



 ◆ ◆ ◆



「な、仲上くん、ちょっといいかな」

「辻原さん。どうしたの?」


 文化祭のあらかたの内容を決め終え、放課後を迎えた良也は帰る準備を済ませてあとは帰るだけという状況だった。そんな良也の肩をちょんちょんと叩いた心結はまだ話をすることに緊張しているのか顔をほんのり赤くしている。


「えっと、その、ちょっと付き合ってくれないかな」

「え!?」

「あ、ごめんね急にこんなこと……」

「いやそれはいいんだけど……あの、付き合うって?」

「ちょっと衣装係で買わなきゃいけないもの出ちゃってね、その、先生からお金渡されたの仲上くんだし、買い物に付き合ってくれないかなって……」

「あ、ああ! そっちの付き合ってねか。びっくりした……」


 『付き合ってほしい』の意味を勘違いしていたことに気づいた良也も心結に揃って顔を赤くすることになってしまった。

 良也が顔を赤くすることになった原因の心結はというと、断られないか心配なのか必死に良也の顔を覗き込んでいる。


「だめ、かな……?」

「え、あ、べ、別にいい、けど……」


 無事良也のオッケーをもらった心結は小声で「やったっ」と声に出しながら小さくガッツポーズをしている。

 一方の良也は今さっきの恥ずかしすぎる勘違いと、それに畳み掛けるような心結の上目遣い&「だめかな」という囁きというダブルコンボで無事ダウンしてしまった。



 ◆ ◆ ◆



「えーっと、あといるのは……」


 無事ダウンから立ち直ることができた良也と、良也をダウンまでさせた心結は学校の近くにあるそこそこ大きなショッピングセンターの中にある手芸店に来ていた。

 衣装班で要るものをメモした紙を手に持ちながら手芸店を歩き回る心結の後ろを付いていく良也。


(辻原と普通に話せるようになった)


 その良也は頭の中でこう思っていた。

 昨日までこっちから話しかけても全然反応してくれなかった、塩対応だった心結が一緒に委員になった途端に話しかけてきて、普通に話せているのだ。一体なぜこうなったのか、良也はもちろん知る方法もなく、その真相は謎に包まれている。


「よし、最後の1つあった……!」

 その心結の声で現実に戻った良也は心結から商品を入れたカゴを受け取り、レジに向かう。


「お買い上げありがとうございました」


 店員から袋に入った商品を手渡された良也はそのまま店の外で待っていた心結のもとへ向かう。


「お待たせ」

「あ、ありがとう……それ、もらうよ」

「え? ああ大丈夫だよ。どうせ帰る方向一緒だし」

「あ、そっか……ってえ?」

「え?」


 以前南月と一緒に帰ったときに心結の家の場所を教えられていた良也はどうせ中原が辻原に「教えたよー!」とか言っていると思っていた。が、今の心結の反応を見て良也の予想が外れていることは誰の目で見ても明らかだった。


「い、一緒の方向って……もしかして南月の家の近く……?」

「え、うん。前中原と一緒に帰ったときに『ここ辻原の家だからー!』って。……もしかして何も聞いて……」

「う、うん。南月からは何も言われてない……」


 ショッピングセンターの中はちょうど夕時ということもあって様々な買い物客で賑わっている。が、二人の間にだけはなんとも言えない静寂が流れている。


「……私もう帰るね……!」

「あ、ちょっと……!」


 ついに静寂に耐えられなくなったのか、心結はその場から走り去ってしまった。




「はーい……って仲上くん? どうしたの?」

「ちょっとこれを明日辻原に渡してほしくて……」

「ん? これは……裁縫道具? ……はぁそういうことね、何となく何があったかわかった」


「なんでまた心結は……」と言いながらスマホを触り、耳に当てた。


「あ、もしもし心結? ……あんた、何逃げ出してんのよ。……あんたね、それだけで逃げてどうするのだからいつまで立っても……って近くに仲上くんいるんだった」

「え? 今私の家の前にいるけど……はいはいわかったから。じゃあ一旦切るよ? はーい」


 南月はスマホを耳から離すと、ふと良也の方を見て、手をぱんっと合わせた。


「ごめん仲上くん! 今日のところは一旦帰って!」

「え、えぇ?」

「これ以上いたら心結が……ってうるさ。スマホ投げんな心結!」


「じゃあそういうことだから……」と南月はゆっくりと静かに扉を閉めてしまった。


「…………」

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