第18話 龐統、的盧と再会す

 時は来たれり。

 地平線の彼方に微かに見えるのは立ち上る土煙だ。


 あれこそ、まさしく騎馬の大軍が行軍している証拠である。

 斥候の報告でそろそろ、敵軍が現れる頃合いだと思っていたが予想よりもやや遅いな?

 こちらとしては十分な準備を出来る時間が、取れたので非常に助かったぞ。


 行軍が遅くなった理由も何となくだが、予想はついておるのだ。

 数に物を言わせた策の欠片も感じさせない戦が主流な地である。


 勝利以外はないと信じ切っているに違いなかろう。

 それが無自覚の慢心と油断を生んでいることには全く、気が付いていない。

 気が付いた時にはもう手遅れだろうて。




 モーラの町は北東と南東で大きな湖に面している。

 何でも古の昔に星が落ちたというとんでもない理由で出来た湖だとか。


 水深がかなり深いのに加え、吹き寄せる風が非常に強いのだ。

 この複雑な地形が影響し、交通の難所となっている。

 急がば回れで遠回りになっても陸路を行く方が、賢明であるようだ。

 それくらいに命を失う可能性が高い湖ということだろうて。


 よって、水軍を持って攻め寄せるのは非常に困難である。

 北と東は天然の要害と判断して、間違いなかろう。


 敵に孔明諸葛亮公瑾周瑜のような者がいれば、この判断は命取りになる。

 孝直法正公達荀攸も恐らくはワシの策を見破るだろうなあ。


 いかん、いかんぞ。

 ワシとしたことが穴だらけの策ではないか。


 何よりも時間が足りぬ。

 人材も足りぬ。


 無い無い尽くしである。

 策とは何重にも張り巡らした上で万全とせねば、ならないのに何という体たらくか!


 しかし、ここで焦っては孔明に笑われる。

 冷静にならねば、ならんのだ。


 まず、モーラに攻め寄せようと企んでいるのはエルヴダーレンという町である。

 このエルヴダーレンはモーラの北西に位置している。

 地勢から考えても水軍を編成し、川や湖から攻め寄せるのは困難だろう。


 領主のトールヴァルドという男もまた、フランシス殿以上に力押しを是とする性質と思われる。

 過去の経歴を鑑みるに英雄の気質を持った男であるようだ。

 脇を固める人物も同じようなたちの者ばかり。

 考えるのが苦手なのと思われる。


 何でも名前にこの地で人気のある軍神の名が入っていることを誇りとしているようだ。

 その名にふさわしく、勇壮な戦い方をするのを信条としているとか。

 栄誉を前提にした戦への拘りは美しいものではあるよ?


 ワシには愚の骨頂とも言える愚かな行為にしか、見えぬがね……。

 名誉だけで生きていけるほどにこの世は清くないのだ。




 そのようにで助かったと言うべきところか?

 まさに天が授けし僥倖である。


 何の策もなく、攻め寄せてくるだろう。

 奇をてらった奇策として、水軍を擁するとは思えない。

 それは彼らにとって、美しくないのだ。


 十中八九、ただ頭数を揃えた大軍でもって、陸路を攻め寄せてくる。

 そうしてくれることに感謝の意を表したいほどだ。

 ありがとう、トールヴァルド殿。

 貴公の首を獲り、この感謝の気持ちを伝えたいと思うぞ。


「ひっーひひひひ。シゲン。お主も悪よのう」

「ドリーさんや。その笑い方、やめようか」


 無表情のまま、引き攣るような笑い方は正直、心臓によろしくない。

 あの笑い方は百年の恋も冷めるというものだろうて。


「シゲン。痩せろ」

「この戦が無事に終われば、痩せるかもしれんなあ」

「ほお?」


 氷の視線がグサグサとワシの腹と胸に突き刺さった。

 何という破壊力。

 だが、ワシはそんな幼女などに負けんよ。

 酒は百薬の長ぞ?


「シゲン。用意をする」

「分かっておるさ」


 フランシス殿に借りた彼の愛馬。

 黒鹿毛の立派な馬である。

 夜の闇を纏ったと錯覚を覚えるほどに見事な毛色をしておるではないか。

 他を圧倒する雰囲気はまるで王者の如し。


 ただ、気にかかる点が一つだけある。

 それは額から伸びる白い星模様だ。

 口にまで伸びる星模様は凶相とされる。


 つまり、――劉備玄徳が騎乗した馬としても知られる主人に不幸を呼ぶ馬――である。

 思い返せば、ワシが落鳳坡で乗っていたのもなのだ。

 玄徳殿が命を落とすという凶をワシが変えた。


 そこに一切の後悔はない。

 何という星の巡り会わせかと思わなくはないが……。


 しかし、これこそが今回の策の要でもある。

 まずは奴等に勝った、と思わせねばならない。

 その為には上質な餌が必要となる。

 喰いつき、蟻地獄の罠へと導くにはそれだけの魅力がなくてはならん。

 餌とは即ち……。

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