第7話 龐統、デッドラインを引く

 ドリーのヤツは思い切り、袖を引っ張った。

 ワシは中腰という無理な姿勢をとっていたのでどうなるかのかは自明の理であろう。

 何ともみっともない姿で地面と接吻した。


 それだけのことである。

 体をもっと鍛えておけばよかったなどという後悔は全く、役に立たんのだ。


 当然のように場は一瞬、静まり返った。

 ボロキレのようなドレスで逃げ場を失い、組み敷かれていた少女も大きな目をさらに大きくしたまま、固まっている。

 少女を押さえつけて、下衣を脱いで臨戦態勢だった賊のアレも急な事態にどうやら、意気消沈したようだ。


 これぞ、まさしくワシの計なれり! であるな!?


「何だ、このオッサン!」

「ぶち殺されてえのか、おっさん」


 賊はゆうに十人くらいか。

 正確には九人であるな。

 お楽しみのところを邪魔されたので頭に来ているようだ。


 目の前に用意された豪華な食事にいざ手を付けようとしたら、ゴキブリに挨拶されたのである。

 それは気分も削がれるだろうて。

 ワシはゴキブリではないがね!


 どうにか、立ち上がり土埃を落とし終わったところのワシはどうするべきか?

 はてさて、どうしたものかと考えている。

 思い切り殺意を向けられているようだが……。


「さぁ、シゲン。やれ」


 気づけば、袖をくいっとドリーに引かれ、促された。


「シゲン。お前には出来る。やれ」

「本当に?」

「いいから、やれ」


 ドリーの黄金色の右目と空色の左目が容赦なく、ワシを射抜いてくる。

 「ワシには出来んよ」などと言ったら、躊躇なく尻に蹴りを入れてくる目だよ、あれは……。


「お主ら。よおく聞くがよい。悪いことは言わん。その娘を解放し、すぐに去るがよい。さもなければ……」


 ワシは十歩だけ、賊の方へ近づくと右の爪先で大地にすっと一本の線を引いた。

 ドリーによれば、この一連の動作でワシの中に眠るフェ……ファ? ふぁーでふぇーな力が燃え上がり、どうにかなるらしいのだ。


「死にたい者から、かかってくるがいい。この線を越えた先着三名に特別にワシが墓碑銘を考えてやるぞ? 今なら、お得だな」


 もしかして、ワシ、カッコいい?

 ……とチラッとドリーを見ると興味の欠片も抱いていない死んだ魚のような目を向けられた。

 もう少し、興味を持ってくれていいと思うんだが。


「この野郎! ふざけやがって。おめえからぶっ殺してやるぜ。ひゃはー!」


 賊の中でもいかにも活きがいいといった感じの若いのが、真っ先に曲がった刀身の剣を手にして、こちらに向かってきた。

 何だろうな。

 ワシ、とてもムカムカしておる。

 賊の顔が無駄にいいせいだろうか?


「思い出せ、シゲン。顔がいい。炎。さぁ、お前の力を見せる時がきた」


 幼女のドリーに言われてもいまいち、やる気が出てこない。

 だが、無駄に顔がいい賊。

 そして、燃える火で思い出したぞ。


 そうだった。

 赤壁の戦いで顔のいいのが二人で掌に『火』とか、書いていたんだったか?

 ワシのことを忘れて、お主らだけで盛り上がっていたよなあ。


 ワシ、何だか、ムカムカしてきたぞ。

 とてもムカムカしてきた。

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