第5話 龐統は魔法使いでは……ない?

 ワシは小さくなったドリーをなぜか、おんぶしている。


 そして、道なき道を歩いている訳だがどうして、こうなったのだね?

 解せぬ。

 解せぬよ。


「これは運命。諦めるのが肝心」

「へいへい」


 道なき道だが、獣道よりはましか。

 一応は道と呼べるかもしれない程度ではあるが……。

 ろくに整備もされていないことが見て取れる。

 雨が降れば、泥まみれになれること請け合いだ。


 これでも街道ではあるのだろうて。

 ワシが命を落とした地の桟道なぞ、道という名がついているだけの代物だ。

 何しろ、命懸けで通らねばいけないのだからな。

 断崖絶壁に木の杭を打って、その上に板を張っただけのものを道と称しているんだぞ……。

 たまに人が落ちるのが常というのもどうかと思うがなあ。


 それに比べれば、


「しかし、この道はどこまで続いているんだね?」


 右も左も昼なお暗き鬱蒼とした森。


 右を向いても緑。

 左を向いても緑。


 おまけに道は真っ直ぐではなく、曲がりくねっている。


「行けば、分かる。迷わずに行く」

「へいへい。そうですか」

「シゲン。それでいい」


 言いたいことだけを言うと静かになり、背中がやや重くなった。

 ドリーはどうやら、寝てしまったようだ。

 身なりが小さくなっただけでなく、中身まで子供っぽくなったのかね?


 やれやれだ。

 ここがどこだかも分からない。

 ドリーの言う通り、真っ直ぐではないが先に進むしかないか。


 不思議と今のところ、疲れも感じていない。

 止まるんじゃねえぞということだな。


 今、足を止めると二度と歩けない気がしてきたぞ……。




 どれだけの距離を進めたのかはさっぱりと分からんのである。


 ドリーを背負って歩き始めた時、頭上にあったお日様が落ちかけている。

 夕焼けがきれいだのうなどと感傷に浸りたい。

 それほどに中々、壮大な景色ではあるのだ。


 ところがである。

 のっぴきならない状況に陥っているのが今のワシ。


「シゲン。敵?」

「起きたのか? 敵……かは分からんね」


 風もあまりなく、時折聞こえるのは獣の鳴き声くらいだ。

 実に静かなものだっただけに微かではあるが聞こえてしまった。

 あれは間違いなく、人の声だろう。


 それも切羽詰まった状況にある者が上げる悲鳴に近いものだった。

 元直徐庶――諸葛孔明の友人であり、劉備玄徳に孔明を推薦した智謀の士――であれば、見過ごせないと得意な剣を手にして、迷うことなく行ったんだろうな。


 ワシはそういうのが得意ではない。

 頭を使うのが得意分野なのだよ。


「シゲン。迷うことは無い」

「そう言われてもドリーさん。ワシは動くのが苦手でね」

「大丈夫。シゲンは魔法使い」

「いや、その魔法が分からんて」


 魔法について、長々と語られた。

 しかーし、ワシの優秀な頭をもってしてもさっぱり、分からん。


「シゲンは使える。三十六。してない。大丈夫。何の問題もない」

「何の話かね?」

「シゲンは三十を過ぎて、ドーテー。大丈夫。魔法を使える」

「ワシ。妻と子がおるが?」

「はい?」

「おう?」


 もしかして、ワシやっちゃった?

 何か、まずかったのか?


「も、問題ない。シゲンならいける」


 声が震えているのは気のせいではないな。

 動揺しているようだが、本当に大丈夫かね……。


 ワシは意を決して、くぐもった声の聞こえる藪の方へと歩みを進めるのだった。

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