第2話 巻き込まれた龐統

 ああ、柔らかい。

 気持ちがいい。

 ずっとこうしていたい。


「いつまで、そうしているの?」


 感情を欠片も感じさせない氷の如き声色とはこのことか?

 抑揚の無い声にはっとした。

 急速に覚醒していく、ワシの灰色の脳。


 ゆっくりと瞼を開けると白い柔肌が目に入った。

 肌理きめが細かくて、瑞々しい肌は艶めかしく、抜けるように白い。


「目が覚めた? なら、早くどいて」


 目線を上げると声の主と視線が交錯した。

 黄金の色をした右目。

 良く晴れた空のような色をした左目。

 不思議な色合いの瞳の持ち主だった。

 引き込まれるようにあまりの美しさにただ、見惚みとれてしまう。


「もう、あなたが面倒を看るのでいいのではなくって?」

「簡単に決めて、いいのかい?」

「いいのよ。だって、早く帰りたいわ」


 雑音が混じった鈴を転がすような声が聞こえた。

 どこか、不機嫌さを隠しきれないゆえの雑音か。

 一人合点するワシを他所にまるで痴話喧嘩のようなやり取りがされている。


 気になるがそれよりもまずはどくべきだな。

 どうやら、ワシはまずい状況にある。

 そう考えて、間違いない。

 とりあえず、まずは立ち上がるべきだと考え、手に力を入れるとむにゅとした柔らかな感覚が……。


 この感覚は知っているぞ。

 柔らかいだけでなく、すぐに戻ってくるハリの強さ。

 揉み応えのある立派なモノをお持ちのようだ。


「手もどけて」


 そういうことだった。

 慌てて、飛びのいてから、地べたにどっかりと座る。

 こういう時はまずは謝罪をしてから、交渉すべきだ。


「すまん! 知らなかったとはいえ……」


 ワシの前に立つ二人の女――女というにはまだ、若く少女と言った方がふさわしいだろう――と一人の男――こちらも男というよりは少年だ――はワシが見たことのない装束に身を包んでいた。

 良く磨かれた金属板みたいな色の髪は西方から、やってきた人間のようだが……。


「今回はお祖父様オーディンに譲ってあげる。わたしは帰るわ」

「本当にいいのかい? 気に入ったから、呼び戻したんだよね?」

「そうね。そうではあるけど……。君の方が大事だから」


 見つめ合う美男と美女。

 あの……もしもし?

 ワシ置いてきぼりなんだがね。

 どうすれば、いいのさね。


「そういう訳だから」

「どういう訳さね!?」


 若き男女は人前でもはばかりなく、イチャイチャし始めたのである。

 言語道断。

 男女七歳にして席を同じゅうせず、であろうよ?


 ワシが微動だに出来ずにいるとトントンと肩を叩かれた。

 そこに感じられるのは優しさや温もりではない。

 かといえば、同情や憐憫でもない。

 強いて言うのであれば……


(何だ? この威圧感は!?)


 であろうか。

 叩いてきたのはワシが知らぬ間に胸の谷間にお邪魔していた女だ。


 ほぼ裸。

 胸と股を覆うだけの布地の少ない衣は着ていて、恥ずかしくないのか。


「恥ずかしくない。むしろ見て欲しい。興奮する」


 へ、変態だ!

 間違いない。

 見られて興奮するのは危ないヤツだ。


 見るな! いや、もっと見てくれ!

 そんな危ないヤツが玄徳殿のところにもいたぞ……。


「そんなに見られたら、分かる」


 ついガン見していたらしい。

 ちょっと動いただけでボヨンボヨン揺れるのを見るなと言われても困るさね。


 しかも顔までとびきりの美少女がボヨンボヨンさね。

 見てしまうさね。


冥府の女主人ヘル。この人、貰っていい?」


 件の少女はもうこちらのことなど、興味がないのだろうか。

 あっちに行けと言わんばかりに手で追い払うような仕草をした。


 ワシ、何か、悪いことしたかね?


 したような気もするさね……。

 しかし、戦乱の世では仕方ないさね。


 ワシははかりごとをもって戦う軍師なんさ。

 人のことわりに反することもせんといけなかったさね。


「許可は得た。あなたはこれから、死せる勇ましき者エインヘリヤルとなる。私はゴンドゥル。大いなる神オーディンワルキューレ。そして、あなたを指導する者」


 ワシに見られていることで頬を赤く染めている変態娘が何か、妙なことを言っているんだが……。

 どうすればいいさね。

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