145. ヴィットーリア

「いや、申し訳なかった」


 ネイの実家。貧民街にあるにしては小綺麗な家であり、居間らしき大部屋には民族的文様が描かれた丸いカーペットが敷かれている。そこにあぐら座りしたヴォットーリアが頭を下げた。

 

 彼女の謝罪を受けたリズ。ヴィットーリアと同じく足を崩した彼女は未だ怒りがさめないようで、頬を膨らませつつ腕を組んでいた。 

 

「この国で頭巾をする者といえば、他人の前で顔を隠す貞淑な男というのが常識でな。ついつい思い込んでしまった。そういえば外の国は男女の価値観が逆転しているのだった」


 ヴィットリーアの言い訳に、成程とうなずくレヴィア。砂漠で助けた頭巾の男たち。何で顔を隠しているのかと疑問に思っていたが、そういう理由だったらしい。宗教的理由ではなく、価値観的なものだったようだ。

 

「ごめんね、うちの妻が。リアってば、たまにおっちょこちょいだから。さ、皆さま。慣れていない方にカルドの気候はお辛いでしょう? 冷たい飲み物と果物をお持ちしました」


 そしてネイの父。低身長かつ優しそうなヒゲおじさんであり、身に纏う服はしゃれっ気の無い長袖に長ズボン。薄手の生地とはいえ暑そうだ。高身長かつ腹だしスタイルのヴィットーリアとは対照的な恰好だった。

 

 レヴィアにはカマ野郎としか思えないナヨナヨとした男ではあるが、カルド王国ではああいう性格がモテるのだろう。全く理解できないが。


 しかし、父は置いておいてネイの母。リズを見て男と思い、挙句ネイの夫と思うとか。どれだけ都合のいい頭をしているのだろうか。流石はネイの母だ。レヴィアはある意味感心した。

 

「申し遅れた。俺はヴィットーリア・シャリーク。カルド王国竜騎士団の元団長にして、そこの馬鹿の親だ。こっちは夫のネロ」

「よろしく、皆さん」


 夫婦はそう言って頭を下げた。ヴィットーリアはあぐらをかいたまま堂々と、ネロはお腹前で手を重ねて楚々そそと。


「あのさ。それよりネイなんだけど……」


 ふと、ちらちらとネイの方を見ていた純花が言う。何故なら今のネイは土下座状態。ヴィットーリアに向かって。さらにその姿はボロボロである。先ほど仕置きと称した激しい訓練が行われた結果だった。

 

 そのネイに対し、ヴィットーリアは目を向けぬままにつぶやく。

 

「ふむ……。『次会うときは理想の騎士となって戻る』だったか?」

「っ!」

「二十になってもフラフラしたままのお前を案じたからこそ見合いを持ってきてやったのだぞ? なのに書置き一つ残して逃げるとは……何が理想の騎士か。何と女らしくない。我が子とは思えぬほど情けない姿よ。それでも男の一人でも連れて帰れば許してやろうと思っていたのだが、この様。一体いつになったら俺は孫の顔を見れるのだ? んん?」


 ぐちぐちと説教を始めるヴィットーリア。言い返せないのかネイは頭を下げたままである。

 

 この世界では二十前後で結婚するのが一般的。それはカルド王国でも変わらないようだ。ついでに子供が行き遅れれば嫌味を言う母親というのは国や世界が違っても同じらしい。

 

「しかも前王が崩去なさった肝心な時におらぬという。フィアンマ様がどれだけ苦労されたと思う? ただでさえ大変だっただろうに、数十年に一度の洪水まで起きた。復興に経済対策……例え役に立てずともそばにいてお支えするのが騎士と言うものだろうが。アリーナを見よ。あの立派な振る舞いを」

 

 説教を続けるヴィットーリア。何も言い返せず土下座を続けるネイ。お隣の太郎くん(二十代前半で順調に結婚)と比較されまくったという、前世の苦い記憶を思い出すレヴィア。

 

「……ふう、まあいい。不肖の娘とはいえ、我が娘。放っておくのも気が咎める。知人を当たる故、今しばし待て」

「は、母上っ!?」

「嫌とは言わさぬぞ。いつまでも一人でふらふらしているからいかんのだ。王に為、国の為に尽くし、家を続かせてこそ騎士と知れ。それに、シャリーク家の家督は女が継ぐと決まっている。お前以外に女が出来なかった以上、お前が継ぐしかない」


 察するに、どうやらネイには兄か弟がいるようだ。恐らくは婿に行ったのだと思われる。そして長女が家を継ぐという決まり。逆転した中世的価値観と考えれば自然な考えではある。

 

「ま、待ってくれ母上! 今はそれどころではなく、優先すべきことがあるのだ! 母上も知っているだろう? 北の魔王の事を!」

「魔王だと……?」


 ネイは主張した。続いて自分たちが遭遇した赤の爪牙についても説明し始める。

 

 最初こそ怪訝な顔をしていたヴィットーリアだが、徐々に顔を真剣なものに変化させ、腕を組んで何かを思い出すような様子を見せる。


「どうしたんですの? 何か心当たりが?」

「いや……何でもない。流石に関係なかろう」


 レヴィアが問いかけると、ヴィットーリアはふるふると首を振って否定。


 一体何だろう。レヴィアと純花は互いに顔を見合わせて不思議がる。


「すまんな。不安がらせてしまったようだ。いや、大したことではないのだ。ただ、俺にとっては奇妙そのものでな」

「奇妙?」

「ああ。何というか、妙な好みを持つ騎士が増えたというか。単なる流行りだとは思うのだが、俺には理解できなくてだな」


 いかんな、年を取ると……と苦笑するヴィットーリア。


 流行り。一体どんな流行りなのだろうか。レヴィアがそれを聞くと……


「うむ。何やら貞淑さのカケラもない男がモテているようなのだ。平気で肌をさらけだすような。全く、はしたないと思わんか?」

「はしたないって、股間でも晒してるんですの?」

「ばっ……! そ、そんな訳なかろう! 腰とか太ももとか、二の腕とかだ!」


 反射的にレヴィアが問いかけると、ヴィットーリアは顔を真っ赤にして叫んだ。そういえば逆転してるのだったとレヴィアは反省。

 

 しかし、二の腕を出すのもはしたないのか。どうやら思った以上にカルドの女は男の肌にエロスを感じてしまうらしい。そういえば、道行く男たちはほぼ全身を覆うようなしゃれっ気のない姿ばかり。女のエロスゆえにそうなったのか、はたまた男が隠すからこそエロスを感じるようになったのか。

 

「とにかく、関係ないみたいだね。好みの変化なんて日本だとありふれてたし」


 純花の言葉。

 

 確かにそうだ。昔のアイドルの髪型やら化粧やらを見ても、今となってはダサいとしか感じない。加えて内面の傾向も変化してゆく。現代付近で言えば、三歩下がって歩く女から自立した女へ……という感じだろうか。


 ただそれは、偶然に変化するものではないとレヴィアは思っている。政治、軍事、経済、宗教……そうした時代の変化によって人々に求められるものが変わるからこそそうなるのだ。

 

 しかし、この世界はほぼ全世界がルディオス教を信仰しており、中世的な価値観が強く残り、産業革命のようなものも特に起こっていない。つまり世界的な変化は魔王の件を除き、現時点ではありえない。

 

 だとするとカルド王国で何かしらのあったと考えるべきだろう。ならばどんな変化が起こったのか。レヴィアは頭をひねる。

 

「……そういえばネイ。王都に入れなかった件は? 確か以前は入れたんですのよね?」

「あっ。そうだった。母上、実はだな……」


 ネイが先ほど起こった事を話す。すると、ヴィットーリアは特に驚く様子もなく「ああ、それはな……」と話し出す。

 

「王が結婚するのだ。だが、相手が相手だけに反対派もいてだな。困ったことにならぬよう、現在許可の無き者は王都に入れぬのだ」

「ファインマ様が……? 一体どんな相手と?」

「アングレンの王子だ。あまり関係が良くなかった国だが、カルドが危機の際に支援してくれてな。この際により関係を深めようとの事だ。王子としての順位は高くないが、経済には明るいようで、カルドの振興にも助力して頂いていると聞く。ありがたい事よ」

「な、成程。しかし、カルドの者とは……」

「合わぬだろう。俺含め、そう考える者は多くいた。故に一年ほど前より試し期間という意味で我が国に駐在しておられるが、今のところ問題があったという話は聞かぬな」


 国が違うから合わない。恐らくは性格的な意味だろうとレヴィアは察する。気質的に考えれば男同士が結婚するようなものなのだから。上手くいかないケースも多々あるのだろう。国際結婚は上手くいき辛いという現象の極致と言っていい。

 

 とにかく、特に不自然ではないようにも思う。しかし、ここ最近に台頭した他国の王族というのがどうも気になる。領主の甥と入れ替わっていたランスリット、僻地から徐々に国をむしばんでいったイルザ、ゼンレンを組織すべく活動していたヴォルフ。赤の爪牙は様々な手段で国を乱そうとしている。もちろん杞憂という可能性も高いが……。

 

 ネイも同じようなことを考えたらしく、真剣な顔をヴィットーリアへと向ける。

 

「母上。めでたい中こんな事はいいたくないのだが、これまでの事から考えるに魔王が関係している可能性は十分にあると思う。もし王に何かあったら……」


 国の危機。そう主張した。すると、ヴィットーリアは腕を組んで考え始め……


「……いいだろう。俺は引退した身。アングレンの王子についても噂でしか知らぬ。王宮へ行き、この目で見てこようではないか。それに、何か異変が起きているとすれば一番に情報が手に入るだろうしな」


 立ち上がった。どうやら協力してくれるようだ。

 

「とはいえ、すぐにとはいかぬかもしれぬ。王はお忙しい。面会には時間がかかるだろう。お客人方、それまではこの家でごゆるりと」


 そう付け加え、ヴィットーリアは玄関の方へと歩き始めた。

 

「それと、ネイ。見合いを見繕ってくるゆえ、心構えをしておけ」

「母上!? だ、だから今はそれどころでは……」

「別に並行して出来ぬ訳ではなかろう。魔王の脅威があるならなおさら後継ぎの存在は重要。早く結婚して孫を抱かせい。……逃げるなよ」


 が、ネイのアレコレについても忘れていなかったようだ。ヴィットーリアは振り返り、ぎらりとネイを睨んだ。

 

 有無を言わせぬといった眼光。言い返そうとしたネイだが、その迫力にきゅっと縮むのであった。

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