142. 逆転国家の光景

 砂漠を進み、いつくかの町に寄ったレヴィアたち四人。水の出るオアシスがある場所に町を作っているようだった。水がない場所に人は住めないから自然な成り行きといえよう。

 

 が、そこで見る光景は全く自然ではなかった。

 

「それじゃあ行ってくる。マリオ、留守を頼んだぞ」

「こらっ! 男の子なんだからおしとやかにしなさい!」

「ヘイヘイ彼氏ぃ。可愛い顔してるじゃん。お姉さんと一緒にお茶しなーい?」


 家を発つ女と、それを見送る男。元気に走り回る少年を注意する父親。男をナンパしようとする女。


 男女の行動。その全てがあべこべであったのだ。

 

「あ、頭痛くなってきた……」


 ラクダに乗り、砂漠を進みつつも両手で頭を抑えるリズ。彼女の常識からすれば不自然ってレベルではないのだ。

 

 特にリズは伝統的な価値観が数多く残る田舎出身。都会に出てかなり緩和されたとはいえ、男は男らしく、女は女らしくすべきと考える傾向がある。その全てが逆ともなれば困惑して当然だろう。

 

「ね、ねえネイ。これ、赤の爪牙の仕業だったりしない? また変なレアスキルを使われて」

「違うにゃん。これがこの国の普通なんだにゃん。そもそもそんな大規模な事が出来るレアスキルなんてありえないにゃん」

「そうなんだけどさ……。ていうかいい加減その言葉遣いやめなさいよ」


 一抹の希望を込めた言葉を放つが、この国出身のネイは即否定。

 

 確かに、国レベルで常識改変するレアスキルなどこれまでに確認されていない。仮にあったとしても、それを発動する魔力が足りないだろう。レアスキルの発動には魔力が必要であり、規模に応じて消費量が増える傾向があるからだ。

 

「一体何故こんな風になったんですの? 隣の国は普通でしたのに。何でカルド王国だけ?」

「ああ、それはな……」


 レヴィアの疑問に、ネイは語り始める。

 

 カルド王国。その歴史は古く、はるか古代文明までさかのぼる。

 

 魔王に滅ぼされかけていた古代文明。いくつもの町が滅ぼされる中、この土地も例外ではなかった。豊かな大地は砂漠に変えられてしまい、人の住まぬ場所になってしまう。

 

 しかしルディオスにより魔王が封じられると、一人の女戦士が立ち上がった。その土地を統治していた一族にして、亡き主君の息子である少年と共に。

 

 女戦士の尽力により、砂漠に小さな村が出来、徐々に人が集まってくる。村は町になり、町は都市となり、そのうち小さな国とも呼べる規模になった。そして少年が成人する頃、女戦士は言った。「これよりこの国は貴方のものです。私は一本の剣に戻り、貴方をお守りいたしましょう」、と。

 

 しかし少年はこう返す。「ならば主君として命じる。私は私の持つ全てを貴女にゆだねよう。この国を作ったのは貴女だ。貴女こそが王にふさわしい」、と。

 

「そうして国を譲られた女戦士は、のちに少年と結婚。文字通り正にすべてをささげられた訳だな。以来、たくましい女こそが女らしいという価値観が出来上がったとの事だ。その故事から『男に全てをささげたいと思わせるほど素晴らしい女になれ』なんて言われて女は育つんだ。男は逆に『全てをささげるほど素晴らしい女を育てよ』なんて教わる」


 どうやら建国時からの価値観らしい。よく今日の今日まで続いたなとリズは思う。閉鎖的な自分の故郷ならまだしも、そこまでという感じはしない。ならば外との交流で変化しそうなものだが。砂漠という厳しい環境がそれを寄せ付けなかったのだろうか?

 

「その割にネイは普通……えーと、カルド王国からすれば普通じゃないのか。とにかくレヴィアやリズと同じ感じだよね。何で?」

「うっ。そ、それはだな、少し言葉にするのははばかられる事情があるというか……」


 純花の疑問に、ネイはたらりと汗を出して言いよどんだ。「どーせ輸入モノの恋愛小説にハマッたとかその辺でしょう」とレヴィアが言うと、ネイはギクリと体を震わせる。どうやら図星だったらしい。


「あー……。そういうのに影響される人って多いのかな。中学の頃にもいたし。『女は女らしくあるべき。なんたらかんたらのヒロインはー』なんて私に説教してきて」

「それは相当ですわね……。で、どうしたんですの?」

「面倒だし、無視してた。まあ他の女子が怒ってたけど」


 どうやら純花の世界にも同じような人がいるらしい。それを聞いたネイが「わ、私は他人に強要したことなんてないぞ」と焦り、レヴィアが「強要する根性がなかっただけではなくて?」と突っ込む。もちろん否定するネイだが、逆光源氏なんてものにハマッていた辺り怪しいものである。

 

 

 

 そんな会話を交わしつつ、砂漠を進む。すると、砂の向こうに宮殿のようなものが見えてきた。

 

 カルド王国カルディナ。王都であるその場所にようやくたどり着いたのだ。

 

 近くに大きな河川が流れており、周囲にいくつもオアシスが点在する。砂漠の中にあるとは思えないくらい水と緑にあふれ、田園地帯すら存在するようだ。王都にするにふさわしい場所であった。


 黄土色の城壁に囲まれたその都市へ入ろうとするリズたち一行。しかし……

 

「止まれ。君たちは外国人だな? 悪いが、現在許可のない者の王都への立ち入りは許されていない」


 門番に止められてしまう。数人いるが、もちろん全員が女だ。そして彼女らの言う通り、リズたちだけでなく、一部の商隊以外はすべて追い返されていた。

 

 一体何故。リズたち三人は疑問と共にネイの方へ向くと、ネイはぶるぶると首を振った。どうやら彼女が出国した時にこのような事は起こっていなかったらしい。

 

「ま、待ってほしい。一体どうしたんだ? 以前は普通に入れただろう。王都で何かあったのか?」

「君たちが知る必要はない。去れ」


 ネイが問いかけるも、取り付く島もない。もしかして魔法都市の時のように何らかの問題が起こっているのだろうか。そう予想したらしいレヴィアは険しい顔をしつつ問いかける。

 

「ネイ、アナタ騎士だったんでしょう? カルド王国の。コネとかありませんの?」

「そ、そうだった。……コホン。私はネイ・シャリーク。この国の元騎士である。そしてここにいる者すべて、私が出自を保証しよう。通してくれないだろうか?」

「ネイ……? なんと、ネイ様ですか!?」


 そうしてネイが交渉を持ちかけると、兵士の一人が大声を出した。リズたちは思わずビクリとする。


「確かにその凛々しいお姿はネイ様そのもの! 帰って来られたのですか!」

「あれからさらに逞しくなられたようだ!」

「ようこそお帰り下さいました! 王も喜ばれましょう!」


 次々に放たれる歓迎の声。先ほどまでの難しい顔は既になく、喜びと憧れの目線をネイへと向けている。

 

 さらに彼女らの声を聴いた周囲の者たちも「ネイ様?」「ネイ様だって?」「なんと、お帰りになられたのか」とざわついている。

 

 予想以上の反響。ネイが元騎士という事は知っていたし、優れた戦士という事も理解している。だが、これほど周囲の者に認められているとは……。リズは困惑しつつも口を開く。

 

「ね、ねえ兵士さん。ネイってそんなに有名なの?」

「当たり前だ! 同行者なのになぜ知らない!?」

「質実剛健にして公明正大! 弱きを助け強気をくじく正義の騎士!」

「寄ってくる男連中に目もくれず、ひたすらに忠を貫く……まさに女のあるべき姿を体現した素晴らしいお方よ」


 ……一体誰の事ぉ?


 口々に褒め称える兵士の言葉に、リズは首をかしげた。いや、半分くらいは同意できなくもないが、もう半分は流石にアレだ。男に目もくれないネイなどリズの知るネイではない。自分だけでなく仲間二人もそう思ったらしく、ぽかーんとしながらもネイを見た。ネイは気まずそうに目をそらす。

 

「おっと、こうしてはいられない。早く王にお教えせねば。それとヴィットーリア殿にも。おい、誰かお二人に遣いを」

「!?」


 そうしてしばらくし、一通り喜んだ兵士たちが動き始めた。しかし彼女らの言葉を聞いた途端、ネイがぎくりとした。

 

「ま、待て。待ってくれ。母上はちょっと……」

「ネイ様?」

「フフッ、何を恥ずかしがっておられるのです。早く教えて差し上げねば」

 

 何やら母へ報告するのを止めようとしているようだ。一体何故とリズは疑問に思う。もしかしてあまり関係がよくないのだろうか?

 

「いや、恥ずかしがっている訳ではなくてだな……。そ、それよりも早く通してくれないだろうか。何とか母上に見つかる前に国を出ねば……」


 少し焦った様子のネイ。

 

 そうしたネイの態度を兵士たちも不審に思ったのだろう。兵士たちの目に疑念が宿る。

 

「一体何故そこまで拒否なされるのです? 帰還なされたのなら、まずは親元に顔を出すのが筋というものでしょう。何故ヴィットーリア様に会おうとされない?」

「ネイ様とは思えぬほど情けない態度。貴様、本当にネイ様なのか?」


 怪訝な顔で詰めてくる兵士たち。ネイは「も、勿論だ。嘘などつくものか」と返答するが、兵士たちの疑念は続いたままの様子。ネイは焦り、きょろきょろと周囲を見渡すと……

 

「そ、そうだスミカ。お前が持っているルディオス教の紋章。私の事は置いておくとして、セントファウスの使者として扱ってもらえばいい。少なくとも怪しい者ではないという証明にはなる」

「!?」


 純花へと要請。今度はレヴィアがビクリとした。


「別にいいけどさ……。えっと、確かレヴィアに預けたままだよね? 返してくれる?」

「えーと、えーと」


 何やら焦り始めるレヴィア。「そ、それよりもネイのコネの方が確実じゃなくて?」とひきつった笑みを見せながら言葉を返す。

 

「もしかしてアンタ……」

 

 その様子にピーンと来たリズ。レヴィアは焦り、「あっ、いや、ちょっと背中の調子が悪くて」などと意味不明な言い訳をして来る。が、その姿を見てリズはさらに疑いを強くした。


 加えて門番たち。完全に怪しまれてしまったようで、敵意の目線を一行に向け始める。


「ネイ様を名乗ったかと思いきや、今度はセントファウスの使者だと? 素性をコロコロ変えおって。もしや貴様ら……」

「ま、待て。怪しむ気持ちはわからなくもないが、これには色々と事情が……」

「言い訳は中で聞いてやる。おい、こいつらを捕まえろ」


 数人の番兵たちがこちらへと寄ってくる。このままでは拘束されてしまいそうだ。どうしようかとリズが悩んでいると、レヴィアがぴゅーっと逃げ出した。ネイも捕まるのは都合が悪いようで、レヴィア同様ぴゅーっと逃げ出す。

 

「あっ! 貴様ら!」

「捕まえろ!」

 

 門番の前で逃げるという怪しさ満点の行動。当然、門番らはこちらを捕まえるべく迫ってくる。

 

 リズと純花も捕まるのは嫌なので、レヴィアたちに続き逃げるのであった。

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