きみとせつなに

蒼依月

第1章

第1話

 雪勿せつなはまっすぐ伸びた自分の髪が好きだった。癖という言葉とは無縁の、風によくなびく髪を櫛で梳かしていくことが雪勿は好きだった。ただこの髪の色は嫌いだった。人とは違う、まるで色を失ったような銀色。雪勿の髪は、真っ白い雪のようだった。

 新しい学校は全寮制の学校だった。雪勿の部屋は最上階の一番端で、学校までの移動時間が少し長いが、角部屋は他の部屋よりも若干広い。それに静かだ。人付き合いが苦手な雪勿には、最高の空間と言える。これから静かに、極力目立たず学校生活をおくろう。

 そう思っていたのだが。


「ねぇどこから来たの?」

「こんな時期に転校なんて珍しいね」

「いやでもこの学校元々転校してくる人多いじゃん」

「髪の毛触っていい?わっ!すっごいサラサラ!」

「でもどうしてこんなに真っ白なの?生まれつき?」


 休み時間になる度にクラスメイトから機銃掃射のような質問攻めに遭い、雪勿の愛想笑いは徐々に強ばっていった。

 そんな時に同級生のひとりが言った。


「この学校には幽霊が棲む教室があるの」


 この学校の旧生徒会室は、なにやらいわく付きで、大抵の人は近付きたがらないという。ここの制服を着た黒い男の幽霊が出るのだとか。そんなもの本当にいるのか、偶然居合わせた生徒と見間違えたのではないかと訝しみながら、そこに行けばひとりになれるかもしれない、と雪勿は考えた。

 一刻も早くこの状況を終わらせたい、そうでなければせめてお昼ご飯くらいは静かにいただきたい。転校生がそんなにも珍しいのかというのは雪勿の知るところではないが、興味本位で軽率に関わらないでほしいとは思っていた。

 雪勿は四限終了の鐘と共に、弁当を持って教室を飛び出した。

 この学校には雪勿の教室がある本校舎の他に旧校舎がある。使われることなど滅多にないらしいが、なぜか取り壊されることもなくずっとそこに鎮座している。

 正面の昇降口に鍵はかかっておらず、雪勿は吸い込まれるように中に入った。人の気配は無く、雪勿はそのまま近くの階段を上った。

 目当ての場所は、4階の廊下をまっすぐ行った突き当たりにあった。ドアの上には『生徒会室』の文字。ところどころ煤がかかって見えにくくなっている。

 弁当を胸の前で抱えて、ドアの窪みに手をかけると、思ったよりすんなりと開いてしまった。もっと立て付けが悪くなって開かないかもと思っていたのだが、杞憂だったようだ。


「失礼します…」


 返事はない。やはり誰も居ないかと、雪勿は肩の力を抜いた。

 中は薄暗かった。空気がこもっていて埃っぽい。雪勿は咳き込みながら窓を開けようと部屋の奥に入った。陽の光を遮る分厚いカーテンに雪勿が手をのばした、その時。


「ここは本校舎と向かい合う部屋。そこを開ければ貴女の姿が教師や学友に見つかってしまうよ」


 雪勿は慌ててカーテンから離れた。背後でクスクスと笑う声が聞こえる。雪勿は肩を竦めた。


(まさか本当に…幽霊が…)


 息をのみゆっくりと振り返る雪勿の目が、ソファに横たわる影を捉えた。


「珍しい。お客様なんて」


 声は綿毛のような優しさを持っていた。余り低くはないが、男の声だ。

 カーテンが部屋の窓全てを覆い尽くしている。真っ暗でその顔は見えなかった。

 背中に寒気を感じるのは、窓が近いからというわけではない気がする。

 それになんだか、嫌な感じがした。姿もはっきり見えないのに、どうしてそんなことを感じるのかは分からない。具体的な根拠もない。ただ何となく逃げたいような嫌な感じがする、というだけ。

 出よう、弁当はどこか違う部屋で食べればいい、そう思って雪勿は足早に部屋を後にする。


「し、失礼しました…」

「待って」


 瞬間、半開きになっていたドアが雪勿の目の前でピシャン、とひとりでに閉まった。


「!?」

「こんにちは」


 とん、と壁に手をついて雪勿を見下ろす男の黒い髪が、振り返った雪勿の目の前で男の顔の横を滑り落ちる。


「それお弁当だよね。ご飯を食べに来たんでしょう?」


 距離を詰められ、呼吸を遮られるような威圧感が覆い被さる。雪勿にはその男が、やはりどこか苦手なタイプに思えた。

 若干顔をしかめる雪勿に、だが何故か男は目を細めた。


「ここで食べていきなよ。俺と一緒に」


 高校2年の12月、転校初日。

 今年初めての雪が降った日に、刹那の出会いが果たされた。

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