第7

「いや! やめて…あぎぅっ!?」



 潤くんによって母乳が飛び散り、裸の彼の肌を濡らすも、今度は止まらない。



「だ、だめ、やめて…お願い…お願い…っ、痛いよ、潤くん…」


「はは、僕もそう言った!」



 吸われ揉みしだかれるも、私は悲しくて、辛くて、聞いてくれなくて、半ば放心していた。


 しかも初めて見せたのが、こんななんて…いくら私が迫ってみてもおばさまに止められてるからって言って…



「い、いやぁ…」


「ああ! 僕も言ったさ!」



 そしてついに無理矢理開いた私の大事なところを弄り、だけれど、彼は懸命に擦り合わせるだけで、一向に始まらない。



「やめて、今日は本当に、駄目な日なの…」



 昨日だって、ゴムはつけていた。だからもし今日中に出されたら…



「やめて、やめ…?」


「くそっ! くそっ! くそが!」



 ムニュムニュと滑らせるだけで、これは、勃ってない…?


 こんなことまでしでかしておいて…?


 そんなに魅力がないってこと?


 馬鹿にして…!


 唐突に怒りとか悲しみとかいろいろな感情が湧き出てきた。ナイフのことなど忘れて、力いっぱい平手打ちをした。


 それでも潤くんは気にもせずに続けていた。けれど、そのうち止まり、ため息をつき、「もういい」と言った。


 それは私に言ったのか、自分に言い聞かせたのかわからない。でも潤くんはそうして立ち上がり服を着だした。


 その顔には、昔のような雰囲気が漂っていて、何故か涙を溢していた。



「…なんで涙なんか…私のほうが泣きたいのに…!」



 泣いてやるもんか。あの時、あの時に潤くんに使う涙は全て枯らしたのだ。



「……お前、知ってたか?」


「はあ? さっきからなんなのよ! 知ってるって何をよ!?」


「…俺が学校行かなくなった原因知ってたんだろ?」


「そんなの知らないわ! 潤くんが教えてくれなかったんじゃない! 何度も何度も訪ねたのに!」


「あいつのせいだって知ってただろ?」


「…え? あいつって……敦志のこと…? あの人がそんなことするわけないじゃない! あんなに心配して──ひっ?!」



 またナイフを突きつけられた。ニタリと笑っていて、どこにも潤くんの面影が居なくなった。


 そしてまったく別の話をしてきた。



「そういえば成人式の日、先に帰っただろ? お前の動画見たよ…楽しそうで何よりだった…」


「ど、動画…? 敦志が…何かしたの…?」



 その言葉に潤くんはますますニタリと笑った。悪魔とか道化とか、そんな風に笑った。



「何かだって? ああ、ハメ撮りってやつ、わかるか? そりゃわかるか。主演だもんな! あいつ、嬉しそうに見せてくるんだぜ? はは。俺を虐めて! 不登校に追い込んで! お前を俺から奪って! 最高だったって! あはははッ!」



 また、潤くんは歪んだ。歪んだ顔を貼り付けてまた笑った。いや、泣いてるようにも見える。



「ご馳走様だとよ! あっはっは! 昔聞いたよそれ。はー…陰湿なんだよな、昔から…サイコかよ…」


「…嘘…そんな…わけ…そんなわけない!」


「…はは…嘘か、嘘かもな…知らないってのは幸せだよな。俺は…地獄だったよ。家から出れなくなった。そしたら俺を虐めていたやつとお前が結婚するなんておばさんが言うからよ。やっとの思いで外に出たのに…反吐が出たよ。ははは…」



 何を…頭に入ってこない…今…なんて?



「ほ、ほんとうなの…? だ、だって私から逃げたじゃない! お家に行っても出てこなかったじゃない!」


「ああ、それか。いつもあいつが俺の家に上がり込んで殴る蹴るだ! ははは! お前に近づいたら殺すだとよ! はははは…お前が訪ねてきても出なかった?! 喉を締められてたら声なんかでるかよ!? 腹蹴られて出せるかよ!? 何度も声を掛けようと思ったさ! 何度も何度もな! あははははは…はー…ま、どうでもいい」



 ひとしきり盛り上がったあと、潤くんはスッと能面みたいな顔になった。


 とてもじゃないけど、信じられない。伝える方法なんていくらでもある。でも信じられないくらい迫力がある。


 ここに恨みがあるのは確かだ。


 でも私も恨んでいた。あの日最後の気持ちで呼び出した。二人の思い出が溢れていた公園の時計台だ。


 来てくれるまで待つと言って。


 雨の中、傘もささずに待っていた。



「だ、あの時だって! 来なくて! 私がどれだけ──」


「は、はは。行こうと思ったさ。いや、実際近くまで行った」



「嘘! だってあの時!」



 たまたま通りかかったって言ってたけど、来てくれたのは敦志だ。



「は、あいつ、松村と金谷に俺をボコらせてよぉ、気絶してよぉ。見上げたらお前とあいつ抱き合っててよぉ、ほくそ笑んでてよぉ。はは。二時間も待っててくれてたよなぁ。はは、帰れよくそが」



 二時間…確かに二時間待っていた。ずぶ濡れの中、潤くんを待っていた。



「嘘…嘘よね?」


「…嘘か…お前に嘘なんて吐くかよ…ま、信じなくていいよ。留守中にせめてお前を犯してやろうと思ったけど、やっぱりお前なんかで勃つわけないか…まああいつに虐められてから勃たなくなってたけどな…はははは…」


「…え?」



 わたしに魅力がないんじゃ…なくて…?



「何が幼馴染だ…お前と出会うんじゃなかったよ…あん? なんだその顔。疑ってんのか。まあいいけどよ」



「う、疑ってなんて、ない…けど、じゅ、潤くん…」



 出会うんじゃなかったって…そんなの…悲しいよ。それになんて言っていいかわからない…何より考えとか記憶とか襲われたこととかいじめとか過去の記憶とかでごちゃごちゃとして頭の中がきりきりと痛い。


 吐き気もすごい。


 声がゆっくりと響く。世界が遅い。今まで見えていた景色は果たして現実だろうか。


 敦志と虹歌と思い描いていた未來が急に色を失っていくように感じる。



「ああ、いい、もういいんだ。確認出来たしな…お前だけが唯一の希望だったんだ。勃たないってわかったからな…それだけでも収穫だ…まあ…俺にガキなんて出来ても不幸にしてしまうだけだしな…」



 そう言って、潤くんはまるで憑き物が落ちたかのような表情になっていった。


 顔は青ざめたまま変わらない。



「そ! そ、そんな…悲しいこと…言わないで…よ…」



 やっと出たその私の言葉を、まるで聞いていないかのようにして、潤くんは溜息を吐いた。



「はぁ…こんな事を仕出かしておいて、頭がおかしいのも厚かましいのもわかってる。ひとつ、お願いを聞いてくれないか?」


「え…あ、な、なに…?」


「救済の儀式がしたいんだ」



 そう言って、潤くんは力無く笑った。

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