嫉妬 1

 二週間後、スケート場のオープンが目前に迫り、レナはクラウスとともに彼の領地を訪れていた。

 オープンセレモニーがあるというので、最終確認のため、クラウスはオープン二日前に領地へ向かうというから、レナも彼に誘われてついてきたのである。


 以前来たときは薄い氷しか張っていなかった湖は、すっかり分厚い氷で覆われていて、強度を確かめるために大人が数十人乗ってもびくともしなかった。これならば安全にスケートが楽しめることだろう。

 湖の側に用意した宿も、すでに予約でいっぱいだという。


 近所に住む子供たちが、湖のスケート場を滑りながら、落ち葉や小枝を回収していた。

 湖の周囲に積もっていた落ち葉も、子供たちの頑張りでかなり少なくなっている。

 湖の周りには、暖かい食べ物や飲み物を販売する出店のテントも準備されていた。


「思ったより盛況だな」


 宿の管理人の一人でもあるジュペットから宿の予約表を見せてもらっていたクラウスは、びっしりと並んでいる名前に目を見張った。

 クラウスが宿代の安い部屋も用意するように手配していたからか、予約には平民の名前もたくさん並んでいる。

 貴族や平民が関係なく出入りするため、トラブルに備えて公爵領の私兵も警備のために常駐させるそうだ。


(さすがクラウス様、細かいところまで考えているのね……)


 人任せにするのではなく、自分で采配を取るあたりクラウスらしいが、仕事を抱え込みすぎではなかろうか。そのうち倒れることにならないか、心配だ。


「領主様、終わったよ!」


 子供たちが湖の氷の上の掃除を終えて、宿の玄関ホールに入って来た。空気が冷たいからか、顔と耳が真っ赤になっている。

 クラウスは帳簿から顔をあげて、子供たちの頭に薄く積もっている雪をはたきながら言った。


「助かった。食堂におやつと温かい飲み物が用意されているはずだから行ってこい。あと、午後から外のテントで炊き出しをするそうだぞ。当日出す食事の味見も兼ねているらしいから、顔を出して味の評価をしてやれ」

「「「はーい!」」」


 子供たちは元気よく返事をして、「おやつだー!」と叫びながら食堂へ走っていく。

 スケート場がオープンしている間の臨時雇いで雇われている彼らの母親や父親が、「こら、走るな!」と怒っている声が聞こえて、レナは思わず笑ってしまった。


「みんな元気ですね」

「そうだな。だが、あのくらいの元気があった方がいい。あの子たちのおかげで、湖やその周囲の掃除もすぐに終わるからな」

「誰が一番落ち葉をたくさん集められるか競っていましたからね」

「子供は何でもすぐに遊びに変えるからな」

(それもあるけど、みんな『領主様』のお役に立ちたいのだと思うわ)


 立ち入り禁止にされていた湖をスケート場として整えてくれて、仕事をすれば褒めて、美味しい食事やおやつまで用意して労ってくれる。彼らはクラウスに褒められたくて、夢中になって仕事をしているのだ。


「さてと、今度は部屋の様子を見に行くか。ジュペット、案内を頼む。行こう、レナ」

「はい」


 宿の部屋は、宿泊費によって部屋のグレードを変えている。平民と同じ部屋では、文句を言う貴族がいるからだ。「文句を言うような奴らからは、がっぽり宿泊費を分捕ればいい」とクラウスは少し悪い顔をして笑っていた。

 ちなみに、今回レナはクラウスとともに、リシャールのために常に開けている一番見晴らしのいい部屋に宿泊予定だ。

 同じ部屋と言っても、続きで三部屋もあるそうなので、寝室は別々だ。寝室が同じだったらどうしようかとドキドキしていたけれど、別と聞いてホッとした。


「そう言えば来月あたりクラレンスが家族で来たいとか言っていたな。部屋を開けろと言っていたが……予約表を見る限り無理そうだから、今回私たちが泊まる部屋にするか。ジュペット、日程の詳細が決まれば連絡する。あいつのことだから面倒は起こさないとは思うが、何かあれば私まで報告してくれ」

「かしこまりました」


 廊下を歩きながらジュペットに指示を出しつつ、クラウスが近くの部屋の扉を開けた。

 清掃状態を確認し、部屋の中に不足がないかを調べる。

 宿で働く人の労力を考えて、バスルームがついている部屋は貴族の宿泊を想定した高い部屋だけのようだ。その代わり、一階には大浴場が作ってあった。


(それにしても、部屋数が多いわね)


 この宿は、コの字型をしている、横に長い三階建てだ。

 貴族が泊まることを想定している宿泊費の高価な部屋と、主に平民たちが泊まることになるだろう安価な部屋へ向かうための動線が分けて作られていて、宿の中で無用なトラブルが起きにくいようにされている。

 レナたちが現在見て回っているのは、宿泊費が安価な部屋だったが、宿泊費の割には豪華に作られている印象があった。ベッドもふかふかしている。


(高い部屋に泊る人たちからしっかりお金を取ると言っていたけど、それが安価な方の部屋に還元される仕組みなのかしら?)


 貴族の多くは、自分たちの矜持をお金で買っているような不思議なところがある。ゆえに高いものほど飛びつく傾向にあるので文句は出ないはずだ。彼らの矜持を満たしつつほかへ還元させるなんて、よく思いついたものだと思う。


「滑り出しは順調そうですね」

「そうだな。正直、ここまでとは思わなかったが、順調なのはいいことだ。……最大の難関が一つあるが、それはまあ、おいおい考えよう」

「最大の難関?」

「ああ。父上と母上が来たいと言い出した」

「え? ……ええ⁉」


 クラウスの両親は、すなわち前国王夫妻である。王都から離れたところでのんびり暮らしていると聞いていたが、スケート場をオープンさせると聞いて興味を持ったらしい。


「あの二人に来られてみろ。大騒ぎになるからな」


 前国王夫妻は国民たちの人気が非常に高い。それだけではなく、彼らに忠誠を誓っている貴族も大勢いる。前国王夫妻が来るとなれば大勢の人が押しかけてきそうだ。


「それから、あの二人が来ることを許すと、陛下たちを止める言い訳がなくなるからな……」

(なるほど、国王陛下夫妻も来たいと言っているのね……)


 クラウスが手掛けるだけあって、王族たちに大人気のようである。

 前国王夫妻にどうやって諦めてもらうかとぶつぶつ言いながら、クラウスが部屋の扉を閉めて次の部屋へ向かった。


(なんか、スケート場をオープンする以上に大変そうね……)


 レナはそんなクラウスに苦笑して、彼の背中を追いかけた。



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