婚約パーティーの夜 5

 婚約パーティーは、城の大広間で開かれる。

 婚約パーティーと言っても、主役の二人はまだ幼いので、顔だけ見せてすぐに退出することになっている。


 クラウスとともに会場の端の方でドリンクを飲みながら、ジョルジュとアンリエッタの登場を待っていると、国王に手を引かれながらジョルジュが、そして父であるソルフェーシア伯爵に手を引かれながらアンリエッタが会場に入って来た。

 ジョルジュは緊張しているのか、心なしかオレンジ色の目が見開きぎみで、頬が真っ赤に紅潮している。

 一方アンリエッタの方は落ち着いていて、はにかんだような笑顔を浮かべていた。


(なんて可愛らしい……)


 二人ともお人形のように可愛らしくて、あちこちから「ほぅ」とため息が漏れている。レナも例にもれず、二人を見つめて「はあー」とため息をついた。


 会場の前に到着すると、ジョルジュとアンリエッタが手をつないで、会場の人たちに向けてぺこりと一礼する。

 子供たちにジョージル三世が二人の婚約を発表すると、わっと割れんばかりの拍手が会場に沸き起こった。

 その大きな音にジョルジュがびくりと肩を揺らして、わっと泣き出してしまう。

 アンリエッタが父親からハンカチを受け取り、せっせとジョルジュの涙を拭いているのがたまらなく可愛かった。


(天使が、天使がいる……!)


 ジョルジュがいつまでたっても泣き止まないので、予定より早く二人は会場から退出することになって、クラウスが「やれやれ」と息をつく。


「まったく、アンリエッタはしっかりしているのに、ジョルジュと来たら……」


 叔父の立場であるからか、どうしてもジョルジュを見る目が厳しくなるようだ。


「まだ幼いんですから、仕方がないですよ」

「しかしアンリエッタは始終落ち着いていたじゃないか」

「あのくらいの年齢なら、女の子の方がしっかりしているものですよ」

「そうだろうか」

「そうですって」

「そうは言うが、ジョルジュは甘やかされすぎだと思うのだが」

「大きくなっても甘やかしていては問題でしょうが、まだ目くじらを立てるような年齢じゃないですよ」

「リシャールはあのくらいの年齢のときにはすでにしっかりしていたぞ」


 前王から「次期王に」と望まれるリシャールと比べられてはジョルジュが可哀そうである。幼いころから王になる器だと認められるようなリシャールは、さぞ非凡だったはずだろうから。


(うーん、たぶんだけど、クラウス様には子供がいないから、全部の基準がリシャール殿下になっているのかもしれないわね)


 付き合いのそれほど長くないレナでさえ、リシャールは優秀だと感じるのだ。正直言って、リシャールよりも二歳年上のアレックスより、リシャールの方が大人びているし圧倒的に賢い。彼と比べられては、世の中の子供は全員劣るだろう。基準にする相手を間違っている。


 主役の子供が退出すれば、あとは大人だけのパーティーになるので、お酒が配られはじめた。先ほどまで飲んでいたノンアルコールのドリンクを飲み干し、クラウスがスパークリングワインを二つほど給仕から受け取る。一つを差し出されたので、レナは素直に受け取った。酒は強くもないが弱くもないので、一、二杯程度なら酔って醜態をさらすようなことはない。

 グラスを傾けていると、クラウスが会場の一角に視線を向けて、疲れたようなため息を吐いた。


「珍しく伯母上が来ているな。まあ、自慢の孫娘の婚約パーティーだ、来てもおかしくはなかったが」

「伯母……イザベル様?」


 視線を追ったレナは、そこに前王エルネストの姉イザベルの姿に気が付いた。

 落ち着いたグリーンのドレス姿のイザベルは、最近では滅多に公の場に姿を現さなくなっていたが、彼女の放つ圧倒的なオーラは健在だった。そして年を召してもなお、びっくりするほど美しい。アンリエッタはイザベルの幼いころの瓜二つだと聞いたことがあるが、確かに、彼女もアンリエッタと同じ金色の青い瞳をしていた。顔立ちも似通っている。


「伯母上が来たなら挨拶しないわけにはいかないな。レナ、申し訳ないんだが付き合ってくれ。無視すると、あとが面倒だ」


 前王姉の前に立つのは緊張するが、クラウスのパートナーである以上、拒否してはいけない。レナは緊張して、ごくりと唾を飲み込んだ。

 イザベルのもとへ向かうと、彼女もクラウスに気づいたようで振り返る。


「伯母上。本日はアンリエッタの婚約、おめでとうございます」

「まあ、ありがとう。……そちらは?」


 イザベルについと視線を向けられて、レナは慌ててカーテシーで挨拶をする。


「レナです。レナ・クレイモラン。お初にお目にかかります、イザベル様」

「クレイモラン伯爵家のご令嬢でしたか。……クレイモラン家には変な噂は聞きませんね。そう……あなたもようやく身を固める決心がついたの」

(ん? 身を固める?)


 レナに言われていないことだけはわかった。

 不思議に思っていると、クラウスが慌てて首を横に振る。


「伯母上、先走らないでください。私は――」

「王族がいつまでも独身でいるものではありません。ましてやあなたは公爵位も賜っているのですよ。家を存続させるため、早々に妻をとり、早く子をもうけなさい。それが王族、いえ、貴族の義務です。第一、陛下にはジョルジュしかいないのですから、あなたは早くに子供を作るべきです。クラレンスは子供には帝王学は学ばせないと言い張っていますからね。あなたの子がジョルジュの予備になるのです」

「予備と言いますけど伯母上……」

「幼いとはいえ、ジョルジュがあの調子ではわたくしは心配でなりません。正直なところ、あなたに子がいたら、アンリエッタはあなたの子と婚約させたかったくらいですよ」

「伯母上、この場でそのようなことはあまり……」

「わかっています。ですからこれ以上は言いません。早く結婚なさい。いいですね?」

「…………」


 途方に暮れたような顔をするクラウスに、レナは心の中で「さすが女傑……」とつぶやいた。イザベルはその気性も相まって、シャルロア国の女傑と言われている。彼女の意に添わなければ、国王と言えどただではすまないという噂だ。本当のところは知らないが。


「ではわたくしはアンリエッタを連れて帰りますのでこれで。そろそろ着替えも終わった頃でしょう」


 もともと長居をするつもりはなかったのか、イザベルは言いたいことだけ言うと、くるりと踵を返した。


「伯母が妙なことを言ってすまない……」


 イザベルが見えなくなると、クラウスが弱り顔で言う。


「い、いえ、お気になさらず……」


 驚いたし、あり得ないとはわかっているが一瞬自分がクラウスの結婚相手のテーブルに乗ったようでドキドキしたが、別に嫌な気持ちになったわけではない。


「飲み直そう。なんだか疲れてしまった」


 精神的なものだろうが、クラウスがそう言って、レナを伴って人を避けるように会場の隅へ移動する。

 新しいドリンクを受け取って、クラウスと休憩していたとき、ふと、レナの視界に見覚えのある男が映り込んだ。


(え……?)


 目を見開いた先にいたのは、レナが六年前に婚約破棄された、元婚約者デミアンだった。

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