第2話 虚無

【父親 視点】


 大学生の頃、俺は成瀬なるせ結奈ゆなに出会った。

 彼女は可愛くて、優しくて、喋りやすくて。

 魅力的な女性だった。


 俺は結奈の明るい性格に惚れて、大学一年生の頃に告白した。


「お前のことが好きだっ! 俺と付き合ってくれっ!」

「……」


 初めて女の子に告白した。

 この時は本当に緊張したよ。


「私も……あなたのことが好きです」


 結奈は俺の告白に良い返事をしてくれた。

 そう、俺たちは恋人になったのだ。


 その日、俺たちはホテルに移動して、肌を重ね合った。


 俺は初めてだった。

 けど、結奈は初めてじゃなかった。


 高校一年生の頃、大好きな人に初めてを捧げたらしい。

 それを聞いて、少しだけ悲しくなった。


 ――4年後――


 結奈が妊娠した。

 それを知って、俺は混乱する。


 なんでこうなった?

 わけが分からない……。


 一度も俺たちは生でヤッていない。

 ちゃんと避妊していた。

 にも拘わらず、結奈は妊娠した。

 その事実に混乱する。


 おそらく、行為中にゴムが破けたんだろう。



 ◇◇◇



 子供が生まれた。

 男の子だ。

 子供の名前は祐二ゆうじ


 祐二は中世的な顔立ちだった。

 男の子にも見えるし、女の子にも見える。


 祐二は結奈に似ているけど、俺には似ていない。

 近所のおばさんにも『全然似てないね』と言われた。

 ちょっとだけショックだ。


 祐二はパパっ子だ。

 いつも『パパっ! パパっ!』と俺に甘えてくる。

 祐二は本当に可愛いなぁ。




 

 祐二が小学五年生の頃、結奈の様子がおかしくなった。


 いつも胸元が開いた露出度の高い服を着ており、彼女の身体からたばこの匂いがする。


 俺も結奈もたばこは吸わない。

 にも拘わらず、彼女の身体からたばこの匂いがする。


 それだけじゃない。

 彼女はいつもスマホをイジッている。

 スマホの画面を見つめている彼女の顔は、はっきり言って気持ち悪かった……。

 

 怪しい……。


 もしかして、結奈は浮気してるんじゃないか?

 そう思った俺は探偵を雇って浮気調査をしてもらった。


 浮気調査の結果は黒だった。

 結奈は浮気していた。

 その事実にショックを受ける。


 あ、あの結奈が浮気……。

 そんな馬鹿なっ。


 浮気相手の名前は坂田海さかたかい

 坂田海も既婚者だ。

 しかも、娘がいるらしい。


 父親失格だな……。


 勝手に結奈のパソコンを操作すると、謎の動画が見つかった。

 その動画を再生した途端、パソコンの画面に裸の結奈と坂田海の姿が映る。

 二人はホテルの中で愛し合っていた。


 ハメ撮り動画を観て、頭の中が真っ白になる。


「な、なんだよこれ……」


 寝取られモノのAVを観ているような気分になる。

 他にも卑猥な動画が見つかった。


 クソっ……。


 タンスの中には派手な下着が仕舞っていた。

 これを着けて、浮気相手と愛し合っているのか……。

 

「ん? これはっ……」


 寝室のゴミ箱の中にコンドームとティッシュが散らばっていた。

 最近、結奈とはヤッてない。

 なのに、ゴミ箱の中に使用済みのコンドームが捨てられていた。

 

 おそらく、この寝室で浮気相手と肌を重ね合ったことがあるんだろう。

 そう思った瞬間、怒りが込み上がってくる。


「……」


 ――次の日――


 結奈が帰ってきた。

 彼女の身体からたばこの匂いがする。

 今日も浮気相手と会っていたのか……。


「どこに行ってたんだ……?」

「仕事よ。今日も疲れたわ~」


 結奈はそう言って欠伸をする。

 浮気相手とエッチして、疲れているんだろうな……。

 そう思った途端、頭に血が上る。

 今すぐ彼女を殴りたい。

 ダメだ、我慢しろ……。


「結奈」

「ん? なに?」

「お前、浮気してるだろ?」

「っ……」


 俺の言葉に結奈の身体はビクッと震える。

 彼女は真っ青な顔で俺を見つめる。


「浮気なんてしてないわよ……?」


 彼女の声は震えていた。

 緊張しているんだろう。


「本当に浮気してないんだな?」

「え、えぇ……」

「じゃあこれはなんだ?」


 俺はそう言って、ポケットの中からスマホを取り出す。

 例のハメ撮り動画を再生して、結奈に見せた。

 結奈はスマホの液晶画面を見て、絶望に染まった表情を浮かべる。

 ガタガタと歯を震わせていた。


 彼女は浮気を認めた。

 坂田海とはインターネットで仲良くなったらしい。


 それと、祐二は俺の子供じゃない、ってことが発覚した。

 そう、彼は俺の子供じゃないのだ……。


 祐二の父親の名前は細谷文也ほそたにふみや

 大学時代、結奈は細谷文也と浮気してたらしい。

 彼女は結婚する前から浮気していたのか……。

 それを知って、心に大きな穴が空く。

 一生、この傷は治らないだろう……。


 

 ◇◇◇



 ――ある日――



 現在、俺と祐二はファミレスの中にいた。

 俺は祐二に話しかける。


「祐二……」

「なんだ……?」

「俺と母さん、離婚することになったんだ」

「……ぇ……」


 俺の言葉に祐二は目を見開く。

 『嘘だろ……?』って顔を浮かべている。

 

「祐二、お前とはお別れだ」


 祐二は「え……?」と間抜けな声を出す。

 混乱している祐二を無視して、俺は話を続ける。

 

「お前はお母さんについていけ。俺とはお別れだ」

「そ、そんなっ……」


 俺の言葉に祐二はボロボロと泣き始める。

 泣いている祐二を見て、チクチクと胸が痛む。


 ずっと祐二の父親は俺だと思っていた。

 自分の子供だと思って、祐二を可愛がっていた。


 けど、違った。

 彼の父親は俺じゃない……。

 そう思った瞬間、強烈な虚無感に襲われる。


「嫌だっ、父さんと離れたくないっ……ずっと一緒にいたいよっ」

「っ……」


 祐二の言葉に声にもならない声を上げる。

 ごめんな、祐二……。

 お前は母さんについていけ。

 

 

 

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