#27 荊棘の道


 この夜。


 バッフェンの賊のリーダーにして、人間に偽装せる機械人グローズは討伐された。


 ヤタローと、緑髪の機械人少女「ボル」との連携による初戦闘。


 思いのほか、息はぴったりと合っており、相性は悪くない、とヤタローは感じた。


 グローズは決して弱敵ではなく、むしろ思いもよらぬ難敵だった。


 ただ倒すだけならば、そう苦戦する相手ではなかったにせよ、短期決戦を迫られたことで、結果的にギリギリの戦いとなった。


 ことにヤタローは、グラビトン・フォートレスの発動を阻止すべく、消耗の大きいジェスターストライクまで繰り出している。


 どうにか目的は果たしたものの、ヤタローの精神力は最大値の約三分の一程度にまで低下していた。


 夜来、戦闘を続けてきたこともあり、いまヤタローの全身には、猛烈な眠気と疲労感がのしかかっている。


(まだ休息には早い)


 と判断し、ミニポーチから完全霊薬ラスト・エリクサーを取り出して飲み干すヤタロー。


 消耗した精神力は自然回復を待たねばならず、ポーションでは回復できないが、眠気をごまかす程度には効果があった。動くだけならば支障はない。


 ……ヤタローのインベントリーに自ら飛び込んできたグローズのコアについて、詳しく検証をしたいところだが、今は他に急ぐべき課題がある。状況からいって、そちらを優先せざるをえなかった。


「ボル。瓦礫の下に、生存者がいないかどうか、確認できますか」


「はい。現在、こちらの生体センサーが探知している反応、九。いずれもバイタルが低下していますが、生存しています」


 生存者九名。ヤタローの記憶によれば、グローズの部屋へたどり着くまでに、傭兵二人、手下五人を、カタルシス92Fで気絶させている。これにギザンとビングを合わせれば――。


 全員、まだ生きているということになる。


「なら、まずは瓦礫を撤去しないと――」


「その種の作業でしたら、ますたーのお手をわずらわせるまでもありません。ボルにお命じください」


 なぜかやる気満々な様子のボル。表情はまったく変わらないが。


「では、大急ぎで瓦礫を撤去し、生存者を救出してください。作業は多少荒っぽくてもかまいません。息さえあれば、治療できますので」


「了解しました、ますたー」


 ボルは、その場にしゃがみ込むや、素手のまま、おそるべき速度で、瓦礫を左右へ掻きわけはじめた。


 機械人の強みというべきか――下手な作業機械よりも素早く力強く、崩落した邸宅の残骸を破壊し、瓦礫を掘り抜き、掬い上げ、吹き飛ばし、埋もれていた人々を、一人、また一人と、次々に引きずり出していった。いずれも瀕死の重傷ではあったが。


 ヤタローは、それらの人々にすぐさまポーションを浴びせかけてゆく。


「おあっ!」


「あれ、生きてる……」


「死ぬかと思った」


「いっそ死にたかった」


 負傷が癒えた手下や傭兵らは、それぞれ奇声とともに起き上がり、ヤタローの姿を見るや、たちまち泣き喚きながら感謝の声を放って平伏した。カタルシス92Fによる改心更生の副次効果たること、いうまでもない。


 こうして、七人まで救出作業を終えたところで――。


「ますたー。あと二つ、生体反応が残っていますが……」


「何か?」


「二つの反応は、地中からです。深度十メートルほどの地下に、大きな空間があり、そこに落ち込んでいるものと推測します。どちらもバイタルが極度に低下しており、危険な状態です」


「ああ……なるほど」


 ヤタローはうなずいた。その二つの反応とは、他でもない、ギザンとビングの二人である。


「掘削しますか?」


「いえ、二人がいる座標の直上付近の瓦礫を、どけてみてください」


 グローズの執務室へ踏み込む直前……あの二人を残してきた廊下には、大きな落とし穴が開いていた。二階から、一階を通り越して地下へと直通する仕組みであったと思われる。


 二人揃って、そこから邸宅の地下空間へ仲良く転落し、死にかけているのだろう。


 指示に従い、ボルが周辺の瓦礫を掻き分けると、はたして、地下へと続く大穴があらわれた。


「この下に?」


「はい。まだ生存しています」


「では、飛び降ります。ついてこれますね?」


「問題ありません」


 ボルが応えると、ヤタローはうなずきつつ、パートナーコマンドでラーガラを呼び出した。


「戦闘は終わりました。もう外に出てきて大丈夫です」


『え、もう終わっちゃったの? 長引くようなら、手伝おうと思ってたのに』


「すべてが終わったわけではありませんよ。まだ、何が出てくるかわかりません。自分はこれから地下に潜りますので、その間、引き続き周辺の警戒を頼みます」


『へえ、地下? そんなのがあるんだ? 探索でもするの?』


「そんなところです。面白いお宝が見つかるといいんですが」


 実際、ギザンらの救出だけでなく、地下の様子も確認する必要がありそうだった。


 これほど大規模な盗賊の砦の地下が、ただの空洞であるとは考えにくい。宝物のたぐいにさほど興味はないが、何かしら重要な施設……たとえば地下牢などがあるかもしれない。


「そんなわけで、あとは頼みますよ」


『はーいっ、面白いおみやげ、待ってまーす!』


「では、後ほど」


 通話を終え、ヤタローはボルの手を取った。


「ますたー。生体反応は、この直下です」


「行きましょう」


 二人は同時に、暗い縦穴へと飛び込んだ。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 穴はせいぜい深さ十メートルほど。


 ヤタローとボルは、一気に底まで飛び降り、着地した。


 ちょうどヤタローの着地点のすぐそばに、ギザンが大の字で倒れており、あやうく頭を踏みつけてトドメを刺すところだった。


 意外なことに、地下は真っ暗闇ではなく、はっきり人の顔が判別できる程度には明るい空間となっていた。


 見れば、壁、床、天井、いずれも、薄ぼんやりと発光している。


 あからさまな人工物ではなく、自然の洞穴そのものと見えるが、周囲のすべての岩石が光源となっていた。


「これはどういう仕組みでしょうか」


 と、ついヤタローは疑問を口にした。


「自然発光する鉱物と推測できますが、詳細は不明です。解析しますか?」


 ボルも知らない鉱石らしい。


「それは後にしましょう。今は……」


 ヤタローの足元には、ギザンとビングが並んで倒れ込んでいる。二人とも完全に気を失っており、着衣もズタズタになっていた。


 グローズの質量増大にともなう建物の崩壊に巻き込まれたうえ、落とし穴への転落時にも全身を打ち付け、いわゆる踏んだり蹴ったりの惨状となったようだ。


 さいわい、まだかろうじて息はある。


 ミニポーチから完全霊薬ラスト・エリクサーを二本取り出し、それぞれの身体へ浴びせかけるヤタロー。


 青い燐光が二人の全身を包み――。


「おぉ?」


「ほや?」


 と、同時に奇声をあげつつ、二人は起き上がった。


「おう、ヤタローさん……また、助けてもらったみたいだな」


 ギザンは相変わらずの様子だった。先ほどもヤタローのポーションで負傷を癒されているためか、さほど動揺もない。


 一方、女エルフの魔術師ビングは。


「はうう」


 と、その場に膝をつき、激しく動転したような顔つきで、ヤタローを見上げた。


 先ほどまでは、冷徹な美女という印象だったが、もはや見る影もないほど、表情が崩れきっている。


「あの、あのぅ……わたし、どうしたらいいですか? 泣いて謝ったって、とても赦してもらえないですよね? わたし、すっごく悪いことばっかりしてきて、その、なんというか……自害して地獄へ落ちるべきじゃないかと、わかりました、いますぐ自害します」


「勝手に自害しないでください」


 ギザンと異なり、ビングにはカタルシス92Fを撃ち込んでいる。その副次効果により、錯乱状態に陥っているようだ。これまで、よほど酷い悪事に手を染めてきたのだろうか。


 とはいえ、わざわざ救出したものを、直後に自害などされてはかなわない。ヤタローはその場にしゃがみ込み、ビングの手を取った。


「死は易く、生は難し……と、古人もいっています。死ねば楽になりますが、それでは誰もあなたを許しませんよ」


「じゃ、じゃあ、どうすればいいんですかぁ」


「生きて贖罪することは、死ぬより辛い荊棘いばらの道。その罪を負って、生涯をまっとうしてください。それがあなたの受けるべき罰。その艱難を選び取る覚悟があるなら、自分は、あなたを許しましょう」


 そう諭されて――ビングは、これぞ天上の声とばかり、はっと目を見張り、ヤタローを見つめた。


「あ、ああ……あなた、もしや、邪神様……?」


「なぜ邪神」


 悪魔の次は邪神呼ばわり。


 ヤタローの外見は、いわゆる善人にはほど遠い。そこはヤタローも自覚しているが、それにしても、こう行く先々で悪の首魁のごとき扱いを受けるのは何故なのか。


「わたし、わたし、生きて、罪を贖います……! どんなことでも、なんでも、します。あなた様への信仰に、すべてを捧げますっ……!」


「勝手に信仰しないでください」


「誰がなんといおうと、あなたは、わたしの邪神様です。崇めさせてください」


「訂正の余地はないのですか」


「そしてわたしの懺悔を聞いてください、邪神様、わたしは」


「……もう邪神でいいですから、懺悔はあとにしてください。いくつか、あなたに質問がありますので」


 根負けするヤタローだった。


「なあ、何がどうなってんだ? こいつ、まるで別人みたいになっちまってるじゃねーか」


 ビングの傍らで、ギザンが首をかしげている。


「説明はあとでしますから」


 応えるヤタロー。


「そこのエルフ。ますたーの手を離しなさい。距離が近すぎます。離れなさい」


 唐突に、無感情な声をビングに浴びせるボル。


「嫌です、わたしの邪神様の手です。一生離しません」


 逆に、しっかとヤタローの手を握り締めるビング。


「ますたー。このエルフは、正常な精神状態ではありません。このままでは危険です。排除の許可を」


「許可しかねます。とにかく、話を先に進めましょう」


 ヤタローは、ビングの手を振りほどいて立ち上がった。


 あらためて見やれば、ぼんやりと明るい洞窟の先に――鉄格子で仕切られた区画がのぞいている。


「ああ、あれは地下牢さ」


 ギザンが告げる。


「攫ってきた奴隷どもの大半が、あそこに収容されてるんだよ」


 と聞かされたときには。


 もうヤタローは鉄格子へ向かって、大きく足を踏み出していた。






     ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

新鮮なトマトはいかが?(LV57トレーダー)

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