#22 黒衣のエルフ


 石造りの邸宅。


 盗賊の根城にしては、随分と上品なたたずまいの、白亜の洋館だった。


 玄関先の大扉は左右に開け放たれていた。先ほどギザンが一人で飛び出してきた際に、開けたままにしていたからである。


「中はそこそこ広いが、そんな複雑なつくりにはなってねえ。ここは普段から、俺のような用心棒か、手下どもがウロウロしてるからな」


 二人で玄関ホールへ踏み込みながら、ギザンが説明した。


 内部空間は広々としていた。大理石の床に赤い絨毯。白い壁面と柱には金銀の彫り物がほどこされた調度類、ドーム状の吹き抜け天井にはクリスタルガラスと思しきシャンデリアが煌々と輝いている。


(カネかかってるな……)


 ヤタローは、ごく素朴な感想を抱いた。もとより日本の一庶民、豪邸などとは無縁の身であり、調度品や装飾類などの正確な価値などは知るはずもない。


 それでも、ここの主たるグローズの財力のほどだけは、嫌でもうかがい知れる。


「ギザンさんのほかにも、用心棒がいるんでしょうか?」


 と訊くと、ギザンは意味ありげにうなずいてみせた。


「俺のほかに、三人いる。そのうち二人は、グローズが拾ってきた傭兵どもだ。そこらの手下どもより多少は使えるが、俺からみりゃ、たいした腕じゃねえ」


「あと一人は」


「ビングっていう魔術師だ。他人に呪いをかけたり、眼をくらましたり、精神や体調をおかしくする魔法を使う」


「……魔術師、ですか」


「グローズの右腕ってやつよ。グローズ本人は、そう腕の立つほうでもねえが、ビングがそばに付いてる限り、誰もグローズには手を出せねえ。あんたでも、やつの相手をするのは、ちょいと骨が折れるかもしれんぞ」


「なるほど……。それは、気を抜けませんね」


 ゲームでは、魔術師系職業といえば、一般的な属性攻撃魔法スキルを習得する「ソーサラー」の系統と、精神攻撃魔法スキルによるデバフを得意とする闇属性の「ウォーロック」の系統、星々の加護により、戦闘よりは各種生産向けの補助魔法スキルを数多く習得する「シャーマン」の系統がある。


 プレイヤーが選択できる職業は一系統に限られるため、すべての魔法スキルを一人で究めることは仕様上、不可能となっていた。


 なお、ヤタローが現在着込んでいる「LV85叡智」は、ソーサラー系の最上級職「フォースマスター」の専用防具である。


 グローズの右腕という魔術師ビングは、おそらくウォーロックの系統であろう。


 あるいは、ヤタローと同じ「ルミエル」のプレイヤーという可能性もある。


 油断はできない――とヤタローは感じていた。


 エントランスの奥から、吹き抜けの上階へ続く螺旋状の階段が伸びている。


 その階段上に、ふたつの人影が現れた。


「ギザン! あんた、なにやってんだ?」


「何者だ、そいつは」


 と、それぞれ、階下のヤタローらへ声を投げかけてくる。


 ヤタローは、すばやくカタルシス92Fを取り出すや、面倒とばかり、無言で階上の二人を撃った。


『人間(LV19)を討伐しました』


『19EXPを獲得しました』


『人間(LV18)を討伐しました』


『18EXPを獲得しました』


 システムログを見るに、これまでの盗賊たちより一段レベルが高い。かろうじて92Fの気絶スタンは効果を発揮したようである。


「あの二人が、さっき言ってた傭兵ですか?」


「ああ、そうだ。……もう殺しちまったのか。あっけねえな」


 ヤタローの問いに、やや呆れ顔で応えるギザン。


「気絶してるだけですよ。しばらくは倒れたままでしょうけど」


「え、そうなのか?」


「この武器には、そういう効果があります。あなたには通じませんでしたが」


「そうだ、さっきも気になってたんだが、それって、銃……とかいう武器だよな。噂には聞いてたが、初めて見る」


 少なくともラコニア帝国において、銃器は一般的な武器ではないらしい。リリザ村でのホートらの反応などからも、なんとなく、そういう予想はしていたが――。


「そのへんの話も、あとで情報交換してもらいたいですね。こちらからも、聞きたいことが多いので」


「ああ、いいぜ」


 二人は足早に階段をのぼり、二階へ踏み込んだ。


「ここの一番奥が、グローズの執務室になってる。グローズは普段はだいたい、その部屋で奴隷の調達や輸送の指図だの、カネの勘定なんかをしてやがるぜ」


 広い廊下に歩を進めつつ、ギザンが説明する。


「なるほど。そういう形でうまく組織をまとめてきた人ってことですか」


「ああ。もっとも、性格のほうは、ろくでもねえ。臆病なくせに短気で、なにかあると、すぐに手下に当たり散らす。それで怪我させられる奴も多い。気前がいいのだけは長所だな。ケチな奴にかしらは務まらんってわけだ」


「ははあ……」


 ギザンにとって、グローズは雇い主のはずだが、その割に言動に容赦がない。それほど問題のある人物ということか、ただギザンが辛辣すぎるのか、いまの時点では、まだ判然としない。


 ヤタローの視界内には、ギザンの簡易ステータスが表示されている。『ギザン:人間・LV21』となっており、青背景の半透明ウィンドウであることから、いまや中立を通り越して完全にヤタローの味方と化しており、その言動も信用できるものと見て問題なさそうである。


「そこを右だ。次は二つ目の角を――」


「この建物、意外と複雑じゃないですか?」


「そうか? 俺らはまあ、慣れちまってるからな」


 そう話を交わしながら、廊下を右へ左へと折れて進んでゆく二人。道中、小部屋から手下らが怪訝そうに顔を出しては、即、ヤタローに撃ち倒されるという場面が、何度か繰り返された。


 やがて、長い廊下に出た。


 左右の壁面に一定間隔で燭台が据えられており、居並ぶ灯火が床と天井を照らして、ずっと先まで見通すことができる。


「この奥だ。たぶん、グローズと一緒に、ビングも待ち構えてるだろう」


「では、挨拶に伺うとしましょう」


 二人は肩を並べて廊下を進み、最奥部の閉ざされた大扉の前へと辿り着く――。


 どこかで、カチリ、と軽快な金属音が響いた。


 途端、二人の足元で、左右の床板が、下向きに大きく割れた。


「――落とし穴っ?」


「罠だとぉっ! しらんぞ、こんなの!」


 ギザンも知らない、侵入者向けのトラップらしい――。


 ヤタローは咄嗟にスキルを発動した。


「フィーンドステップ」


 残像を発生させつつ、超高速で二メートル後方へジャンプ移動するという「ジェスター」専用の特殊移動スキルである。


 間一髪、ヤタローはスキルによってトラップを避け、後方へ飛び退すさることに成功したが、ギザンは間に合わず、まっすぐ落ちていった。


 再びスキルを発動するヤタロー。


「フォースウィップ」


 精神力を消費し、見えざる鞭を発生させて自在に操り、対象物を絡め取る――これも「ジェスター」専用の対物スキルである。


 落下中のギザンの胴に、上からヤタローが放った精神力の鞭が、ピシリと音を立てて絡みつく。


「うおっ! なんだぁ?」


 落とし穴から、ギザンの驚声が響く。どうやら、うまく捕捉できたらしい。現在、ギザンは陥穽の真ん中あたりで、宙吊り状態となっている。


「じっとしていてください。いま、引き上げますから」


 言いつつ、さらにスキルを発動するヤタロー。


「ファウスト・ジャグリング」


 物理法則を無視して、目標物を手を触れずに真上へ「放り投げる」スキル。


 これもまた「ジェスター」専用であり、対象はヤタローの認識しうる物理的存在に限られるものの、降り注ぐ弾丸の雨でも、複数のアフリカ象でも、同時に軽々と「放り投げる」ことが可能である。


 戦闘時には攻撃・回避スキルとしても応用可能。ただし対象の重量や数に応じて精神力の消耗も増えてゆくため、実際には、せいぜい象三頭ほどが限度。


 ゆえに、そう濫用できるスキルではないが、ギザン一人を陥穽から「放り投げる」程度であれば、造作もない。


「おわあああー?」


 スキルの発動とともに、奇声をあげつつ、落とし穴から床上へと飛び上がってくるギザン。


「よっ……と」


 ヤタローは不可視の「フォースウィップ」を巧みに操り、空中に放り出されたギザンを自分の隣りへ引き寄せ、最後に、ぴたりと両足を揃えて着地させた。


「え……おお? おい、なんなんだ、いったい何が起こったんだ」


 見事な着地ポーズを決めたまま、たったいま我が身に生じた出来事が把握しきれず、驚き惑うギザン。


「曲芸です」


 フォースウィップを解除しつつ、ヤタローは、悠然と答えた。


「は……?」


「実のところ、自分は戦闘より、曲芸のほうが得意でして。観客がいないのが残念なところです」


「いや、どういうことだ。さっぱりわけがわからん」


「そのあたりは、おいおい話しましょうか。……出迎えが来たようですし」


 陥穽の向こうで、閉ざされていた最奥の大扉が八の字に開いた。


「おや?」


 歩み出てくる人影。


「罠には引っかからなかったのか。残念……」


 ぶつぶつと独語をこぼしつつ、姿を現したのは、真っ黒い長衣をまとう、若く見える女。


 金髪碧眼、腰細く、肌は青白く、両耳は長く尖っている。


 ヤタローの知る、ある種族的特徴と合致する容姿だった。


「エルフ……ですか」


 ヤタローの呟きに、女は、胡散くさいものでも見るような目を向けてきた。


「何者だ、おまえ」


「自分は、ヤタロー……」


 と、名乗る横から、不意にギザンが声を張り上げた。


「てめえ、ビング! こんな罠、いつの間に仕込みやがった! 危うく落っこちるとこだったぞ!」


「ずっと以前からあった。使う機会がなかっただけだ」


 面倒くさげに答える、黒衣の女エルフ。


 どうやらこの人物が、魔術師ビングらしい。


(……この世界で初めて、人間以外の種族を見たな)


 二人のやりとりを聞きつつ、ヤタローは、「ルミエル」における三つの種族と、それぞれの種族特性について思い起こしていた――。






     ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

メンテのときしか寝てない。(LV110アストラリスト)

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