第2話 奪われた最新鋭機

 江戸川区内の、いくつかある陸上競技場のひとつである。

 普段ならば付近の学校の部活が練習に来たり陸上やサッカーのイベントに利用されているはずの午後の時間帯には、人っ子一人いない。老朽化により取り壊され、新たな競技場を建設するのだということで、周囲は大きく進入禁止区域に指定され、競技場どころか運動公園の一角が丸々封鎖されていた。

 MESの社員である谷川たにかわ英志えいじはタータングラウンドのスタートラインに立ち、二十メートル離れて立つ別の人物を見据えていた。

 相手は赤とオレンジの装甲を装着している。デザインは多角的で、両肩部装甲にはレンガブロックくらいの大きさの直方体が二つずつ付いている。頭部には、顔面を隠すほどのゴーグル型バイザーにヘッドギアが装着されていて、露出した頭部、その纏めてアップにされた長髪と雰囲気から、若い女であることがわかった。

 対する英志も、変わっているといえば変わっている。

 どこのヘビメタだと突っ込みを入れたくなるような黒の革ジャンに、大きく逆立てた髪は異質としか表現できない。

「お前のそれ、やっぱりウチから盗んだモンだよな?」

 英志は女に向けて口を開く。

 英志はMESの中のTDD(Total Destruction & Defense team)という、兵器の試作実験室の一つに所属している。一週間前に、MES本社に報告さえしていない概念実証機が何者かによって奪われてしまったのだ。本社の耳に入るその前に回収、もしくは完全破壊のため、英志はここにいるのである。

 女は答えない。形のよい唇は、ずっと閉ざされたままだ。

 通常、MESやSFTなどの戦闘は人目をはばかって行われる。

 彼らも一企業であり、扱っているのは今後市場に出るかもしれない兵器である。公にこんな非人道的な研究や戦闘をしていると知られれば、大きなスキャンダルになる。

 つまり、人気ひとけにつかない場所での戦闘は、両者にとって理に適った闘技場なのである。

 英志は懐からグレーのベルトを取り出し、腰に巻いた。

「だんまり?ま、いいけどさ」

 バックルにカードを読み込ませる。

「ターンアップ」

『Turn up. Complete. TNK-4, starting up.』

 鈍色の装甲が、英志を包む。

 がっしりとした分厚い装甲が、屈強な胸板や腕と脚を形作る。両肩には大きく湾曲した円錐状の赤い角、頭部バイザーは顔全体を覆う鉄仮面。額からは、さいのような鋭利な角。左手には、体の幅より広い、巨大な両刃の戦斧が握られている。

 Tragedy of Numerous Knuckles(数多あまたの拳による悲劇)シリーズ4号機のTermination of law Fighter(TelFテルフ)は、重装甲・高膂力が売りの、第二世代機である。ちなみにMAZ-0は最新の第三世代に相当するので、強奪された眼前の最新型TelFも第三世代に該当する。

 最新型VS旧世代という構図だが、英志に不安はない。

 第一世代TelFは既存の装甲を予め着る必要があった。

 第二世代以降、『装着』には情報化された装甲を瞬時に物理化する高度な技術が使用されている。それに加え、第三世代では武装の交換や弾薬の補給までも情報及び物質化で行うことができる。それに対し、第二世代型では初期設定だけでシステムがパンクしてしまっている為、『装着』だけにしか物質化が行えない。

 他にも細かい相違点があるが、大きな違いは『情報化容量』なのである。

 英志はそれを加味した上で、この女に勝てる、と自分の能力を自負している。

 だからこそ、相手の先制を許した。

 女は背中に手を回し、銃剣を付けた大型拳銃を英志に向けた。

 ダンダンダン―――!

 一二.七ミリ弾を、特に反動を見せることなく発砲し、凶弾が英志を撃ち抜かんと迫る。

 それに対し、英志は回避行動を取ろうとはしなかった。

 むしろ前進する。

 キュンキュンキュン、と甲高い音を立て、銃弾は全て弾かれた。続けて女はトリガーを引くが、銃弾は装甲表面に薄い傷を作るだけで、ダメージを与えてはくれない。

 TNKシリーズのコンセプトは『近づいて蹂躙する』ことにある。その装甲は有機・無機各種装甲材のラミネート構造であり、装甲全体で衝撃を分散し、一点での過大な応力負荷を避けられるようになっている。実験ではM61バルカン(二〇×一〇二ミリ弾使用のガトリング砲)の攻撃に二.八秒間耐えることができた。

 つまり大口径の銃弾を数発受ける程度では貫通に至らないのである。

 英志は銃弾に真っ向から立ち向かい、間合いを詰めていく。そして巨大な戦斧を横薙ぎに一閃する。女は銃剣で防御するが、圧倒的なパワーと質量の前に、為す術もなく吹っ飛ばされた。

 女は十メートル以上横に跳ねていった。そのまま地面を転がり、スタジアム席のグラウンド入り口を突き破った。ガラス戸がバリンと大きく不快な音を立てて割れ、女は回転の勢いを利用してくるりと体勢を立て直すと、そのまま建物内を駆けていった。

「おいおい、逃げる気ぃ?」

 憮然と呟きながら、英志は女を追って建物内へ進入した。

 電気は点いていないものの、等間隔に採光用スリットがあるため、思っていたより暗くはない。TNK-4は装甲と関節のアクチュエータに重点を置きすぎている設計なので、積載可能量の問題で電子兵装が貧弱だ。そのせいでセンサーの暗視機能はかなり貧弱で、解像度と応答速度に難がある。そのため明かりが取れているのはありがたい。

「さて、子猫ちゃんはっと……」

 英志はきょろきょろ周囲を見回しながら通路を進む。

 と、十メートルほど進んだ先で、

 ドォォォォーーン!!

(なにっ!?)

 いきなり壁が吹き飛んだ。爆風と共に、細かいコンクリート片が装甲を叩く。

 それによろめいた瞬間、今度は足元が吹き飛んだ。

(爆弾!?いつの間に……!)

 解体業者が仕掛けた?

 いや、これは明らかにトラップだ。

さっきの女が仕掛けたのか?

当然だ。それ以外に有り得ない。

事前にここでの戦闘を見越して壁や床にセットしていたということか。やってくれる。だとすれば、あそこで吹っ飛ばされたのも計算か?だとしたらとんだ策士だが……。

(でも、詰め甘いでしょ)

 この爆発が目視によるマニュアル起爆なのかブービートラップなのかはわからないが、どちらにしろこんな爆発ではTNK-4の装甲は破れない。

 さらに数歩踏み出したところで、今度は真上から爆音がした。

 しかし、今度はただの爆発ではなかった。

 降ってくる建材はほとんどない。代わりに無数の金属球が降ってきたのだ。

指向性対人地雷クレイモア?いや―――)

 M18指向性対人地雷は一.二ミリの鉄球を七百個近く射出する。しかし、今降ってきているのはパチンコ玉くらいあるように見える。つまりこれは……、

(指向性散弾―――対車両用かよっ!)

 数百の金属球が、装甲を打ち貫かんと降り注ぐ。

 通路の壁と床がボロボロに蹂躙されていく。それに呼応するように、もしくは止めとばかりに左右と下方から同時に複数の爆発が起こった。

 そして、競技場の客席の一部が崩落した。


 小規模崩落の現場前に、TelFの女は立っていた。

 強固な装甲を持っていたようだが、あれだけの爆発の中で生き埋めになった常態で果たして無事だろうか。数百キロ、下手すれば数トンにもなる質量の応酬だ。

「普通、死んでるわよね」

 少なくとも、自分があの状況に陥ったら、まず無事ではいられない。よくて生き埋め、悪ければ圧死だ。

 そう、そのはずなのだが……。

 じっと崩落地点を眺めていると、ガゴォォン!という轟音と共に、崩落していたコンクリート塊が巻き上がった。軽く五メートルは飛んだことだろう。

「死ぬかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 瓦礫を弾き飛ばしながら、鈍色の戦士が歩み出す。

 装甲各所に傷や凹みが見られるが、致命傷には程遠い。脚を引き摺ったり、腕を押さえたりする様子もない。損傷軽微であり、更に戦意まで必要以上に刺激されたようだった。

 今、両者の距離は十メートル程度。

 その距離を、英志は瞬時に詰めた。左手の大型戦斧は健在である。

 戦斧の刃を、女の首筋へ当てた。

「このまま殺してもいい。抵抗が無駄なのはわかってるはずだ」

 仮面の下、血走った眼で、英志は告げる。

「選べ。このまま殺られるか、全部剥かれてヤられるか」

 そのげんに、女はぼそりと、蚊の泣くような声で「ごめんなさい」と呟いた。

「んん?」

 英志はそれをどうにか聞き取った。女を屈服させて従属させる快感がじわじわと込み上げてくる。絶望の中で隷属となったこの女は、もう俺に逆らえない!

 なにせ、屋外に出てしまったのだ。もう爆弾による奇襲はかけられない。こんな明るい、芝とタータンでできた場所では、地雷を仕掛けてもすぐに痕跡がわかってしまう。手持ちの武装では、このTNK-4の装甲を破ることなどできないはずだ。

「もう一回、聞こえるように言ってみろよ」

 その快楽を再び味わうため、首筋に刃を当てたまま、女の顔を覗き込んだ。

 肌理きめ細やかな色白の肌がはっきりと見え、形のいい赤い唇が間近で動く。

「……ごめん、なさい……」

 先ほどよりも若干大きな声が、女から発せられた。

「ははは、ザマぁ―――」

 大きな口上を上げようかと、英志の顔が一際大きく喜悦に変じた瞬間、

「―――っうぉ…!?」

 いて出たのは、低い呻き声だった。

 苦悶に歪む、仮面の下の素顔。英志はそれがなぜ起こったのかが理解できずにいた。

 ボゴン!

 その最中聞こえたのは、くぐもった、小さな爆音だった。

 ただし、それを聞いたのは女だけだ。英志はそれが聞こえたか聞こえないか、その瀬戸際で息絶えることとなった。

 起こった事実を述べるならば、英志の体内、ちょうど胃と肝臓が接する辺りで爆発が起こったのである。

 最初の爆発で胃と肝臓、肺に続いて心臓が破壊され、胸骨が割れ、肋骨が外側にひしやげた。同時に背骨が衝撃で飛び出し、脊髄が圧迫・せん断された。大腸・小腸も衝撃にやられ、無理矢理下方に追いやられた末に千切れた。

 TNKシリーズ、特に『4』は装甲強度と装着者の保護のために、他のTelF装甲よりも装着時の機密性が高い。それが今回、更なる死体の損壊に繋がった。

 爆発の波は反射を繰り返し、時に合成、時に減衰する。合成された波が骨を震わせ、強化された衝撃が破砕する。筋肉繊維や臓腑にも同様の現象が起こり、英志の胴体は瞬時にたんぱく質とカルシウムのミックスドレッシングとなって、装甲内部をデコレートする形となった。

 くず折れるTNK-4。瞬時に装甲が粒子化する。果たして、茶色いドレッシングに彩られた胴体のない死体が一体現れた。

 それに眼を向けないよう、女は振り返ってその場を去っていった。

 競技場から出たところで、女は装甲を解除した。アップにされた髪が、肩や背中にふわりと落ちる。

 懐からメモを取り出し、中身を確かめた。

「じゃがいもの詰め放題、まだ間に合うかな……」

 女は敢えて振り返ろうとせず、努めて駆け出した。


 彼女の装着するTelFは『MAZ-3X』。和也の装着するMAZ-0の後発機であり、『高次元空間誘導システム(High dimensional Room Navigation system)』を搭載した、MES内部組織であるTDDが開発した最新鋭試作実験機。それを強奪したと目されるのはSFTであるが、それ以上の情報は、現時点では当事者たちしか知る由もない。

 この顛末がMESに知らされたのは、翌日の昼過ぎのことである。

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