第27話 田舎道

 田舎道は果てしなく続いていた。行けども行けども同じ風景が続いていく。車で連れて来られた時は、気づかなかったが、私たちの病院は相当奥深い山奥に建っているらしい。

「えいっ、やあ」

 美由香が盗んだ自転車を持ち上げると、それを道路脇の田んぼの中に投げ捨てた。

「・・・」

 普通にその辺に置いとけばいいのにと私は思ったが、なんとなくめんどくさくてそれは言わなかった。真っ赤なオバチャリは、まだ田植えして間もない田んぼの泥の中に、ゆっくりと沈んでいった。

「どこ行くの?」

 私が先頭を行く美由香に声をかける。分かれ道に差しかかると、町とは反対の道へと美由香は行く。

「まあ、行けば分かるさ」

 美由香はそれしか言わなかった。

「・・・」

 私はなんだか、美由香たちと一緒にここまで来てしまったことを後悔し始めていた。

 お腹が空いてきた。私たちはお昼を食べていなかった。足も痛くなってきた。普段運動していない私の太ももはもうすでにパンパンだった。疲労も蓄積されてきた。頭も疲れてきて、ぼーっとしてきた。もう自転車を下りてから大分時間が経つ。

「・・・」

 一体美由香はどこへ行こうとしているのか・・。

 最初、街にでも繰り出すのかと思っていたが、どうも、そうではないらしい。なんだか、周りの風景の辺鄙さがどんどん増していく。

「・・・」

 行き先を知っているのか、玲子さんも真紀も何も言わず、美由香の後に黙々と従っている。

「おっ、まだあったな」

 私が、疲れた頭で悶々としていると、突然、美由香が声を上げた。

「よろず屋だ」

 真紀も声を上げる。私は顔を上げ二人の見るその方を見た。田舎道の途中になぜかポツンと、古びた小さな商店があった。

「金いくらある?」

 美由香が全員を見た。

「私先週CD買っちゃったから」

 玲子さんが言った。真紀は何も言わずにポケットをまさぐった。私もポケットから財布を取り出す。

「・・・」

 みんな小銭しかなかった。

「上等上等」

 しかし、美由香はみんなからかき集めたお金を手に、店に入って行った。みんなもそれに続き中に入る。

 店の中は薄暗く、狭かった。並ぶ商品もほとんどなく、駄菓子とパンとジュースが少し並ぶくらいだった。その奥に小さなレジ台があり、そこにしぼんだように小さくなった小柄なおばあさんが、置物のように一人座っていた。

 美由香はパンの棚にあったあんパン二つとクリームパン一つとウグイスパン一つを手に取り、そして、ジュースの棚から冷えていないコーラを四本とって、レジ台に置いた。

「おばあちゃん、これ、ちょうだい」

「はい」

 抑揚のない小さな声で、おばあさんは、ゼンマイ仕掛けの人形みたいにぎくしゃくとゆっくり動き出した。

「九百四十六円」

 大分時間が経って、やっとおばあさんは言った。

「はい、九百四十六円ちょうどね」

 美由香は、手の中の小銭を数え、レジ台に置いた。何とかお金は足りたらしい。

「どれがいい?」

 店を出ると、美由香がパンをみんなの前に差し出す。

「ウグイスパン」

 真紀が真っ先に言った。

「あっ、それあたしも狙ってたんだよな」

 美由香が言った。

「ジャ~ンケ~ン」

 なんの前振りもなく、すぐにジャンケンが始まった。

「あっ」

 美由香の負けだった。

「クッソぅ」

 美由香が、自分の出したグーの拳を見つめ悔しがる。

「私、あんパンでいい」

 私が手を出しあんパンを取る。

「あたしはクリームパンがいいな」

 玲子さんが言った。

「う~ん」

 そこで、美由香は一瞬考えたが、玲子さんにクリームパンを差し出した。

「まっ、いいさ」

 美由香は残ったあんパンを手に言った。

 歩きながら私たちは、コーラとパンを食べた。すきっ腹にこの二つは堪らなくおいしかった。あんパンがこんなにおいしい食べ物だと私はこの時初めて知った。


 ――食べて食べて、とにかく食べたいという欲求のままに食べまくって、自分が何を食べたいのかすらが分からなくなって、それでも何かが食べたくて、訳も分からないままそれでも私は食べて食べて食べまくって、もう何かが完全に壊れていた私は、もうおいしいなんてただのその場の苦しみを忘れさせてくれる刺激でしかなくなっていた。そこに、食べる喜びなんて何もなかった――


「おいしかったぁ」

 あっという間に食べ終わったあんパンは、すごくまだ名残り惜しかったけど、でも、すごく満足感があった。

「・・・」

 しかし、お金がもうない。これからどうするのだろう。私は不安になった。

「じゃじゃ~ん」

 その時、美由香が背中から何かを取り出した。

「あっ」

 真紀がそれを見て声を上げる。それは板チョコだった。

「ほしい~」

 真紀がすぐに手を伸ばし声を上げた。

「ああ、ちゃんと分けてやるよ」

 美由香が言った。

「盗ったの?」

 その時、玲子さんが鋭く美由香を見た。

「えっ」

 私は美由香を見る。

「まあまあ、みんな食後のデザートが欲しいとこだろ」

「盗ったのね」

「ちゃんとお前にも分けてやるからさ」

「私は要らないわ」

「まじめだねぇ」

「かわいそうだと思わないの。あのおばあさんが」

「そりゃ、思うさ」

「だったら何で盗るのよ」

「それとこれとは違うんだよ」

「何が違うのよ」

「違うもんは違うんだよ」

 美由香はキレ気味にそう言うと、玲子さんを無視して、板チョコを三等分して、私と真紀に渡した。

「・・・」

 私は玲子さんに悪いと思ったがそれを受け取った。

 そこから、私たちの間は、少し険悪な空気になった。誰も何も話さなくなった。そんな中を、それでも私たち四人は歩いていく。

 静かだった。人の気配がまったくなく、そこには自然しかなかった。木々の揺れるざわざわした音と、野鳥の鳴く声。風が時折そよそよと吹く音以外何も聞こえなかった。

 険悪な空気は続いていた。なんとなく嫌な感じだった。どうなってしまうんだろう。私は不安だった。

 すると、そんな私たちの行く手に、大きな松ぼっくりが転がっていた。美由香が何の気なしにそれを蹴る。すると、それがたまたま真紀の前に転がった。それを真紀がまた何の気なしに蹴る。それがまた美由香の前に転がる。それを美由香がまた蹴った。それがまた真紀の前に転がり、蹴る。が、今度は蹴りそこない、それが私の前に転がった。私もそれを蹴った。そこから、なぜか松ぼっくりミニサッカーが始まった。美由香と険悪だった玲子さんも、美由香が蹴った松ぼっくりが自分の前に来るとそれを蹴った。私も蹴る。真紀も蹴る。美由香も蹴る。誰も何も言わない。すごく下らなくて、単純で、でも、なんだか分からないけど、それは楽しかった。

 私たちはその松ぼっくりを交互に蹴りながら、のんびりと田舎道を歩いて行った。

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