【第一部】第五章 ミハエルとの決闘【一】舌戦?

 実技訓練中にミハエルから決闘を挑まれたアレンだが、何事だと集まってきた野次馬やじうまの中に教官もおり、『訓練中にふざけるな。時間外でやれ』と冷や水をびせられた。放課後に――必ず――行うことをミハエル達と約束し、その場は一旦お開きになった。


 そして、約束の時間が近づいてきた頃――



「ごめんなさい……巻き込んじゃって」


 エリスは本当に申し訳なさそうに伏し目ふしめがちにしょんぼりしている。


「エリスが言わなくても俺が言ってたさ。むしろ、その……俺のために怒ってくれて嬉しかった」


 そう照れくさそうにするアレンにエリスがはにかむ。


「でも、あそこで言ったことはわたしの本心だから。あの時――モンスターに襲われてたわたしを助けてくれたアレンが、あんな奴に絶対負けるわけない!」


 そう。アレンは一度、窮地きゅうちに陥っていたエリスを救ったことがある。


――モンスターに襲われている少女を助けたい。


 その一心で無我夢中にモンスターを追い払った。その時は身体の内側から不思議と“いつも以上の力”がわき出るのを感じたのを今でも覚えている。


「あれは“火事場の馬鹿力”ってやつだと思うけどな。いつもあんな風に力が出せたらいいんだけど……」

「それでもわたしは救われたから。わたしはアレンを信じてる」


 エリスがよくしゃべりかけてくれるようになったのはあの時からかもしれない。何はともあれ無事でよかったと思う。


「お~い。お邪魔虫で悪いんだけど、そろそろ向かわないと……」


 カールが少し気まずそうに間に入り、アレン達は決闘場所である実戦エリアへと向かった。


――実戦エリア――


 実戦エリア。訓練場と異なり、ここには観客用に席がもうけられた、模擬戦や大会を観戦する施設がある。

 

 普段は開放されていないが、今回、ミハエルが学校側に交渉して借りたらしい。


 円形のリングに沿うよう上段に座席が配置されており、さながら“コロッセオ”のようだ。教官や生徒達学校関係者からは、“闘技場”の名で親しまれている。


 公然とアレンを打ちのめして見世物にでもしたいのか、貴族の流儀なのかは知らない。


 観客席には想像していた以上に観客が集まっていた。見れば上級生や下級生もいる。あまり決闘なんて無いから、ものめずらしさで見に来たのかもしれないな。


「大丈夫か?」


 カールが心配そうにアレンに声を掛けてくる。こいつも心配性だよな。でも、そういう気遣いはやっぱり嬉しい。


「やれるだけやってみるよ。――なぁに。何も命まで取られるわけじゃないだろうし、そんなに心配すんな」


 相手は性格に難があっても学年首席の実力者であることに変わりはない。もちろんアレンに負ける気はないが、必ず勝てると言い張る程の自信家でもない。


 いまだ心配そうなカールをよそに、会場内にアナウンスがひびき渡った。



「ミハエルさんとアレンさんは、準備をしてリングに上がってください」


 アレンはカールとエリスに「行ってくる」とだけ告げ、いつも使っている双剣を腰にきリングに向かった。


 エリスは不安そうながらも「頑張って!」と笑顔で送り出してくれた。その期待に応えたい。


 アレンとミハエルがリング場で向かい合って対峙たいじする。ミハエルはニヤニヤと余裕を崩さない。



「これよりミハエルさんとアレンさんの決闘を始めます! ――え~……。その前にまず、ミハエルさんから場内の皆様に“提案”があるそうです!」


 決闘に際し、審判のために呼ばれたのだろう青年の教官はそうアナウンスし、拡声器をミハエルに渡した。ミハエルは拡声器を口元に当てると、こう告げた。



「ご来場の皆様方! 本日はお忙しい中、この様な催しにお集まり頂き、まことにありがとうございます! 決闘をなお盛り上げるため、一つ、私からルールを追加したく存じます!」


 なんだなんだ? とザワつく観衆。


「勝者は一つだけ、敗者に対し“命令権”を得る! もちろん、命をどうこうするような野蛮やばんなものは禁止です。私が勝利をおさめたあかつきには、!」


『解放ってなんだ?』と会場内がザワつく一方、察しのいい一部の女性陣がキャイキャイ色めきたっている。


 エリスは顔を真っ赤にしてうつむいている。カールはあきれ顔だ。


「エリス君はアレン君に束縛そくばくされ、本来の自分のポテンシャルをまったく活かせていない! 私はそんなエリス君を救いたい! 私ならエリス君をより良く導いていけると確信し、今回の決闘を申し込んだのです!!」


 場内のボルテージがさらに上がる。このバカは自分が何を言ってるのかわかってないのか!?


 ぞくに言う略奪りゃくだつ愛を公言しているようにしか見えないじゃないか!


 会場内の女性陣からはキャアキャアとした黄色い声が大きくなり、一部の男性陣はたった今失恋したかのようにアレンに呪詛じゅその言葉を投げ掛ける。



――この人数だと本当に呪い殺されそうでちょっと怖い。エリスはというと、うつむきながらワナワナと震えていた。



「さあ、アレン君! 次は君の番だ!!」


 やりきった! というようなスッキリした笑顔でミハエルはアレンに拡声器を渡した。


(なんだ? なんだこの無茶振り!? 何て返せばいいんだよ!)


 アレンは必死に返しを考えるが、いいセリフが思い浮かばない。


――あぁ! もう! なるようになれ!!



「エリスを束縛なんかしていない! !」


(……あれ? なんか変な意味に聞こえないか?)


 アレンは言ってから気付く。会場内が一瞬静寂せいじゃくに包まれた後、より一層やかましい歓声が場内にとどろいた。


 女性陣からは黄色い嬌声きょうせいが、一部の男性陣からは呪詛を超越した怒声どせいとどろいた。


(違う! ……違わないけど、そういう“色恋”の話じゃなくて!)


 ふいにエリスの方が気になりアレンが見てみると、顔をりんごのように真っ赤にしながらも意を決したように顔をバッと上げ――



「アレン! 絶対! 負けたら承知しないんだからね!!」


 拡声器も無いのに会場によく通る声でそうのたまった。観客はさらにヒートアップ。もう会場の熱は下がる気がしない。


 みょうな気配を感じ、アレンは目の前のミハエルを思わず見てしまった。


 すると、ミハエルは『』という擬音ぎおんが聞こえてきそうな、ものすご形相ぎょうそうをしていた。――見なければよかった……。


「と、とにかく! こちらからの要求は、俺が勝ったら今後いっさい俺達にちょっかいを出さないこと! それだけだ!」


 アレンはそうしてマイクパフォーマンスを強引に終わらせると、拡声器を審判である教官に返した。教官が困ったようにぽりぽりと頬をかき、こう宣言する。



「えぇ~、……ごほん! それではこれより! ミハエルさんとアレンさんの決闘を開始します!」

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