第25話 強気な姉と弱気な弟
「な、ん、で、あんたは約束一つ守れないわけ?!」
少年に手を引かれ、小屋に入った春子を出迎えたのは少女の怒声である。怒り心頭に達しているらしく、つかつかと大股で近づいてくると少年のそばかすが散った頬をつねり上げた。
「や、やめてよ! 姉ちゃん!」
どうやら少女は少年の姉のようだ。確かに髪と瞳の色、顔立ちはよく似ている。
(可愛らしいわぁ)
春子は和やかな気持ちで二人のやり取りを見守った。子猫同士が戯れているように見えたのだ。
「だって、手伝ってくれるって」
「どうみても怪しいでしょうが!」
少女は春子を指さした。
まあ、確かに。と春子も同意する。せめて、怪しい者ではないと意思表示するために外套を脱いで、抱えた。
さらりとこぼれた黒髪と透き通る雪肌に二人は両目を大きくさせた。
「……鬼無のお姫様?」
「あんた、なんていう人を連れてきたのよ!」
少年は春子を呆然と見つめ、少女は更にほっぺたを引っ張り上げる。
さすがにこれ以上、引っ張ればほっぺたが千切れてしまいそうだ。春子が制止のため、声をかけようとするが、
(今、お姫様って言わなかった?)
少年は確かに「鬼無のお姫様」といった。他の十二将家から姫は来ていない。ヴィルドールに来ているのは卯野春子、ただ一人だ。
――嫌な予感がした。できれば、考えたくもない予測が春子の脳内を埋め尽くしている。
「ごめんなさい。あなた達は私のことをなんて聞いているの?」
肯定も否定もせず、問いただすと少年が答えた。
「体調を崩したから辺境伯様のところで休んでいるって。外に出ても大丈夫なの?」
なるほど、これで分かった。理解してしまった。
(お二人が私を腫れ物扱いするのって、本当に腫れ物だったからだわ)
春子は自分が死んでいることと思っていたが実際は生きていて、養生のためシヴィル領へ移り住んだことを悟った。
(最初から考えたら分かることじゃない。レオナール様達は鬼無との関係を失いたくないはずだわ。私が死んだら関係はすぐさま破綻するもの)
鬼無国が再度、姫を送ることは考えにくい。春子の死を知ったら、今以上に鎖国を強化するはずだ。
無言になった春子を心配してか、少女がおずおずと話しかけてきた。
「えっと、お姫様。弟を連れてきてくれたのは助かったけど、こんな夜遅くに出歩いたら危ないです。早く帰ったほうがいいですよ」
敬語は苦手なのかたどたどしい言葉遣いだ。
「先程のままで大丈夫です。私に敬語は必要ありませんもの」
「けど、あんた、あなた様はお姫様だし」
「お姫様扱いは結構です。私、お願いがございまして、弟君に連れてきてもらったんです」
「お願い、ですか?」
春子はにっこり微笑んだ。面紗のせいで表情は見えていないとしても、落ち込んだ気分をあげるのには笑顔が一番だ。
「壁の外に興味がございまして、お二人の穴掘りを手伝わせてくださいな」
その言葉に姉弟は似た顔を驚愕に歪めた。
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