第15話 腹の虫はくぅと鳴る


 くぅ、と子犬が泣いた。


(アラン様の飼い犬でしょうか)


 春子はぼやけた頭で考える。犬は好きだ。もふもふして、甘えん坊で、忠誠心が高いところが可愛らしくて。祖国では兄達と共に両親に直談判し、子犬を迎え入れたこともある。その子犬は今はもう老犬といって差し支えない年齢になり、春子の嫁入りに連れていくのも酷だろうと連れてくることができなかった。

 春子が感傷に浸っている間も子犬はくぅくぅと鳴き続ける。まあ、可愛らしい声、と思いきや突如、ごぅ! と鳴いた。あまりの大きな怒号に春子は飛び起き、音の出どころを探る。


「……私の、お腹?」


 お腹に手を当てると手のひら越しにぐるるぅと唸る声が聞こえた。春子は顔を赤らめると周囲を見渡し、誰もいないことを確認する。

 食堂でアランの帰りを待っていたのに、いつの間にか自分の部屋の寝台へと移動していた。その間の記憶は一切ない。眠っていたのだろう。


「……あら、もう夜なの?」


 窓の外を見つめ、春子は瞠目した。部屋が薄暗いのはカーテンをおろしたためと思っていたが、どうやら時刻は夜だったようだ。深い群青色の夜空に欠けた月と星が浮かび、瞬いている。


(嫌だわ。いくら夜更かししたからって朝からずっと眠っていただなんて)


 食堂で眠り込んだ春子を部屋に連れてきたのは恐らくアランだ。夫に失態を見られたことに恥じらいを感じるが腹の虫は治まる気配はなく、時間が経つにつれ一層と轟音で鳴き続ける。

 思えば、ヴィルドールに到着した日の夜から全く何も食べていない。お腹が空くのも仕方がない。無視して明日の朝食を、と思ったが空腹すぎて胃が痛くなってきた。このままでは吐いてしまうかもしれない。


(……自由にしていいって言われたもの。うん、自由にしましょう)


 言質は取ってある、そう自分に言い聞かせた春子は食料を探すべく部屋を後にした。

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